翌朝――
「快晴~~~~!!」
水平線から太陽が顔を出した頃、私たちは砂浜に来ていた。
澄み渡る大空、どこまでも広がる大海原。まさに出発日和!
「なまえ、あまり叫ぶな」
後ろでザクザクザクと砂を踏みしめる音が鳴る。後ろを振り返ると呆れた物言いのミホークが帽子を軽く上げながら「覚えているであろう?」と言った。
「……何の話?」
隣に並んだ彼を見上げながら答えると、はぁ……と長息がひとつ。
以前、海軍大将に遭遇したときもそうやって叫んでいただろうと言われて、忘れていた記憶が浮上してくる。あぁ、そうだっけ。あの人はなんか苦手なんだよなぁ。話しているといつの間にか向こうのペースに引き込まれてしまう。恐らくそれは、大将の話術が長けていて、上に立つ者として必要だからそうなったんだと思うんだけど。向こうの得意なゾーンに巻き込まれて自分のペースを崩されてしまうのがとても怖いから嫌だった。
「確かに、いい思い出はないね。以後、気をつけます」
はい――戯けながら軽い敬礼を返す。ふん、鼻息荒々しいミホークから視線を外し、これから向かう海原の向こうを見つめた。まずは何処に行こうか。行き先を考えるだけで心が躍る。右に左に180度、顔を向けて、正面に戻った瞬間、先ほど大声で叫んだ己を張り倒したい気持ちに駆られた。
「……だから言っただろう」
同じくそれを見定めたらしい、ミホークが両腕を組みながら言った。
「…………う”」
罰が悪くて、視線を海から逸らす。でも、背けたところで状況は変わらない。水平線の向こうからこちらへ向かって進んでくる海軍の軍艦。一隻の巨大軍艦の後ろには、三つ程小さめの艦隊がついていた。おそらく……大きい方に乗っているのは大将クラスだろう。
「……なまえ」
渋々顔を声の方に向ける。顎でくいっと私の背中にある長銃を示されて頷いた。
私の装備品――腰左側には短剣が一本。両太股のホルダーには愛銃が一丁ずつ、ミホークに見立ててもらった黒いコートの下に隠してある。背には長身の銃。普段は折りたたんでいるが、組み立てると、私の身長と同じくらいあった。
ミホークはその銃を使えと言っている。これは撃つためではない。狙撃用スコープから覗いて、大将が三人の誰であるかを確かめろということだ。
仰せのままに。こくり――頷いて、背中から降ろした銃を組み立て、岩場に固定する。寝そべり、銃を構えた。超遠距離用の特別製のスコープを覗けばかなり遠くのものが見える。大変便利な代物だ。ただ、残念なことに使う側を選ぶところがある……ていうか、素質があってかつ、修練を積まないと全く使い物にならない。私は使えるようになったけど、ミホークは自分の目で見た方が早いと試そうともしなかった。なので、遠距離では私が彼の目になると決まっている。
ガラスの向こう、見えたのはもじゃもじゃ頭。額にはゴーグル。長身細身。白いスーツとだらだらと部下に指示を出しながら頭をかく様子。ここまで分かれば上出来。間違いようがない。何回かレンズから目を外して、確かめ直してもいいが、それは時間の無駄だと言い切れる。はぁ……できれば違って欲しかった。
「……貸しだな」
「え~~」
上から振ってくる言葉に不満を詰め込んで答える。寝そべったまま、右後ろに顔を動かすと黒い靴が視界に入った。そのままグググと首を上げる。
こちらを見下ろす彼の顔はとても楽しげ……いや、ミホークの最大級の不敵な笑みに見えた。あーぁ、絶対に良からぬことを考えているよ、この人。そう思いつつ、今回は完全に私が悪かったので、返す言葉が続かなかった。
まぁ……無理に返す必要もないと思うし……彼はそういうのは気にしないし。先方の確認が無事に終わったので、よいこらしょと……、差し出されたミホークの手を有り難く取って立ち上がる。互いに頷きあうだけで意識は海の方に向いていた。
パッパッ――軽く服の汚れを払って、銃を背負う。
ガチャ――、ずっしりと背中にかかる重み。始めは重くて歩くのも大変だった。ミホークに何度も抗議をしたくらいだ。もっと軽くしてもいいと思う、と。でも今なら分かる。今はこの重みがそのまま私の安心へと繋がっている。軽く、反動でぶれてしまう銃身では的に当てることはできない。遠距離なら尚更、ほんの僅かな反動が命取りとなる。それをミホークは知っていたのだ。
ミホークの見立てに間違いはなかった。そう認めざるを得なかった。彼の専門分野ではないというのに……一時期は悔しさを感じた。それももう懐かしいけど。
「…………出発するぞ」
「うん」
久々の棺船だ。
「この船にまた乗れるなんて」
「なんだ。あんなに嫌がっていたじゃないか」
「ふふ……そうなんだけどね。この島にいる間は恋しかったよ。何だかんだ、私たちは出会ってからずっとこの船と一緒に旅してきたんだもの。私にとっては仲間みたいなもの、かな。すごく、大切な子」
船縁に愛おしさを込めて触れる。こんにちは。久しぶりだね。変わってないってことは、ミホークがしっかり手入れをしているってことだよね。いつもミホークを乗せてくれて、ありがとう。
軽く見渡す。知らない傷がいくつもあった。真新しいところも出来ていた。きっと古くなって修繕したのだろう。彼もこの船を大切にしているんだな。そう思いながら、顔を上げた。
「……ミホーク?」
棺船に乗り込んだ私の後ろ、ミホークが桟橋に突っ立ったまま、黙り込んでいた。もう一度名前を呼ぶと、視線が絡む。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。少し、感慨深くなっただけだ」
「……え?」
「……船のことなど、考えたことがなかったのだ」
「あー。まぁ、そうだよね。ずっと一緒にいると、あんまり考えなくだろうし」
ミホークが船に乗り込む。縄を解いて、足で蹴り出して、棺船はゆっくりと出航した。二人だけの船は静かだ。特にこの船はゆっくりと進む。その時間は嫌いじゃない。
「背の銃は外しておけ」
そう言うと、ミホークが椅子の背の方に視線を誘導してきた。首を傾げると、「頼まれていた台座だ」と彼が言う。確認すると、棺船の椅子の背もたれのところに新しく取り付けられた長銃専用の台座があった。試しに置いてみる。うわ~ぴったりだ。
「すごい、ぴったり!」
「当たり前だ。そうでなければ意味がない」
「うん、だよね。でも……すご……。ありがとう、ミホーク」
「いいから、置いたら座れ」
「……うん!」
腰を据えるところは、この船で旅をしていたときの定位置。ミホークの足の間。朝夜は寒くて震えていると包み込んでくれた。昼は暑くて、逃げるとよくすねられた。いつの間にか寝ていたときに顔を上げると彼もスースーと規則正しく寝息を立てていて。それだけでニヤけてしまっていた。もう二年も前のことだけど、つい数日前のことのように覚えている。
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「……なまえ?」
ぼーっとしていた。ミホークの言葉で現実に意識が戻ってくる。
「眠いのか?」
「まさか。さっき起きたばかりだよ? 流石にそんなに眠れない」
くすりと聞こえた苦笑。それを心地よく思いながら、両目を閉じる。こちらに意識を向けてくれるミホークの胸に背中を倒す。相変わらずびくともしない。顔を横に、耳を彼の胸にくっつけると、緩やかな鼓動が聞こえてきた。……落ち着く音だった。肩の力が一気に抜けて、久々の出航に緊張していたことに今更気が付いた。
首を上げて空を見上げると、自然と言葉が出ていった。
「またこの船で、ミホークと旅ができて私は幸せだよ」
耳元で聞こえた柔らかな吐息――私はゆるりと笑みを作った。意識を背後に集中させる。ミホークもきっと同じだろうなぁと思った。――と、息を吸い込む音がした。
「俺は……なまえを外へ出したくなかった」
「うん……そうだったね」
「独り占めしたかった」
「ふふっ、シャンクスから聞いてたよ」
「なんだ、知っていたのか」
「うん。こう言ってたよ。俺もアイツも大概……子供だろう? って」
「……なんと返した?」
「え、それ聞いちゃうの?」
ふむ、と肯定の意。それにふわりと笑う。頷いて、思い返しながらゆっくりと言った。
「『知っていましたよ。男の人っていつも勝手で、いつまで経っても子供なんですから。きっと世の中の女性はみんな知っていることですよ』と、言いましたね。……で、それを言ったら、シャンクスは……じゃあ俺のわがままをなまえは聞いてくれるだろうか? って」
「奴は?」
どうやらミホークはシャンクスとのやり取りの方が気になるらしい。
「…………さぁ?」
「なんて言ったんでしょうね?」戯けて言うと顰めっ面のミホークがぐりぐりと遠慮なく頭を回してきた。
「わっ! ちょっと、もう! やめて~~!」
抗議は届かない。髪をグッシャグッシャにされた。結局、大将青雉の艦隊と遭遇するまで彼は不貞腐れて沈黙を貫き通していた。もうおかしくて仕方がなかったのはここだけの秘密にしておこうと思う。ほらね、子供っぽいんだから――と言わなかった私をどうか褒めていただきたい。

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