結局、素直に言葉で伝えることにした。
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「サカズキ大将。いつも良くして下さってありがとうございます。これ、ほんの気持ちですが……」
一緒に差し出したのは、赤いバラが刻まれたガラスのペン立てだ。いつもペンを平置きにしていらしたので、こういうのがあってもいいかも、と思ってのことだった。
受け取ってくれるかどうかすごく不安だったけれど、おっかなびっくりしながらも受け取ってくれた。物凄くぎこちない感じだったので、こういうことになれていらっしゃらなかったのかもしれない。……少しだけ可愛いと思ってしまった。
そして、その後に……なんと、晩酌にお呼ばれしてしまった。
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「こんばんは……」
あぁ、いらっしゃいませ――と出迎えて下さったのは仲居さんで、ここは一見さんお断りの和食料理店。サカズキ大将はふらふらと飲み歩くのは好まないらしく、馴染みの店を用意しておくと言っていた。渡されたメモを頼りにたどり着いたのがここ。暖簾をくぐるのに、10分もかけてしまった。あまりに規模が大きすぎて立ち入るのが恐れ多い店構えなのだ。……と。
カランコロン――心地の良い音色がして振り返る。そこに立っていたのは海軍の殻を脱ぎ捨てたサカズキ大将だった。紺色の和服を纏っていて見慣れない装いに驚いた。
「あ……大将」
「外ではやめぇ……」
「……はい。えっとでは……サカズキ、さん?」
傾げた首に返ってきたのは「あぁそれでえぇ」という了承。ふわりと浮く胸の心地。なんだ……? なんだかよく分からないけれど、胸が落ち着かない。
「サカズキ様、いつも御贔屓にして下さりありがとうございます。ご案内しますので、どうぞ中へ」
仲居さんはお客のあれこれを見ない様にしているのか、一瞬だけ頭を上げてサカズキ大将の顔を確認した後、すぐに視線を落としてしまった。ささっと手早く案内を始める様は手慣れていて、おぉ……さすが老舗という感じであった。
仲居さんの後ろにサカズキ大将が続いて、その後ろに少しだけ間を開けて続く。大将は両腕を和服の袖の中にしまい込んだまま、カラコロと足を進めていた。普段よりも足取りが軽く見えるのは下駄のせいか、それとも仕事から離れているせいか。……どちらだろうか。
料亭の門の中には庭園が広がっていて、想像以上に広かった。ぐるりと庭を周るように歩いたのはお店がこの庭園を誇りに思ってのことかもしれない。大将の視線がずーっとそちらを向いているところを見るあたり、きっとこの店のこういうところが気に入っているのだろうなぁと思った。
仲居さんに案内されて入った小部屋。畳の上にはもう既に小料理が蓋をされた状態でセットされていて、「残りもすぐにお持ちしますね」と仲居さんが足早に去っていった。その後ろ姿に「もう少し間を取り持って下さってもいいのですよ」と内心思う。
……気まずいのだ。
部屋の前の廊下。立ち竦んだまま、視線を落とす。……どうしましょう。
「先に入れ」
慌てて顔を上げる。軽く首でくいっと入るように促された先は一番奥の席。そこは上座だ。
「あの……私がこちらで……?」
「今日はそっちに座ってろ……」
「……はい」
なぜ……私が……上座なのでしょうか。どぎまぎしながら腰を落とす。そんな私とは正反対に、悠々と向かいに腰を下ろした大将が懐から煙管を取り出した。普段は葉巻を愛用しているのに。煙管を持つところをはじめて見た。
「……ん? あぁ、外へ行った方がいいかのぅ」
「いえ。私は大丈夫ですので、お気になさらずに……」
ただ単純に、煙管を咥える様子を想像して凄くお似合いだろうなぁと考えていただけです。
「いや、どちらにせよ、食事の時は舌が鈍るけぇ……後で吸う」
再び煙管が懐に戻れされていく最中、目に飛び込んできたのは大将の素肌だ。片足を軽く立てて座っているせいで、足が出ているのだ。これにはちょっともう、目のやり場に困りますって! 言うなれば、ミニスカートを履いたお姉さんが目の前にいるみたいなものですって! ……ん? あれ、それなら普通にしておいた方がいいのかな……?
その後すぐに残りの料理が運ばれてきて、「サカズキ様は一卓に先に並べておくスタイルですので、こちらにすべての料理を並べております。何か用がありましたら、こちらのベルを鳴らしてお知らせください」と深く腰を折った仲居さんが去っていった。
……ん? あれ、つまり、しばらくは二人きりということです……か?
……え?
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「冷める前に温かいものから食べておくとえぇ。刺身は後回しじゃ。あぁ、そこら辺の蓋がついてるのは後。先にこっちを食え」
――と、何故か私は大将に甲斐甲斐しく世話をして頂いております! 身に余る光栄ですっ!
「あっ、ありがとうございます!」
「こういうところは初めてなんじゃろう?」
「……お恥ずかしながら」
「えぇ。わしが教える」
「……光栄です」
見たこともない料理がたくさんあった。食べたことがない物は食べ方も分からなくって、手を止めて「これはどのように……?」と聞いているだけで時間は流れていく。途中でふと思ったのは、結構食べられるタイプの人間でよかったということ。量が多いです……! 晩酌って言ってなかったですっけ?
「満足か……?」
「はい。正直……ちょっと苦しいです」
あはは……と笑う。
「体が資本じゃ。普段からしっかり食べろ」
「はい!」
軽い敬礼をすると、フッ――と大将の顔が緩んだ。…………なんだかどぎまぎする。せっかく雰囲気に慣れてきたと思ったのに、また緊張してきてしまった。
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チリリン――
呼び鈴を鳴らして、食べ終わった料理を片付けてもらう。
「食後の茶を」
「えぇ、お持ち致します」
机の上が綺麗になると、その場に立ち上がったサカズキ大将が廊下の方にゆっくりと歩いて行った。襖が開くと、外はもうどっぷりと陽が落ちていて。いつの間にか真っ暗闇になっていた。大将はそのまま廊下に腰を下ろす。その様子をぼんやりと見ていた。空を眺めているのだろうか。しばらくして、白い靄が闇夜に浮かぶ。煙管を吸っているのだろう。
見たいなぁ――
大将は普段は執務から逃げるように、ストレスを吹き飛ばすようにして葉巻を口に入れている。健康に良くないと分かってはいるらしいが、もはや手放せないらしい。そんな葉巻も、『海軍』の二文字から時離れたときには吸っていなかった。
ひと吸い、ひと吸い――味わうように、ゆっくりとした感覚で吐き出される白靄が、今は楽しんで吸っているのだと伺わせた。それならば私は声をかけずにいた方がいいのかもしれない。……でも、その姿を見たいと思う好奇心はとても強く、抑えられる衝動ではなかった。

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