センゴク元帥の取り計らいのおかげで、その日のうちにミホークさんの部屋を用意してもらうことができた。
「いや、なまえがこっちに移動だ」と言われて始めは首を傾げていたけれど、壊れた扉を指差されて納得する。確かに、ミホークさんを相手にして殴り込みをかけてくる人は海軍本部にはいないだろう。
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翌朝。今日は朝から会議だそうだ。ミホークさんと朝食を取り終えて、開始時間が差し迫った頃合いに伝令の海兵が知らせに来る。今日はあの乱暴な海兵ではないのか。ほっとした。
「では行ってくる」
「はい。お気をつけて」
「再三言ったが、今は俺が人の気配を感じていないのを確認している。……不在の時は用心して何時でも声を出すな」
「はいはい、分かってますって」
「気が緩んだ時が一番危ない。いいな……」
何度目のお小言になるだろうか。言う側は面倒にならないのだろうか、聞く側は耳にタコができそうだというのに。
「はい!」
苦笑していたら「独り言も駄目だからな」と重ねて注意された。確かに、私は独り言が多い。ぐうの音も出ません。
「気をつけます……」
一言も発しない自信はなかったので、思い切り視線を横に逸らしながら、その場しのぎに返しておいた。ミホークさんはそれに気づいていたとは思うけれど、これ以上あれこれいったところで無意味だろいうことも重々理解しれいらっしゃるので、頭を振った後に会議室へと向かって歩いていった。やれやれ……という具合かな。
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しっかりと鍵がかかっていることを確認した後、ベッドに仰向けに倒れ込む。今日は何をしようかと考えていた。ミホークさんとの今日の会話を何度か思い返してみたのだけれども、「部屋から出るな」とは言われなかった……と思う。記憶のどこにもそれはなかった。
私が迂闊に言葉を発するがあまり、そちらに意識が向きすぎていたのかもしれないし、単純に外へ出るのは問題ないと思われているのかもしれない。どちらにせよ、これはチャンスだ。
支度を整えてコートを羽織る。姿見の前に立つのは仮面を除いて完璧に変装をしている姿。昨日に買い足してもらった服では物足りない。股がスースーするし、胸の違和感もぬぐい切れない。どうしても気になる。
さぁて。あとは仮面を付けるだけ。これがまた具合が難しいもので、いい具合につけないと……と仮面を持ち上げたら、下に何かが置いてあることに気が付く。
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なまえへ
お前のことだから大人しく部屋で待てるとは思っていない。もう誘拐はされるな。共謀もなしだ。ちゃんと帰ってこい――
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ぱちぱちと瞬く。メモと一緒に置かれた袋には札束がたんまりと入っていた。
「ミホークさんには敵わないなぁ~~」
ふふっと笑う。全部使うには少し多すぎる。必要な、使う分だけを札束だけ抜き取って懐に入れる。メモはせっかくだから、以前もらった貴方のビブルカードと一緒に大切に保管しておくことに。この調子でいけばミホークさんの書き置き集とかできちゃいそうかも。誰得だろ……あぁ、私得だね。
ミホークさんのご厚意を遠慮なく受け取って、今日は一日島を散策することにするぞ!
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部屋の外に出た後に気づいたこと。今ここがどこだか分からないことだった。慌てて部屋に出戻って部屋の中を探してみたものの、地図らしきものはなく。自分のいる位置がまったく分からない。仕方がないので、歩いていたら分かるか……と、帰りの道を覚えることに集中しながら何となく本部の中を歩くことにする。まずはこの建物から出るための玄関に向かいたいので、す、が……馬鹿広いなこの建物。
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「……何やってんだ?」
ギクッ――
聞き覚えのある声に肩が跳ねる。ゆっくりと振り返ると、あの乱暴な海兵がそこに立っていた。
「今日は出かけるのか?」
無言で頷く。あ、そうか。私は海賊の連れだから何んとなく海兵に対して忌避感があったけれど、ここには客人として来ているわけだし、出歩いてはいけないとお達しを受けているわけでもない。現に、廊下ですれ違う海兵たちは特に何か制限をかけて来ることもなかった。そりゃぁ若干、警戒されている感じはあるものの、普通にすれ違うことができた。
ここで言葉を発してはいけない制限さえなければ、私はこの男と普通に話して「玄関ってどこですか?」と聞けたのに。まぁ、こればっかりはミホークさんからの愛情の裏返しと思って受け入れるしかない。わ~私、愛されてるなぁ。……なんてね。さてはて、どうしたものか。
「……おい、聞いてるのか?」
意識をすっかり飛ばして自分の中に籠ってしまっていた。慌てて視線を戻す。僅かに首を傾げると、「聞いてなかったのか」と、長息が吐き出された。それでも再び話してくれるようで、見た目に寄らず、面倒見のいい人なんだなぁと思った。
「俺はこれから仕事で忙しいんだが、たしぎの奴が今から外へ行くって言ってんだ。ここでふらふらしてるってことは、道が分からねぇんだろ? 昨日の詫びとして案内させるが、どうする?」
詫びと言いつつも、なぜかすごく睨まれております、不思議ですね……はい。でもその申し出は大変有難いので頷いて返した。
「そうか。こっちに来させる。このままここで待っていろ」
そう言うと、踵を返して歩いて来た廊下を戻っていく海兵。……え? もしかしてわざわざそんなことを言うために、私を呼び止めてくれたの? 事実かどうかは分からないけれど、もしもそうだったらちょっと感動する。スモーカーと言ったっけ? 良い人なのかもしれない。出会いがあれだったので、言い切れないけど……。
しばらく壁に寄りかかって待っていると、スモーカーさんが消えて行った方向から部下の女の子が走ってきた。確か、たしぎと言ったっけ。
「はぁ……はぁ……。ごめんなさい。お待たせしました」
なぜそんなに急いで来たのだろうか。そう言えば、出会った時も走っていた気がする。そういう性分なのかな? 別にそんなに急がなくてもいいという思いを込めて、首を横に振って見せた。
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
「…………」
はぁ~せっかく年の近そうな女の子が目の前にいるのに話もできないなんて。
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たしぎさんのおかげで早々に建物の中から出ることができた。戻り方も覚えたから次からは一人でも大丈夫だろう。この子はスモーカーさんとは違って無理に何かを引き出そうとしないので、平和に歩くことができた。
「あ、ここが本部敷地の出口です。帰りもこっちの勝手口の門番に言えば入れますので」
「これ、渡しておきますね」と差し出された金属板。どうやらこれが通行証になるらしい。門番の人にも声をかけてくれて、大変良い人だということがよく分かった。ますますお話したい……! けど、ここは我慢だ我慢。
「私は休息日なんです。服を買いに下町へ行くのですが、ついてきますか?」
無言で不愛想な人にもこんなに親切にしてくれる優しさに胸が打たれた。有難い。深く頷くと「じゃあ行きましょうか」と一緒に散策することになった。
海軍本部にある下町は、今まで訪れた町とはまた少し違う雰囲気だった。至る所に海兵がいる。まぁ、当然と言えば当然だけど。海賊や山賊はまったくいない。いるのは、海兵か、その家族か、平民か、商人くらいだろう。住民の長閑な空気が心地よかった。
ふと顔を向けた店に視線が釘付けになる。
可愛い……! 女物の服が取りそろえられた店は可愛く彩られていた。ここには女の海兵も多いせいか、戦闘向けの衣服でも、女物が置かれていて他ではあまり見ないラインナップとなっている。これは是非とも拝見したい。
「あの~?」
足を止めた私の隣に立つたしぎが不審な目を向けてくる。
あぁ、そうだった。男だって思われているはずだ。そうなるように仕向けていたから恐らくたしぎもそう思っているに違いない。男が女物の店の前で釘付けになっている……うん。問題だな。どうしよう……でも、ここは引き下がりたくない。また明日一人で来る……? でもどちらにせよ、店内に入るときには変装を解かないと逆に怪しまれるだろう。ミホークさんにお願いする? ……いや、これは論外。
う~~ん。こうなったら、…………やるしかない。
たしぎさんの腕を掴む。唐突な出来事にあたふたと慌てるたしぎさんをぐいぐい引っ張って近くの路地裏に引っ張り込む。
「え、あのっ!?」
今まであれほど頑なに反応を返してこなかったのに、と言いたげなたしぎさんが目を瞬かせていた。警戒……というよりも、混乱しているようだった。
「ど、どうしたんですか!?」
慌てるたしぎさんの前で静かに頷く。人差し指を立てて、自分の口に当てる。
「落ち着いて下さい」
「……え?」
この状況で落ち着いてと言う私も相当なものだとは思っているけれど、出来るだけ穏便に事を済ませてしまいたいので、切実に願う。たしぎさんはその気持ちを組んでくれたのか、声を上げることもなく、静かに頷いてくれた。内心はきっと疑問だらけだろうに……適応能力の高さに感服する。
「……あの、周りの海兵さんの気配とか分かりますか?」
「気配ですか? ……はい」
「今、こちらを見ている人や聞き耳を立てている人はいますか?」
「…………いえ、おそらく誰もいないと思います」
目を閉じて集中した後に返ってきた返答にホッと息を吐き出す。
「……良かった。それなら大丈夫、かな」
「……あのう。失礼ながら伺っても?」
急に饒舌に喋りだした私に警戒の眼差しを向けたたしぎさんが恐る恐るといった様子で声をかけてくる。仮面を被っているせいで多少のこもり声にはなるけれど、これだけ声が高ければ確実に分かるだろう……。ゆっくりと頷きを返す。
「貴方……女性ですか?」
「…………」
百聞は一見に如かず。説明するよりも見てもらった方が早い。フードを外し、仮面に右手を添えてそっと取り外した。
息を吞む音がした。ようやくたしぎさんと仮面越しではなく真正面から視線を交わすことができた――嬉しくなって笑みを浮かべると、レンズ越しの黒い瞳が僅かに揺れた。ぱちぱちと瞬いた後に、たしぎさんが言った。
「お、お、女の子っ!?!?」
「ちょ、静かにっ!」
「あっ、ご……ごめんなさい」
慌てて口を塞いでくれたので、たしぎさんという海兵は思っていたよりも協力的なのだと思う。……よかった。それならば……と、残りのコートも脱いで変装を解くことに決めた。仮面をコートに包んでしまえば、これでもうあの不審者が私だと確信する輩はいないだろう。
「……はじめまして、たしぎさん。私はなまえと言います。以後、お見知りおきを」
あまりにあっけらかんとしていたせいだろうか。深々と頭を下げた後、再び目に入ったたしぎさんは口をポカンと開けていた。
「お~い?」
目の前でひらひらと手を振ると意識が戻ってくる。我に返った彼女は一瞬で口を閉じた。
「喋れないのでは……?」
「いえ。喋らなかっただけです」
「あぁ…………」
たしぎさんは、「スモーカーさんの言った通りだ」と言った。

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