結局、どうするか悩んで悩んで悩んでこうすることにした。ふふん、と腰に両手を置いて胸を張る。よし、これなら気づくでしょう。
そう、これは先日見つけた写真立てに入った手紙の話の続きである。
考えた選択肢は3つ。まず1つ目は見なかったことにする。これはまず無理なので却下。絶対に顔に出る。2つ目は直接本人に言う。これはこれで直接反応を見れるしいいかなとも思ったけれど、今回はちょっと趣向を変えて……3つ目のこっそり見えるところに置いておく、にすることにした。
置くポイントにも悩んだ。玄関は家に入るときと出かけるときに必ず通る場所ではあるけれど、そんなに長くいる場所でもないから気づかない可能性がある。すぐ気づいてくれないと厳しいので玄関はやめておく。リビングは私がいるからこっそり置いておくっていうのに当てはまらないからなしに。スモーカーの部屋は、あれいつの間に出したっけ?まぁいいか、どうせあいつ見てないだろうとか自己完結しそうで面白くないからないし。……というわけで、結論。脱衣所に置くことにした。
ジャリ、ジャリ、ジャリと音が聞こえる。スモーカーが帰ってきたみたい。防犯用ってあの人は言っていたけれど、この家の周辺の人はみんなここがスモーカーの家って知ってるから、忍び込んでどうこうしようなんてお馬鹿さんはまずいない。私からしたらお出迎えしろと言われている気がしてならないのだった。うん、もちろん喜んでするからいいんだけど。
「おかえり」
「あァ、帰った」
あちぃ……と息を吐き出すスモーカーの額にはじんわりと汗が浮かんでいる。きた、これは絶好のチャンス。
「ん、じゃあ先にお風呂に入ってくる?」
「あァ、そうする。今日の飯は?」
「今日はチーズインハンバーグ!」
「……それでか?」
「ん?」
受け取ったコートをクルクルと丸める。明日はスモーカー休みで、天気も良さそうだから丸洗いでもしようかと思いつつ、首を傾げながらスモーカーを見た。
「なんか嬉しそうな顔してんのは」
「え、私そんな顔してる!?」
「あァ。お前はすぐ顔に出る」
「はは、それはそれは」
やはり嘘はつけないよう。自分の大好物を夕食に選んで正解だったなぁ。コートをぎゅっと抱きしめながらなんだか気恥ずかしくて肩をすぼめる。そのすぐ隣を通って風呂場へ向かうスモーカーはすれ違い際に低いうなり声にも似た笑い声を小さく上げた。からかわれた。もう、と苦笑交じりの文句を小さく吐き出す。それに対して軽く片手を上げて答えたスモーカーは機嫌良く肩を揺らしながら風呂場へ続く扉をピシャリと閉めたのだった。
でもその後の彼の反応を想像したら楽しくって仕方がなくなる。いい気になるのも今のうちだけだからねと悪役じみた台詞を意気揚々と吐き出すのだった。ふふん、さぁて、スープを温めて待つとしますか。
ほくほくと湯気を立ち上らせながら彼はダイニングへと入ってきた。いつも思うけど、上半身の筋肉を惜しみなくさらしているその姿はちょっと刺激が強い。下半身はかろうじてステテコ履いてるけど……さ。腰パンなんだもの。たまにお尻の割れ目見えてるんだけど、本人は気づいているのかしら。そりゃあ自宅だからリラックスして、心の底からだらけているのはいいと思う。必要なことだと思うし、私に心を開いてくれている証拠……おっと、話が逸れた。
「すぐ食べる?」
頭の中じゃそういうことが渦巻いていたけれど、さも何も考えてませんよというふうに言葉を投げかけた。
「……あァ」
スモーカーはスタスタと足を運び、定位置のソファへと深く腰を降ろした。悪魔の実の能力のせいか風呂上がりはいつもどこか気だるそうで、風邪引いたんじゃないだろうかとその生気のなさに少し心配になる。ん、と首を傾げながら隣に立つと、ふぅ、と息を吐き出したスモーカーが肩に掛けてあったタオルでガシガシと頭を拭いた。
……うん、いつもならもう少しちゃんと返事してくれる。今日はなんだかいつもと違う。なんかこっちの様子を伺っている感じがする。その様子に内心、心を弾ませながら一歩後ろに下がってその様子を見守った。髪の毛を拭く手が止まり、ダラリと両手が降ろされる。タオルは頭に置かれたままだった。ふぅ、再度ため息が吐き出された。
「スモーカー?」
「……見たのか」
「見たって?」
「脱衣所のやつだよ」
「ん?」
チッと舌打ちをするスモーカーからはそれはもう鈍い私でもはっきりと分かるぐらいイライラしているように見えた。……いや、イライラ? 違う……きっと照れている。そう思ったけれど、頭に置かれているタオルのせいでいまいちその顔を確認することができない。そういうことをやってしまうところは天然なんだから。彼のそういうところはほんと質が悪い。こっちはあなたの顔を見たいのに。
「……お前分かっててわざと言ってるだろ?」
「そんなこと、ないよ? だって、何が~とか、スモーカーの話には主語がまったくないから分からないんだもの」
教わらなかった? 会話をするときは主語をはっきり、って?顔は見れなかったけれど、少し前のめりになって、のぞき込むようにしてそう言った。にんまりと笑ったのは伝わっただろうか。ほんの少しだけ、こちらの言葉に反応するように顔をこちらに動かしたスモーカーはまたすぐに顔を前に向けてしまった。それを目で追い、正面を見たところで気がついた。
この時ばかりは雑な性格の自分を誉めてあげたい。スモーカーが座るソファの正面には大きな2枚の窓がある。完全に締め切っていないカーテン。初夏で風呂上がりは暑いだろうと少しだけ開けていたけれど、それでもそこから除くガラス面はスモーカーの様子を映し出すのには十分だった。そのおかげで只今、絶賛照れ隠し中のこの人の表情もよく見えた。自信なさげに垂れている眉毛に口元が緩む。
「……写真立てだよ」
「……ふふふ、うん。それなら見たよ。荷物を整理していたら出てきたの」
「なんでまたあんなもん、」
「それはこっちの台詞だよ。まさかスモーカーがこんな風にしてくれていただなんて」
「……ひいたか?」
「まさか! めちゃくちゃ嬉しいよ!」
「……そうか」
ホッと肩を降ろす様子からもガラス面に映る顔が緩んだことからも、相当気にしていたんだなぁとなんだか胸が暖かくなった。スモーカーもそういう風に思うんだ。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「……」
「この時、私のことどう思っていたの?」
こんなこと聞くのは意地悪かもしれない……そう思ったけど、純粋に知りたかった。
「おまえは……」
「え?」
「おまえはどうなんだ」
「私? 私は……」
この時はまだそこまでだったと思う。……ただ、いつも遠くから来てくれるこのお客さんがどんな人なのか気になってはいた。島に来たときには朝も昼も来てくれて、でも、その割には話しかけても深く話をしてくれるようなこともなくて、「あァ」と素っ気ない返事が返ってくるばかりだった。それでも回を重ねるごとに徐々に会話の内容は濃いものへと変わっていき、スモーカーを通して、人と仲良くなっていく実感というものを初めて感じることとなった。
手紙を出す前は純粋に心配だなという気持ちだった。でも、いざヒナさんに渡す時になって考えた。なんで私はこの人に手紙を書いているのだろうか、と。……そう、それが気持ちに気づくきっかけとなったのだった。
「まだまだ……かな?なんとなく、本当になんとなくなんだけど。スモーカーに興味を持つようになったっていう時期」
「……ようやく知人って具合か?」
「ん、ちょっと違うかな。男の人だって意識し出したって具合かな?」
はっきりとは言えないけどね、と上手く言い表しきれない自分にもどかしさを感じつつ、眉尻を下げながら言った。
「……スモーカーは?」
「……俺は、」
言い淀んでしまい静かになってしまったスモーカー。その様子を確認するように視線をガラスへ向ける。何やら考え込むように頭を下げているスモーカーはギュッと両手を組んで、目を閉じていた。スモーカーのこういう真っ直ぐなところ好きだなぁなんて思う。そうこうしているうちにスモーカーがゆっくりと言葉を吐き出していった。
「俺は惚れた女を苦しめるようなことをするほど、自分勝手な人間じゃないんでな」
「え?」
「想うだけでいい、と思っていた。実際にお前にどうこうして欲しいなんて思っていなかった。ただ会えたらいいと。仕事も息詰まって、思うようにいかず、苦しんでいたそんな時、あの手紙が届いた。初めてだったんだァ。あの時ほど、胸が張り裂けそうになったことはねェ。おまえに会いたいという想いと巻き込んではだめだという想いと」
ふぅ~~と長い息を吐き出しながらスモーカーは両手で顔を覆う。その長い息を吐き出し終わると急に立ち上がって、こちらを向いて言った。
「好きだった。自分の気持ちを押し込んでしまえる程、おまえが、好きだった」
ぽかん、と開いたままの口がぱくぱくと動く。ジッとこちらを見据える目に視線を合わした。
「まさか、こうして触れられることになるとは思っていなかった」
ぎゅうと背中に回される腕。未だ頭がついていっていなかった私はどうにか腕を動かして、スモーカーの背中に自分の腕を回すぐらいしかできなかった。
「……スモーカー」
トンッとむき出しになっている厚い胸板に額をくっつける。名前を呼んでくれる耳元の低音に思わず下唇を噛んだ。そうでもしないとこの幸せ過ぎる感情をどこにぶつけたらいいのか、分からなかったから。
「……大好きだよ」
今のあなたも、これからのあなたも。
質の悪い彼の「天然」という名の術中にすっかりはまってしまった。観念して大人しく身をまかせることとする。手紙を書いたまさにその当時の私に会いにいけるとしたならばこう言ってあげたい。彼に会いに行ってあげて、と。もしそうしていたならば、もう少し早く彼とこうしていたのかもしれない。そう思いながらも、まぁそんなもしもの話なんてどうでもいいかと頬を緩ませるのだった。

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