翌日、任命式があった。
コラソン――
それはドンキホーテ海賊団の最高幹部が名乗るコードネームの一つで、集会には幹部全員が出揃い、用意された4つの椅子のうち、3つにはもうすでにお決まりの幹部が腰を据えていた。
ダイヤの席には格闘集団を率いている、ヒラヒラの実の能力者、ディアマンテ。クラブの席に座るのは特殊能力チームを率いる、ベタベタの実の能力者、トレーボル。スペードの席に座るのは特効部隊を率いる、イシイシの実の能力者、ピーカ。この3人がいる。もちろんこの3人の名前はコードネームで、ロシーもこの任命式の後はコラソンと呼ばれることになっていた。
ドフィの後ろに続いて歩きながらその様子を横目に流し見る。空いている椅子はハートの形を象っており、いつだったか、初代コラソン――ヴェルゴさんが座っていた椅子だった。
前日の夜、ヴェルゴさんがいるにも関わらず、その椅子の座を別の者に移すことに関して、よく理解できていなかった私は、ドフィにそのことについて訪ねた。
ドフィはヴェルゴさんはしばらく帰って来られないからと言い、さらに最高幹部はドフィの右腕であり、なくてはならない存在で、むしろ今までその席が空いていたこと自体がおかしかった……とも、だからと言って誰でも簡単になれるというものではない、とも言っていた。ロシーが現れたのはヴェルゴさんがちょうどここを離れたそんな時期で、それに加えてロシーはドフィの実の弟。資格は十分にあった。まさにベストタイミング。
ドフィに続いて椅子に座る。その数十秒後、一番最後に登場したロシーは全員の視線を浴びながら堂々とハートの椅子に座った。そうして、以降ロシーはコードネーム、コラソンと呼ばれることとなった。
任命式は形ばかりのもので、早々に終わって各人がそそくさと持ち場に戻っていく。今は忙しい時期だからやることがたくさんある。私もドフィも海図とにらめっこして、今後の作戦を立てるという仕事がまだ残っていた。取りあえず、今日やると決めたところまでは進めなければ。
航海士の部屋、海図がいくつも納められた棚が立ち並ぶ部屋に2人して足を踏み入れた。…………そう、私はこのドンキホーテ海賊団の航海士になったのだ。腕はまぁまぁだと思う。この、先の読みにくいグランドラインの海において、だいたい8割の確率で天候を予測することができれば十分だとドフィは言う。私はちょうどその8割だった。もちろん、9割の人もいるだろうけど、今のところ、この船の中じゃ私が一番当たる。
ドフィにとっては少し狭い部屋の中、彼はソファに座り、私は立ったまま机の上にある地図を睨んでいた。シャッ、シャッと線を引いて、進路を決めていく。そんな中、暇つぶしのつもりで会話を始めた。
「ヴェルゴさんと連絡は取れているの?」
「あぁ、取っている」
「声聞きたいな」
「そんなむやみやたらに取れるもんじゃねェ……」
「…………そっか」
ならいいや……と口を塞ぐ。ヴェルゴさんが今の任務についてからどれぐらいの時が過ぎただろうか。もう半年は過ぎたと思う。
「……なまえ、手が止まっている」
「うん、……ごめん。すぐやる」
いつの間にか止まってしまっていた手を慌てて動かすとドフィが言った。
「…………モネにはもう会ったか?」
「うん。会ったよ」
「今はまだ計画の準備段階だ。モネがあいつの傍についている」
「ん?今こっちに帰って来てるのは……?」
「電話だけじゃ済まないことがあってな。それに準備がひと段落すればあいつも戻ってくる」
「え! そうなの!?」
「あぁ。それまではモネに話を聞け」
「うん! 分かったよ。そうする」
「……なまえ」
「ん?」
「悪いな」
急にそんなことを言い出すものだからビックリした。ソファに座るドフィを見たら、彼はジッと天井を見つめたまま、続けて言った。
「お前にとっちゃァ、あいつは大切なんだろう?」
「…………うん。でも、私にとってはドフィも大切だからさ。だから……」
「…………だから?」
「その大切な2人が決めたことなら、私はそれに従うよ」
ドフィは「そうか」と言って口を閉じてしまった。しばらくその横顔を見つめたけれど、ドフィはそれ以上ぴくりとも動くことなく、ジッと天井を見つめていた。だから、今日済まさないといけない作図を済ませるために手を動かして、それからすぐに完成させた。
「……できた! はい。ドフィ」
「…………あァ」
それをクルクルと丸めてドフィの目の前に差し出す。片手でそれを受け取ったドフィが寝そべっていた体を起こしてソファに座った。
「ロシーはどうだ?」
「どうだって……なんか漠然とした質問だね。普通だよ? ……あ、でも」
「なんだァ?」
「やっぱ、ドフィの弟なんだなぁって、ロシーと接してたらそう思うね」
「お前もそう思うか?」
「お前も、って。やっぱみんなそう思ってるだね。ドフィも……?」
「…………まァな」
曖昧に言葉を濁すようにしてそう言ったドフィは受け取った海図を握りしめて立ち上がる。部屋に備えつけられている時計に目を向けて、思い出したように言った。
「そんなことより、早くモネのところに行った方がいいぞ。あいつ、今日の夕方には向こうへ戻るって言ってたからな」
「え!! それ早く言ってよ」
慌てて机の上を片づけて、部屋を飛び出そうとしたら、ドフィがドアノブに置いた私の手の上に手を被せて、ぎゅっと強く握りしめた。
「ちょ、これじゃ出られないんだけど!」
抗議するためにその巨体の方を見やると、変に真面目な顔をしたドフィがゆっくりと刷り込むようにして私に言った。
「ヴェルゴのことは誰にも言うな」
「…………誰にも、って、他の家族のみんなにも?」
「あぁ、誰にも、だ」
「…………」
どうして? そう聞いてしまいたかった。……でも、サングラスの向こうにあるドフィの瞳はいつになく真面目で聞けるような雰囲気ではなかった。有無を言わせない……これは命令だ。
「分かった」
その瞬間、手が解放され、圧迫感を与えていた巨体が一歩、二歩と後ろに下がっていった。口をぎゅ、と結んで、部屋を出る前に一度ドフィの目を見た。絶対に守る、という意味を込めて。
信頼されている実感はそのまま私の自信へと繋がっていた。

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