ONE
:
「スモーカーさん!」
「……てめェ、わざとやっているだろ?」
「え~? なんて言っているのか聞こえないです!」
「チッ……」
先日、大佐が家に来たときに大佐のことを「スモーカーさん」って呼んでから時たまこうして大佐のことを呼んでいた。もちろん、からかう意味を込めて呼んでいるのだが。
先日だって、会話の流れでからかう意味を込めて呼んだのだけれど、私が思っていたような返事が返ってくることはなく。なぜか大佐は怒って帰ってしまった。まぁ怒ることは予想していたけど、あそこまで本気で怒らなくてもさ。夜道の警護もしてくれたことだし、お礼に朝食でもって思っていたのに、まさか早々に帰ってしまうとは。最終的には呆れてため息を返されると思っていたから、ちょっと意外だった。
それ以降、「スモーカーさん」って呼ぶとなぜか異常に反応する大佐。その反応がなんだか可愛く見えてきてしまって、だんだん言う回数も増えていった。でも面白くないことに回数を重ねるごとに大佐の方もそれに慣れていってしまったようで、反応がだんだん薄くなってきている気がする。
つまんないなぁと呟く。
「何がだ?」
「いいえ。ここ最近、ディスクワークばかりでつまらないなぁと」
「……それは俺に対する嫌みか?」
「えぇそうですよ。ちょっと外回りに出たと思ったら何かしらやらかして帰ってきて。結局、始末書の山の処理をするのは私なんですもの。これが嫌みを言わずにいられるものですか!」
つらつらと言葉を吐き出すように言う。ムッと頬を膨らましながら、ペンを走らし続けた。あと1枚。これを書き終えたら今回の始末書は終わりだ。
「スモーカーさん! 私の話聞いているんですか!?」
うんともすんとも返事がなくていらいらしたので名前で呼んでやった。
「……悪くねぇな」
「は?」
「いや、こっちの話だ」
「何格好つけているんですか、私の話聞いています?」
「……」
「ちょっと、無視しないで下さい!!」
最後の行に文字を走らせ、ピリオドを一つ打つ。よしこれで終わり……じゃないね。始末書の最後には直筆のサインが必要。執務机から重い腰を上げる。ってか、なんで大佐が来客用のソファに座ってごろごろしていて、部下の私が大佐の机で書類書いているんだ。意味が分からない。
「最後のサインをお願いします」
「ん、」
ペンを渡せと無言で差し出された手にペンを乗せる。大佐は私のなんなんだ。これじゃまるで熟年夫婦じゃないか。私まだそんな年じゃないし。ペンを渡した後、扉へ向かって足を進めた。
「なんだ、用事でもあるのか」
「えぇ、それはもうたくさん。色々な方からお声がかかっているもので」
精一杯の嫌みを込めて言ってやった。
「まぁ、待て」
「はい?」
「行くなら、これ提出して置いてくれ」
「っ、いいかげんにして下さい! 私は大佐の部下かもしれないですが、雑用係ではないんです!自分の失態の始末ぐらい自分で……あれ?」
なんだ、これ……?
「え、あれ、これは?」
ん、と乱暴に差し出された書類は先ほど私が渡した書類じゃなくて。何回か瞬いた後、ゴシゴシと服の袖で目を擦って、もう一度確認した。
サラサラと書かれたサイン。おおざっぱな見た目とは反したいつも通り、丁寧に書かれた大佐のサイン。そのサインを確認した後、上へ上へと視線を送っていくと。
“I’m lovin’you.It’s true.”
その言葉を頭で理解しながら紙を突き出す大佐に目を向けるとそれはもう真っ赤で。でも視線を逸らすことなくこちらをジッと見つめていた。
「あっ……と、意味は……」
「ア?」
「ごめん、だいたいしか分からない」
「……だいたい分かってるなら分かるだろ」
「っ、」
そ、それはまぁ。そうだけど。
「女はこういうのがいいって聞いたんだが」
「え?」
ガシガシと頭を掻く大佐は気まずそうに視線を逸らしながら言った。うわ、どうしよう。ものすごく嬉しい。苛立ちを隠さずに見せている大佐はいつもなら怒って怖いから近寄らないのだけど、今日は顔が真っ赤だから怖くない。
「あ、の……大佐」
「あァ?」
「できれば、言葉にして頂けたらなぁ、なんて……」
チッ――
「わっ」
大佐の腕が腰に回り、グィッと引き寄せられる。仰け反る背中にも腕が回り密着した体にバクバクと心臓が鳴った。一度しか言わねぇェからな、と低い声がすぐ側から聞こえた。小さく頷く。
「愛してる」
「っ、」
「まだてめェにその気がないのなら、てめェが振り向くまで愛してやる」
それ、ちょっと脅迫じみてない? と思いつつ、嬉しすぎて涙がこぼれていった。
「なまえ、名前で呼んでくれ」
「はい、スモーカーさん」
「それでいい」
正直、スモーカーさんが私のことを見てくれるなんて夢のまた夢だと思っていたから、この状況に全く頭がついていっていなくて、私だって大佐のこと大好きなのに、うまく言葉を出すことができなかった。
「スモーカーさん」
「なんだ」
「ありがとうございます」
「……それだけか」
「ふふふ、お求めのものはこれで?」
ゆっくりと体を離し、こぼれる涙を指で拭う。笑みをこぼしながら大佐を見た。ん? と首を傾げる間抜け面の大佐に余計に口元が緩む。ソッと唇を寄せた。
中年男が年下の娘に唇を奪われた時の気持ちってどんなものなんだろうなぁ。まぁおそらく、目を見開いて動揺している様子から、してやられたと思っているんだと思うんだけど。
「ん、」
唇をゆっくりと離そうとすると、ガッと後頭部に手が回り、離れかけた唇が再び重なった。
「んん、」
あ、やばい。うっすらと目を開いて大佐の方を確認したら、上等だと細められた目がこちらを見ていた。あ~、視線が合ってしまった。途端にヌルリ、と進入してきた舌が口内をかき回す。息が……
どんどんどん、とガッシリとした胸板を何回か叩く。それでも解放してもらえず。苦しくて、苦しくて。もうたまらなくなってしまって、仕方がなく噛んだ。
「ってェ!!」
「っ、はぁ……はぁ……」
じんわりと鉄の味がした。
「噛むやつがいるか?」
「ここにいます。……ってか、解放してくれない大佐が悪いです」
「ア? 大佐じゃねぇだろ」
「っ、ちょ、待って! まだ勤務中!!」
「かまわねェ」
「ちょ、だ、誰かっ!!」
まじでヤられる!!
これ噛んだのはてめェだと言うように舌を出してその傷をこちらに見せつけてくる大佐に何故かドキッとしてしまう私の心臓。わ~やばいやばいやばいっ!! 大佐めっちゃ格好いい。どうしよう。
「なまえ」
スススッと首筋を這う舌からは血の匂いがした。ツンッと鼻を刺激するそれに興奮してくるのは大佐だけじゃない。
「なんか背徳的じゃない、これ?」
「好きか?」
「いや、いやいやいや。えっ?」
押しつけられたのは大佐の部屋の扉。部屋の中で一番薄いところ。こんなところで声出したりなんかしたら……
「ちょ、馬鹿!! ん、」
「なんだもう十分濡れてるな」
「待って!」
「悪いがそれは聞けねェ話だ」
「んんっ」

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