地に足を着けるとき、とても不安で。先に降りて前を歩いていくドフィの背中が一瞬霞んで見えた。何か嫌な予感がして、でもそれはあまりに曖昧なもの過ぎて、それ以上はどうにかすることもできなくて。ただただ怖いと思うだけだった。
「降りないのか?」
私の横を通り抜けて軽く振り返りながらグラディウスがそう言った。
「え?」
「降りないのか? と言ったんだが」
「あ、うん……」
「なまえ、聞いているのか?」
「うん。聞いてる。今降りる」
とんとんとん、とわざと軽快なステップでグラディウスを追い越して桟橋に足を着く。一歩遅れて隣に並んだグラディウスと目を合わせてにっこり笑うと、彼はこきみよく一度頷いて軽く片手を前へ出した。彼は紳士だ。その手に手を添えるとマスク越しにフッと笑う。その声は実際には聞こえないけれど、なんとなくそう聞こえた気がした。
「少し前まで津波が多かったせいか桟橋が腐ってきている。気をつけて歩けよ」
「うん、分かった」
桟橋を歩く間、グラディウスは手を握ってはらはらしていた。いつ板をぶち抜いてしまうのか、と気が気じゃないらしい。だいたい、私よりもかなり重いドフィが先に歩いているんだからまずないと思う。まぁそう言ったところで彼が折れることはないからこれは言わないんだけどね。
桟橋を渡りきると先に島に着いて姿を消していたドフィがこちらに向かって歩いてきていた。ピタリと私とグラディウスの前で足を止めてドフィが私とグラディウスを見比べる。
「お前等そういう仲だったのかァ?」
「え?」
お互いに顔を見合わせて、「違う!」と声を上げる。心底不思議そうに首を傾げたドフィはそんなにムキになるなよとクツクツと声を押し殺すようにして笑っていた。これは完全に……
「からかったでしょ?」
「さァ?」
「もう! グラディウスからもなんか言ってよ!」
「いいや。俺から言うことはない」
「…………」
「お前今使えない奴って思ったろ?」
「ち、ちがっ!!」
「ほらな~」
またドフィが笑う。またからかわれた。
「もう! ドフィ!!!」
掴み掛かってやろうと思って手を前を出したらするりとかわされてしまう。それからも何回か試してみたけれどうまくいかず。振り返って大股で、がに股ですたすたと歩いていくドフィの後ろを走って追いかけた。こんにゃろ~! あんたが普通に歩く速度は私の駆け足なんだぞ。……もしかしてわざと? わざとなのか!
「ほらもっと走れよ、なまえ」
隣には余裕の表情で歩いていくグラディウス。くそう。
ドフィとグラディウスのおかげで目的地に着いたときにはゼェハァ、ゼェハァと息を吐き出して、「んねぇー、なんでそんなに息切らしてんのねぇー?」と後から追いついてきたトレーボルに言われ、ラオGには「修行が足りていないんじゃ!」となぜか怒られた。…………はぁ、なんて日だ。
「なまえ」
壁に片手をついて体重を預けて体を休めつつ、名前を呼ばれて、視界に差し込んだ影を見つけて、ゆっくりと顔を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってドフィ! ちょっときゅー……け、い?」
ドフィの向こうに立つのはドフィに負けないぐらい背丈のある、とても大きな人。真っ黒なコートを背負っているその人のシャツはピンクの下地にハートマーク。頭には赤……? いや、濃いピンクかな? とにかくド派手な帽子。しかも子供が被るナイトキャップみたいなの。なんかよく分からないけどものすごい存在感。
「え、と。…………何?」
「何、って。紹介したい奴がいるって言っただろ」
「…………あ、あぁ!」
「忘れてたのかよ、」
いいや違う。忘れてなんかない。てっきり女の人だと思っていたから、この人を目の前にしてもパッと思いつかなかっただけだ。まさかドフィをあんな顔にしたのが男の人だとは思わなくて、思えなくて。
「こいつは俺の弟だ」
「は? 弟!? 弟って、確か生き別れたっていう……」
「あぁそうだ。その弟だ。ほら、挨拶しろ」
「え、あぁ。うん。……え、と。初めまして、なまえって言います」
「………………」
「ん、と?」
あれ、自己紹介の仕方って万国共通じゃないのかな? え、なに。先に握手するとか?まさかこの一瞬で嫌われた?おそるおそる顔をのぞき込むようにして見る。それにしてもすごい化粧だな。口元とかなんか唇からはみ出してるんだけど、こういう文化のところにいたのかな。だとしたらつっこんだこと聞いたら失礼になるかな。でもドフィの弟だし、それぐらい許してくれ……いや、弟とはいえ……
悶々と考えているうちに自分に世界に入り込んでしまったらしい。おい、と強めに肩を叩かれて我に返る。目の前にしゃがみ込んだドフィが説明してくれた。どうやら彼は幼少期のトラウマで声が出なくなったらしい。……なるほど。それじゃあ嫌われたわけじゃないのか。
再度、その人の方を見ると、懐からメモとペンを取り出して何かを書き出した。書き終わってこちらに向けられたメモには”よろしく”と短い文。ハハッ、よかった。嫌われたわけじゃなかった。うん、と強く頷いて、「こちらこそよろしく」と答えて集まったみんなと一緒に隠れ家の中へ足を進めた。
「ねぇドフィ」
「……なんだァ?」
「なんて呼べばいいの?」
机の上に揃えられた資料に目を通しながらドフィが軽く返事を返してこちらを流し見た。クィッと軽く顎を動かしてドフィのひとつ向こうの椅子に座って新聞を読んでいるドフィの弟を指す。
「そうだな。俺はロシーって呼ぶが、」
「名前は?」
「ロシナンテだ」
「ロシナンテ? ……ロシナンテ?」
んん、どっかで聞いたことがあるよーな?
「どうした?」
「ん、いやね……」
あれ、確かセンゴクさんが可愛がっていた部下のローさんも名前が”ロシナンテ”じゃなかったっけ? これって偶然? 不審げに見つめてくるドフィの視線を無視して、その向こうにいるドフィの弟をジッと見つめる。髪の色はローさんと一緒っぽい。んー顔は……ローさん前髪長くてあんまり目が見えなかったからなぁ。それにこの人化粧しているし。
「なまえ、重い」
「あっ、ごめんごめん!」
いつの間にか前のめりになってドフィの膝の上に覆い被さってしまっていた。慌てて体を直すと、問題の”ロシナンテ”の顔がこちらに向いた。ん? と言いたげに首を傾げられて、ハッとなった。…………っていうか、そもそもこの人話せないから違うんじゃん。
「ん、じゃあこれからはロシーって呼ぶね」
ね?と笑いかけると、こくりと一回頷きが返ってくる。……なんだ、私の早とちりかぁ。まぁだよね。私じゃあるまいし、海軍の兵士がこんなところにいるわけがないもの。ローさん元気にしてるかな。急にいなくなったから心配してるかな。おつるさんは状況知ってるから心配というよりかは、怒ってるか、それか悲しんでいるか、どっちかだろうな。ハハッ、怒っているに命かけるわ。おつるさんは絶対怒ってると思う。
くすくすと声を上げて笑うと、あからさまに眉を寄せたドフィが気が散ると文句を言った。
「ふぁーい」
「おい、ロシー。どうせ新聞なんて読んでねェんだろ。暇ならこいつ連れ出せ」
なんでそう言い切れるんだろうとロシーの手元に目を向けたらなぜか新聞がところどころ焼けて穴が開いている。いや~これは読めないでしょ。そりゃバレるよ。まぁ隠す気ないのかもしれないけど。
「しょーがないなぁーもう」
「お前が言うな」
バシンッと後頭部に一撃張り手をお見舞いされてグズリと鼻をすすりながら2人で部屋を出た。「気をつけろよ」と聞こえた声には「バーカ!」と返しておいた。

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