シャンクスの船に乗ってから数ヶ月が経った。
彼らは新世界に向かって旅をしている最中だった。私とシャンクスがロジャー海賊団のときに通った道筋も、新たな仲間達と通るとまた違う顔を見せてくれた。シャンクスには彼の目的もあるらしく、時折忙しく行動している。
私は――相変わらずだった。大した目的もなく船に乗り続けている。タダ乗りをするのは気が引けてならなかったので能力を使って買い出しにいったり、船の手伝いを進んでしていた。まぁ、お留守番が主な仕事になっているんだけど……それでも助かるといってくれるので、よしとしている。
今日、シャンクスから「久々に魚人島に行くぞ」と話を聞いた。いよいよ新世界が間近だ……懐かしい。記憶の片隅にある島。今はどうなっているのだろうか。想像もできない。
「それなら、コーティングをしてもらわないといけないね」
「あぁ、だからまずはシャボンディ諸島に向かう」
「うん、分かった」
定番のルートだ。魚人島は海の中にある。シャンクスの船は潜水のできるタイプではないので、シャボンディ諸島で泡を使って船にコーティング処理を施してもらって海の中に入るのである。新世界はレッドラインの向こう側にあって、向こう側に行くには必ず魚人島を通らなくちゃならない。避けては通れない道だった。
シャボンディ諸島か……久々だ。あそこは小さな島が集まっていて、結構広い。お店もたくさんあるし、観光も出来たはず。……着く前から楽しみだ。
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シャボンディ諸島の一角に到着した。
「偵察に行ってくる」
「りょーかーい」
私はいつもの通り、お留守番だった。
「今日はベックマンが当番なんだね」
「あぁ。お手柔らかに頼むよ」
「なにそれ……別に取って食いやしないから!」
「悪い悪い。だが、金を巻き上げているって話じゃねェか」
「――っ、人聞きの悪い! 暇でカードゲームやろうって言ったら『賭けないとやらない』っていうからやっただけなのに!」
「……にしても、だいぶ稼いだらしいじゃねぇかァ……?」
「ん、まぁ……結構鍛えられているんで、カードは強いよ、私」
なんせ、師匠はあの賭け事に強いレイリーだったからね――とそこまでは言いはしなかったけれど、久々に蘇った師匠との思い出に思いを馳せる。教えて貰ってすぐのときから容赦なくって、いっつもお小遣いがすっからからんだったっけな。別に欲しいものがあるわけじゃなかったから困ることはなかったけど。……にしても、本当に容赦はなかった。師匠は大人気ない。……まぁ、そのおかげで今の私があると思えば、感謝すべきかも……しれないんだけど。おかげ様で最近は懐が暖まっている。
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「負け、た……!」
「おーいやいや。強ぇな、なまえ。半々くらいだろ、勝率」
「ん~~、でも……賭け金では負けたよぉ……」
「賭けは仕方なくって言ってた癖に」
くつくつと楽しげに笑いながら、ベックマンが煙草を吹かす。
「でも賭けるからには勝ちたいでしょ?」
「……だな。今回は俺の勝ちだ」
にんまりと悪びれた笑み。わざわざ言わなくてもいいことを声高々にいうところはまさに海賊だった。…………むかつくけど、事実だから仕方がない。ふいっと顔を背けて机にあった掛け金を渡した。
「どうぞ」
「どうも」
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赤髪のシャンクスの船が入港した。久々に聞いた名前に年甲斐もなく胸が躍る。
「レイさん、嬉しそうね」
「昔の知り合いが近くに来たらしい」
「あぁ、なるほどね……」
それだけで伝わるくらいにはシャクヤクとの関係は良好だった。
「ならコーティング屋のレイさんの出番ね」
「あぁ……そうだな」
シャンクスなら自力で見つけ出すだろう。別に隠れているわけでもないしな。久々に会える。手配書では見たが……いい男になったものだ。
「……レイさん?」
「ここへ来たら教えてくれ。帰ってくる」
「うん、分かったわ」
カウンターの向こうでにこにこと笑うシャクヤクに片手を振って酒場を後にした。
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シャクヤクから電話がかかってきた。シャンクスが訪ねてきたそうだ。入港して1日経つまでもなく探し当てたらしい。……相変わらず鼻が鋭い。夜には酒場に戻ることとなった。
夕日が落ちていく水平線を見つめながらゆっくりと歩く。桟橋にはシャンクスの船があった。海賊旗には――左目に赤線が刻まれていた。あのときから何があったのかいろいろと聞きたいことがある。あぁ……楽しみだ。
シャクヤクが店主を務める酒場『シャッキーズ’s ぼったくりBAR』は島の13GRにある。無法地帯の中にあるので、海軍や他の一般客はほとんどいなかった。訪れるものは大抵海賊だ。知り合いを中心に、『船にコーティングをしたい者』が訪ねてくる。コーティングをするということは魚人島を訪れると言うこと。魚人島の向こうには新世界がある。奴らはそこへ向かうのだろう。
遠くから見ても分かるくらいに煌々と光と放つ建物。
「おや……今夜は外で一杯か」
先ほどまで明るく照っていた夕日も落ちて天に昇る満月が暗闇を明るく照らしていた。加えて天候も素晴らしく。
――良き日に来たな、シャンクス。
酒場の外に設けられた一角。大人数でも飲み食いができるようにという配慮だろう。明日はシャクヤクに多すぎたと小言を言われそうだな……。まぁそれも惜しくない。
間近に迫ったところで赤髪が見えた。大きくなった背中。でも、その色は何一つ変わっていなかった。その前ではシャクヤクが話相手をしていて、シャンクスの隣には黒髪の男が座っていた。あいつが副船長の「ベン・ベックマン」だろう。かつての俺のように船長の隣に座っていた。
――懐かしいな、ロジャー。
シャクヤクの視線がこちらに向かう。それに気づいたシャンクスがゆっくりと振り返った。そして、こちらに向かって片手を上げて振る直前――奴の反対側に、座っている女の姿が目に映った。ちょうど隠れて見えていなかったらしい。その横顔が見えた。
…………なまえッ!?!?!?
――刹那、その場から離れ、近くにあった木の影に逃げ込んだ。どういうことだ……こんなのは聞いていない。
「シャンクス、どうしたの……?」
なまえの声が聞こえた。
「あ、いや。悪い、人がいるように見えたんだが……勘違いだったみたいだ。酔ったらしい」
「え~シャンクスがもう? 年取ったんじゃない?」
「るせぇ~! 俺だってそういう日があるんだよ。ちょっとトイレ行ってくる」
「うん、はーい。気をつけてね」
軽く話を交わしたシャンクスの気配がこちらに向かって一直線に歩いてくる。そのまま背を木に預けて待った。
「…………久しぶり、レイリーさん」
ニシシシッ――と笑う姿は若造のときと変わっていない。本当に懐かしい顔だ。それにしても……傷が増えたな。
「あぁ、シャンクス。元気そうだな」
「レイリーさんも」
少し歩こうか、そう言って場所を移動した。
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間を置くことなくシャンクスが言った。
「どうして逃げるんですか?」
素朴な疑問……だがそれは愚問だ。
「なまえには会えない」
「…………」
「約束を破ったな、シャンクス」
「……何のことで。あの日はもう終わりましたよ、レイリーさん」
「今はコーティング屋の『レイさん』で通っている。そう呼んでくれ」
ぱちぱちと瞬いたシャンクスが「もう隠居してるんですか」と笑う。至極当然だろうという顔で頷いたら、彼は面食らったらしい――ははっと乾いた声が返ってきた。
「冥王も年には勝てない、か……」
「まぁ私も人間だからな。現役のとき程ではないが、余生を楽しんでいる。それで十分さ」
フッと互いに笑う。
顔上げたらそこは島の端だった。何も考えずに歩いたとき私たち海賊は大抵が海に出ている。そういう性分なのだろう。私たちは海が好きだ。砂浜に足を下ろして桟橋に向かう。
ザッ――ザッ――、足音が波のさざめきと同化するように静かな音を立てていた。
「少し前になまえを見つけました」
「……見つけた、ということは、君が乗せたのか」
「えぇまぁ。見ていられなかったもので」
「…………」
月明かりが照らし出す陰影。俯いたシャンクスの顔には暗い影が出来ていた。
「……ひでぇ顔をしていました。再会は喜んでくれた癖に、俺にはなんにも話しちゃくれない。何度誘っても、慰めようとしても、あいつはなかなか受けてくれませんでした」
「…………話して、ないのか」
「…………はい」
なまえにとって俺たちはそれほどに大きな存在になっていたのだな。
「ここに来て、コーティング屋を探して、レイリーさんのことを知りました。まさか……と思いながら、話を聞けば聞くほどに現実味を増していって確信に変わって……貴方に、会いました。……こんなところに居たとは」
「無理もない。ロジャーの船に乗っていたやつらの大半は監獄いきだったからな。いろいろあったが、俺と……クロッカスぐらいか。あとの奴らの居場所は知らない」
「クロッカスさん! 俺も会いましたよ」
「おぉそうか。元気にしていたか」
「相変わらず、でした。クジラの腹の中で生きていましたよ」
「ハハハッ、それはなんとも……奴らしいな」
生きるのがうまい男だ。これからもきっと大丈夫だろう。
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桟橋に着いた。すぐ傍にシャンクスの船がつけてある。
「……はじめまして、シャンクスの船。名は……」
――レッドフォース号
シャンクスが自信満々に言った。
「……いい名だ。明日にでもすぐにコーティングをしてやろう。今は客がいないんでな、ちょうどよかったよ」
「いえ、しばらく留まります」
「…………航海士は誰だ?」
「スネイクって、右肩に入れ墨が入っているやつ、ですけど……」
「分かった。お前はもう知っているだろうが……コーティング船の操舵にはコツがいる。明日、教えると伝えておけ」
「……明日? できるわけがないですよ。今日は宴だっていうんだから。俺の部下達は、宴明けには働かない主義なので」
「…………まったく、とんだ部下だな」
そう言いつつも、シャンクスには嬉しそうに笑っていて、『とんだ部下』を持つ、かつての部下……いや……弟子に少しだけ安堵した。……良い仲間をもったようだ。
「……分かったよ。しばらくいるといい。……ただし」
「ただし……?」
「シャクヤクの機嫌は損ねないように頼む」
「……あぁ、あの店主、か」
「俺の友人でね」
「……友人。なまえに会いたくないのは、それがあるからですか」
「……まぁそれもひとつ、だな。絶対に泣かせることになる」
「……でしょうね、あいつ、貴方にぞっこんでしたから」
「知っていたのか」
「当然です。っていうか、レイリーさん、気がついていたんですね」
「…………」
「知っていて、何も言わなかったんですね」
「言わなければ、知らなければ、感情などないものだ。私が承知している――それになまえが気づかないのが一番いい」
「…………どう、でしょうか。いつだったか、なまえは……俺の顔を見て、ハッとするときがありました。まるで何かを思い出すように。そのとき、彼女の目には俺は映っていないような気がして。……なんというか、誰か別の人を思い浮かべているようでした。まるで俺の顔を見て何かを悟ったような、そんな感じでした。……あれはきっと、レイリーさんのことを思い浮かべていたのでは?」
……そうかもしれない。まだはっきりと自分の中でも割り切りことができていないときがあった。脇が甘かったのだろう。
「…………」
感情を捨て切れていなかった己のせいだ。もしかしたら、なまえは私に期待していたのかもしれない。期待させ続けた結果、彼女は最後に私に何も伝えることなく去って行った。ロジャーからなまえが船を降りるあらましは聞いていた。あの日の宴がなまえと過ごす最後だと知っていた。だから、……あぁそうか、期待していたのか。女々しくも、なまえの中の一番でありたいとそう願っていたのだ。
「……戻りましょう」
「…………」
足が鉛のように重かった。来た道を戻っていくシャンクスの後ろ姿を呆然と見つめた。足が、動かない。心の準備ができていない。今、なまえの顔を見たら私は……私はなまえのことを傷つけてしまうような気がして怖かった。
足音がしないことを不審に思ったのか、シャンクスが足を止めて振り返った。そして、呆れたように口を開いて笑っていた。そして彼は言った。
「約束を破ってすみませんでした。でも彼女はもうかつてのなまえではないので、その約束はもう無効かと。レイリーさんの知るなまえはもう……いない」
それは彼自身が自分に言い聞かせているようにも聞こえた。まるで悔しさを現したようなくしゃりと潰された顔面が痛々しさをまとっていた。私の胸は張り裂けそうになっていた。私の知るなまえはもういないのだと聞かされた瞬間に頭を支配したのは強い嫉妬だった。私の知らないなまえが存在していいはずがない。
彼女にとって絶対的存在であるはずの私に知らないところなどあってはならない。……それは嫌だ。
――嫌だ。
私はなんて傲慢な男なのだろうか。

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