10:あの日の誓いを胸に抱いて

密かに結婚の誓いを交わした私たちは、シャンクスの船を見送った。

「シャンクス、今までありがとう」
「気にすんな! 近くに来たら会いに来るよ」
「うん。気をつけてね」

軽い抱擁を交わそうと足を踏み出したら、片手を前に出したレイリーに止められた。見上げたレイリーは私の方を見ようとはしなかったけれど、なんとなく強い意志を感じた。仕方がないので苦笑しながら手を振って別れることにする。シャンクスも、ベックマンも苦笑していた。

「シャンクス、……油断しないように。新世界は危険が多い」
「はい、レイリーさん。レイリーさんも、お気を付けて」
「……あぁ、気を付ける」

すぅ――と、二人の視線が私の方に向いた。「私に任せて!」と声高らかに言うと、からからと二人に笑われた。

「それはそれは頼もしい限りだ」
「……なんか引っ掛かる言い方ですね。釈然としません!」

「なまえがいれば安心、だな!」
「もう、シャンクスまで! そこに含みはいらないでしょ!」

最後の最後までからかわれながら、見送りの場は笑顔に包まれたまま終わった。

シャンクスの船影が海の中に消えていく。それを確認した後、私とレイリーは見つめ合って笑い合った。

どうか、シャンクスの道の先に幸運がありますように――願いを捧げて、私たちはシャクヤクさんのいるBarに戻った。

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「うまくいったみたいね、レイさん」

ぼったくりBarに入るやいなや、店主のシャクヤクさんがそう言った。

「なまえちゃん、この人のことよろしくね」

あまりに急なことに、私はなんと言い返したらいいのか分からなかった。胸に引っ掛かる『この人』という言葉。ちくっと痛む胸に私は僅かに顔を顰めた。そして前に立つレイリーの背中を見つめた。レイリーは何を考えているのだろうか。彼はゆっくりと振り返って、カウンターの席に座るように言った。

「え……と」

なんとなく、この場に私が居るのは場違いな気がしてならなくて。逃げ出したい気持ちに駆られた。「どうぞ」と差し出された炭酸水入りのグラスを見つめる。なかなか腰を落ち着かないのでレイリーが私の手を引いて、「いいから座りなさい」と諭すように言った。

「私たちの馴れ初めを聞いて貰っても、いい?」

シャクヤクさんが優しい声色でそう言った。

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レイリーとシャクヤクさんは女ヶ島にょうがしまというところで出会ったそうだ。

当時そこで女帝をしていたシャクヤクさんがレイリーに一目惚れをしてしまった。その上、女帝という立場を放り投げてレイリーの後を追って島を出てしまう。身一つでついてきた彼女を一人にしてしまうことが憚はばかられたレイリーは、しばらくの間彼女と共に旅をすることに決めた。

……それってつまり、そういうこと、ってことだよね? シャクヤクさんはレイリーのことが好きだったし、レイリーは別に彼女がいるわけでもなかっただろうから、断る理由がない。彼女と彼はそういう仲だったというわけだ。…………なぜ、そんな話を私が聞かないといけないの。聞きたくなんかないのに。聞きたいなんて、言っていないのに。…………嫌だよ、やめてよ。心がじゅくじゅくと痛んで息が為難しにくかった。

 

「私はずっとレイさんのことが好きだった。だからがむしゃらに彼に気持ちを伝えて、何度も何度も彼のことを誘惑した…………」

そのときの情景を考えたくなかった。だから、私はできるだけ考えないように、人ごとのようにできるように、ぼんやりとその話を聞くように努めていた。……それでも、やっぱり胸は痛んでしまう。もう……どうか、それくらいにしてくれないですか、と言いそうになる唇を手の平で押さえて、どうにか我慢した。

 

シャクヤクさんが続けて言った。

「ある日ね、レイさんのことを押し倒したの。私はこれでも女帝をやっていたくらいだったから、そこそこ強くってね」

…………いやだ。やめて、そんなこと……聞きたくない。ぎゅうぅぅと拳を握った。

 

「その時ね、レイさんが言ったの「シャッキーそれは言わなくても……」いや駄目、これは絶対に伝えるべきだと思う。レイさん、二人のこれからを思うなら言わせて」

レイリーがシャクヤクさんのことを『シャッキー』と呼んだ。それは愛称だ。それだけ彼と彼女は親しいということ……。私は限界を迎えた。もうこれ以上、二人の……二人だけの思い出話を聞きたくなんかなかった。目を閉じて、両耳を手で押さえる。これ以上聞いたら私が私でなくなってしまう気がした。せっかく、レイリーに大好きって伝えることができたのに。こんなにもやもやとした気持ちのままで私は彼とやっていくことができるのだろうか。幸せは遠のいた。不安が一気に広がっていく。

 

「……なまえ」

耳元で、レイリーの声が遠く聞こえた。両耳の手が優しく外されて、レイリーが私の顔を覗き込む。

「……傷つけてすまない。……さっき言ったように、過去のことはもうどうすることはできないが、これから先は君を傷つけないと、誓うよ」
「レイリー……」

「そうよ、なまえちゃん。ここからが大切だから、聞いてくれる……?」

私は嫌だったけれど、二人があまりに言うものだから話の続きを聞くことにした。なんだか体が酷く寒くなってきた。……と、レイリーが机の下に手を忍ばせて、私の手のひらに指を這わせてきた。そのまま絡んだ指がぎゅっと握りしめてくれて、彼は私を見てにっこりと笑ってくれた。そして彼は少しだけ言い淀みながら言った。

「んん……。本当は、私も恥ずかしいんだが……二人のこれからを考えるなら伝えておくべきなんだろう……な」
「……?」

「……まぁ、そうね。本当ならこれは言わない方が美談になるでしょうけど。今のなまえちゃんには必要な言葉よ、きっと。だからね、聞いて欲しいの。……レイさんはもう邪魔しちゃ駄目だからね」

静かに微笑むシャクヤクさんは私なんかよりもずっと大人の女性で、レイリーはこういう人が好きなのだろうかと、ふと思った。

 

「……続きを話すわね。えぇっと、……それで、私がレイさんに迫ったときに、彼は言ったの。『相手くらいは出来るが、君が望むものはあげられない。私の最愛はとあるところに置いてきている』ってね」

結構漠然とした話だったので、きょとんとしてシャクヤクさんの顔を見た。そうしたら、彼女がレイリーの方を流し見ていたので、私もそっちに視線を向けた。すると、どうだ。レイリーは顔を片手で覆っていて、ぷるぷると震えていた。

「……分かっていても、照れるもんだな……これは」

レイリーの耳が真っ赤だ。

「れい、りー?」

彼の名を呼ぶと、レイリーが指の隙間から私を見た。

「我ながらほんっと気障な台詞を言ったものだ。大変に恥ずかしい……が、あれからずっと私の気持ちは変わっていない」

「なまえちゃん。その『最愛』は貴方のこと、だそうよ」

「…………え?」

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その時のレイリーの顔を見たシャクヤクさんは、失恋したと悟ったそうだ。彼にどんなに迫ったところで、彼の心を手に入れることは出来ない。それがどんなに虚しいことか。だから、シャクヤクさんはそれ以上レイリーに恋心を抱くことを止めたそうだ。

今のシャクヤクさんとレイリーの関係は大家と常連客のような感じで、もちろんそこに恋情というものはない。シャクヤクさんには別に恋人がいるそうだ。それを聞いた私は表情を隠すこともなくあからさまにほっとしてしまって、シャクヤクさんに「可愛いわねぇ」と言われてしまった。……恥ずかしい限りである。

「ね、聞いてよかったでしょう?」
「……はい」

お手間を取らせました、と深く頭を下げると、シャクヤクさんが「私のことはシャッキーって呼んでね」とにこやかに微笑んでくれた。

結局、彼女は心を通わすことの出来ない相手とは寄り添えないと言った。……確かに、それはそうだろう。私だってそうだ。思い返したら、私はシャンクスに同じようなことをしてしまっていた。シャンクスのことは好きだったけれど、それは愛とは違う……仲間に対する好きだったのだと思う。……彼には酷いことをしてしまった。

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それから、私は酒場の二階に部屋を借りた。レイリーは少し離れたところに家を持っているらしく、落ち着いたら私もそちらに来たらいいと言ってくれた。

二人掛けのテーブルに向かい合うように座る。さっきのことがあったからか、なんだがどぎまぎしてしまって落ち着かなかった。

テーブルの上に手の平を置くと、レイリーがその手を握って指を絡ませてくる。彼の左手にある真新しいシルバーの指輪が光を放っていた。それが少しこそばゆかった。

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徐おもむろに口を開いた。どうしても、聞きたいことがあったのだ。

「レイリーって、いつから私のことが好きだったんですか?」

それを聞いたレイリーは絡ませている指を少しだけ強ばらせた。ゆっくりと彼の視線がおちていく。

「…………それは言わないと行けないのか」
「うん、できれば」
「私はできれば言いたくないな」
「どうして……? 顔が真っ赤になるからですか?」

少しだけ揶揄からかいの意味を込めて意地悪く言うと、目を見開いたレイリーがあからさまに視線を横に逸らした。レイリーって、大人の行為はなんなくする癖に、そういう初心なところがあったんだ。ちょっと意外だった。

「レイリーにもそういう可愛いところがあるんですね」

レイリーの機嫌が少しだけ斜めになっているが、それもまた可愛く思えてきてしまうから困ったものだ。

「…………だったら、君はどうなんだ」
「……私? う~ん、そうですね。ロジャー船長の船に乗った後ですかね」
「相手をしたときか?」
「あ、いえ。その後ですよ」
「後……? 君は好きでもない相手として良かったのか」
「いや、それをレイリーが言いますか。私を説き伏せたのはレイリーだったじゃないですか。自分で言っておきながらそれは…………ん? ということは、レイリーはそのときはもう私のことが、」

そういうこと……? と思いながら彼の顔をまじまじと見返すと、良い笑顔になった彼が「ノーコメント」と言った。なんだか、笑顔でごまかされた感が否めないのだけど。

 

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― レイリー視点 ―

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なまえは頬を膨らませてむくれていた。……可愛くって、思わず緩んでしまいそうになった頬を必死で引き締める。

今目の前にいる彼女の心は、もう私のだというのに習慣というものは本当に恐ろしい。師匠であったとき、仲間であったとき、常に糸を張り詰めていた。そうしないと、気を抜いたら緩んでバレてしまいそうで怖かった。

「じゃあ、私も言うのでレイリーも言って下さいね!」

なまえはそう言うと、絡めている指を解いた。赤く染めた頬を手で押さえて深く息を吸う。彼女もまた、私と同じように恥ずかしいのか。そう思うと言えるような気がしてきた。

「シャンクスに『好きだ』って言われて、私は一度は断りました。その時の彼の顔が……レイリーの、私を抱いてくれていたときの表情かおととてもよく似ていて……」

…………先ほどはなまえがあれ程に我慢したのだから、今度は私が我慢する番だと分かっている。だが……、なまえのそういう、誰かとのことを連想させる話を聞くのは頂けなかった。……ほんとうに、胸に来るものがある。ふぅ~~となんとか息を吐き出して気持ちを落ち着ける。心を押し込めて続きを待った。

「ある日――シャンクスのその顔が好きな人の愛情を求めているものだと気付きました。その瞬間――私は無意識に期待してしまったんです。……あの時のレイリーの表情が、私のことを想うものだったらどんなに幸せか、と」

ふるりと震えたなまえの体。彼女は頬を真っ赤に染めながら、訥々と言った。

「私……それまではレイリーのことを本当に何とも思っていなかったんです。……もちろん、尊敬はしていましたけど、私にとってレイリーは師匠でしたから。だから、気のせいだと思うようにしていたんです。でも……『もしもレイリーが私のことを好きだったら……?』そう思えば思うほどに、意識してしまって。気付いたら目で追ってしまって」

これほどに嬉しいことはあるだろうか。私が恋い焦がれていた子がこんなにも悩んで、苦しんで、好きだと言ってくれるなんて。こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。

「でも、どうしても、信じられませんでした。……だって、レイリーはいつも違う香りを付けて帰ってきていたし。……もしもそうだったとして、そんな状況には耐えられそうにはなかったから、私はずっと目を逸らしてきました」

……確かに、それに関しては私に否があるだろう。今更何を言ったところで言い訳にしかならない。

「……すまない」

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私がなまえの立場であったのなら、船を降りていたかもしれない。それくらいに辛い思いをさせてしまっていた……分かってはいたが、こうして本人の口から聞くとそれがいかに酷なことか、再認識させられる。……あぁ。例え言い訳になってしまうとしても、恥ずかしい思いをするとしても、きちんと伝えておくべきだ。唐突に、そう思った。

 

「なまえのことが好きになった瞬間――そういうものははっきりとはなかったと思う。ただ段々と、君を見る度に知らない感情が湧いて出るようになってきた。同じ船に乗って、君が笑っているところを見ていると、幸せだった」

自分でも、私は思っていたよりも平凡な人間だったのだと思ったくらいに、純粋な恋をした。何十も離れた娘が笑う様子を見るだけで世界は色づいて見えた。それが恋だと気付くまでに時間がかかったものだ。年老いてからの『恋の病』はより後を引くらしい……と、ロジャーとルージュのことを見ていて思ってはいたが……まさかそれに私がかかってしまうとは、夢にも思っていなかった。

物思いに耽った後、顔を上げたらなまえが視線を右に左にと泳がせていた。触れたい思いを押し込めて、なんとか続きを話す。

「外に出ていたのは情報収集だった。……誰かがしなければならないこと。……だが、これだけは知っていて欲しい。……いつだって、私の『最愛』は君の元にあった」

「っ、」

なまえが喉を詰まらせていた。涙を零さないように必死で顔を上に上げながら、口元を片手で押さえている。……まったく。私は最低だな、今日はなまえを泣かせてばかりだ。

 

「なまえ、世界で一番、君のことを愛している」

「…………っ」

 

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― なまえ視点 ―

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じっとなんかしてられなかった。身を乗り出してそっと口付けた瞬間、レイリーの驚いた顔が見れた。ぽかんとした後に、きゅっと細くなった目尻が、これ以上ないくらいに落ちていく。甘く優しい微笑みに吸い込まれるように、唇を重ねた。

「私も……愛しています…………」
「なまえ…………」

二人の想いはゆっくりと溶け合っていった。

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20231211 End.

Afterword

レイリーの連載は数はかけないなと思いました、お疲れ様でした!

この人難し過ぎるっていうか、情報がなさ過ぎて……すっごく捏造しているので、絶対に真に受けないで下さい! こういう世界線のお話……くらいに思ってください。終わった後でこんなことを言うのもあれですが……汗

レイリーとのおせっせは敢えて外しました。
ない方が、切なさが増すかなぁと。
もちろん、この後めちゃくちゃやってます……笑

もうね……切なすぎて辛すぎて……感情移入し過ぎ(‘-‘*)
甘々はいつか別の機会があればそちらで……!

完結できて良かったです。
ありがとうございました!
感想があれば是非聞かせてくださーい!

 

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