「……思っていたよりも似合ってんな、それ」
沈黙を破ったその言葉に、は? と口にこそ出さなかったけれど、よくもまぁこんな状況でそんな”服が似合ってる”なんて悠長なことを言えたものだと、眉間に寄っていた皺をさらに深く寄せて、その人を見た。こちらをジッと見ていたその人はフッと声を漏らして笑う。先ほどの私の行動を間近で見ておきながらなんでそんな態度を取ることができるのか。……つくづくこの人のことは分からない。もう怒りなんてとうに通り越してしまった。
両手で持っていたカップを受け皿の上へとゆっくりと戻しながら言う。
「それはどーも。もしかしてドフィがじきじきに選んで下さったのかしら?」
「そーいうところは可愛げのねぇガキだな、なまえは」
「うるさい。ほっといてよ」
「……フン」
皮肉を言われればすぐさま返す。ドフィはそういう人だ。されたことはやり返す。目の前でソファに座って、静かにこちらを見つめているドフィを真っ直ぐに見返しながら、頭の中ではさまざまのことが渦巻いていた。
ドフィのこと、知っていると思ってた。やられたらやり返すのもそうだし、下に這いつくばっていた頃の話を聞いたし。どういうことが好きで、どういうことが嫌いで……ちゃんと知ってると思ってた。でも……、違ってた。今の私には知らないこと、分からないことがすごくたくさんあって、ドフィの考えていることもやりたいこともこれからやろうとしていることもなんにも分からなかった。
どうやってここに連れてきたのだとか、そもそもどうして私があそこにいるって知っていたのかとか。なんで今私をここへ連れてきたのか。どうして誕生日を知っていたのか。なぜ、私の誕生日を待ってファミリーを結成したのか。なぜ、どうして。この後に続く言葉が次々と入れ替わり、頭の中でぐちゃぐちゃになる。質問がどうしても1つに定まらなかった。
私って、やっぱり頭の回転が遅い方だったんだな……と今更なことを思いながら、もう考えるのはやめようとしたときだった。
「……それで?」
コポコポコポ――
カップに注がれる音。飴色の液体が視界に映る。その香しい香りで我に返った。細く長くしなやかな指が器用にティーセットを扱う姿はとても珍しい。……でも憎らしいぐらい様になっていた。
スッと目の前に差し出されたカップをぼんやりと見つめる。
「不満いっぱいのお姫様はどうしたら笑ってくれるんだ?」
さっき人のことを”ガキ”って言っていた癖に。ジトリとした目を向けながらカップを手に取る。
「ご存じの通り、私はもう12歳です。お姫様……なんて言われても機嫌が直ったりなんてしませんから」
「……ふぅん」
そりゃあ、昔は…………8歳ぐらいのときはそれだけで嬉しくって、にっこり笑ってご機嫌になっていたでしょうけど。
「……なまえがもう12か」
「悪い?」
「いいや。この4年、長いようで短かった」
今度はこちらがふぅんという番だった。私からすればこの4年間はとっても長いもので、ドフィのこと、ヴェルゴさんのこと、二人と過ごした日々をよく思い出していたのに。ドフィは寂しくはなかったの……か、な。離れていたとき、ほんの少しでも、私のことを思い出してくれた……かな。
「……なまえ?」
「ドフィは……」
「ん?」
「ドフィはこの4年間何をしていたの?」
“ドフィはこの4年間何をしていたの?”
考えなしに言い放った言葉の裏側にこそ、本当に聞きたいことが隠れているのかもしれない。自分の口から飛び出した言葉を理解して、ようやくそこで分かったことがある。始めからそう聞けばよかったのに、なぜそれを思いつかなかったのか。……違う。きっと、思いつかないようにしていたんだ。それを聞いて、ドフィの4年間の中に私が存在していなかったらなんだかすごく嫌だと思ったから。
「んー……そうだな。まぁ色々だなァ」
「……色々って?」
「ファミリー立ち上げるのに必要なものを考えてメンバー集めて、資金確保して。……とかな、あとは……」
「あとは?」
「名を広げていた」
「え? わざとやっていたの?」
「そりゃそうだろう。じゃなきゃ……隠れてやるつもりだったらもっと静かに動いているだろうが」
「どうして? 海軍に目を付けられたらそれだけ動きにくくなるのに」
「……計画に必要なことだからな」
「計画?」
「あぁ、計画だ」
「どんな?」
「今はまだ言えない」
「えー……ここまで言ったのにぃ?」
それじゃつまらない、何でも教えてくれるんじゃないの、不満なんだけど、とつらつらと言葉を並べて頬を膨らませながら睨みつける。そうするとフッと堪らないという風に笑ったドフィが言った。
「俺はホッとしている」
「…………はい?」
「この”シャンデリア”すら知らなかったお前がここまで達者にしゃべれるようになったんだからなァ」
「ちょ、別に知らなくたって問題ないでしょ!からかわないでよ!」
「からかっちゃいねぇよ。本当にそう思ったんだ」
「……」
ドフィはそう言って、にんまりと口角を上げる。それを見ていたらなんとなく、今なら答えてくれそうな気がして、今まで口を開いたり閉じたりしながらも言い出せなかったことを改めてきちんと落ち着いて言うことができた。
「ねぇ、ドフィ。なんで私を置いていったの?」
私はずっと捨てられたと思っていたけれど、ドフィはそうじゃないと言った。置いていったんだと。その言葉の裏にあるものを知りたいと思った。ドフィが私を捨てただなんて、あの当時、実際に置き去りにされて、一人きりになったときでさえ、”ドフィに捨てられた”その事実を受け止めることができなかったんだからやっぱりどうしてもその事実を認めたくないんだと思う。
ドフィは黙り込んでしまった。緩んでいた彼の口元がゆっくりと横一文字になっていく。瞳はサングラスのせいでよく見えなかったけれど、きっと……至極真面目になっていることだろう。
俺はな……、と予想反した優しい声色で言葉が返ってきて少し驚いた。顔を上げて淡々と、柔らかい声で話す彼の言葉に耳を傾けた。

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