第8話 赤髪の我が儘―回想

「……えっと?」

隣に立つ赤髪の男が突拍子もないことを言い出したものだから、ついジト目で見返してしまった。

先ほどまで、私が独りでだらだらと「男の人って勝手過ぎる」と愚痴っていたんだけど……。急に思い立ったように「じゃあ俺のわがままをなまえは聞いてくれるだろうか?」と、ずっと聞き役に準じていたシャンクスさんが言ったのだ。

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やけに静かな夕暮れだった。

いつもなら虫の声がちらほら聞こえるのに、それもなかった。シャンクスさんは、私の返事を待って息を止めているのか、まるで音がしなかった。

「そのわがままって……なんですか?」

頷きの代わりに返した疑問。恐らく彼には『事によっては聞く』という私の本心が伝わっていると思う。彼の横顔を盗み見たけれど、その表情はいつもと変わらず。その腹の内が全く読めなかった。

いつもなら間髪入れずに返してくるのに今日はやけに間を取っている。もしかしてそれだけ重い話題……? ってことなのだろうか。あぁ、もう……。居心地の悪さを感じつつ、隣の気配に集中して待つこと数十秒。……体感ではもっと長く感じた。

「……俺の仲間にならないか?」

「…………はい?」

一体ドウシテそのようなことになったのでしょうか。

流石にそれは聞けなかったけど、そう言ったも同然だ。返答に困った私が狼狽えていたら、こちらをしっかりと見定めたシャンクスさんが、もう一度言った。

「俺の、仲間になって欲しい」

私が狼狽えたのには理由があった。とても簡単な理由だ。シャンクスさんが今更そんなことを言う意味がよく分からなかったからだ。

「えと……その、仲間になるも何も、私たちって、もうずっと仲間ですよね?」

彼の両眼を見つめながら瞬いた。そうしたら、シャンクスさんもぱちぱちと瞬き返してきた。本当に、純粋に不思議そうな顔をしていた。……でも確かに、思い返してみれば、彼とはっきりと言葉を交わしたことはなかった気がする。……それなら、今日がその良い機会なのかもしれない。

「島にいた頃はまだ……お知り合い……良くて友達、だったと思いますけど、」

…………懐かしいなぁ。マスターの酒場で働いていた頃、私は随分彼に助けてもらった。そしてあの頃は彼等の凄さを全く知らなくて、生意気にため口で偉そうなことをわーわー言っていた……私の恥ずかしい黒歴史……。思い出したくない気持ちと楽しい思い出とが入り交じって複雑な心境になってくる。

「それから島を出て、ミホークと旅をして、そんな中でシャンクスさんの船にお呼ばれして。たくさん、夢を語って、たくさん秘密も共有して」

「…………懐かしいな」
「それって、もう仲間ってことじゃないですか? 少なくとも、私はここ何年もずっと、そう思っていましたよ」

きっとたぶん……いや、絶対に、ミホークは『仲間? あいつと俺が? あり得ない』と言うと思うけど。端から見たらもうそうとしか見えない。二人は真っ黒な関係だ。そして、私も同じくそこに並ぶことになる。それを誇らしく思うのは、彼等を尊敬して止まないから……なのだろう。

ふふふ――零れた微笑。

シャンクスさんの両目が弓なりを描いて柔らかく落ちていく。とても穏やかで優しい笑顔。そのまま、彼は海の方に視線を逸らす。両目を閉じた横顔が夕日を浴びて赤く輝く。きらきらと反射する赤い髪を海風がさらっていくと、その顔面にある大きな三本の傷が浮き彫りになった。それが目に入った途端、ぐっと喉が詰まる。彼は「仲間になって欲しい」なんて言うけれど、本当のところはどうなのか、そう思ってしまう私がここにいる。私だって気付いている。彼の言う『仲間』っていうのは、共に同じ船に乗って欲しい――そういう意味だと。知っていて、敢えて明確な答えを避けている……それにはちゃんとした理由があった。

…………私は彼がどうして、顔に傷を作ったのか、それを知らない。つまり、彼の海賊旗に刻まれる程の象徴ともいえる事象に関して、彼が私に教えていないということになる。…………そう。つまりはそういうこと、なのである。

正しくは、本人の口から聞かないと分からないだろうけど、彼はきっとその話を私に聞かせたくないと思っているのだろう。

ごめん、シャンクスさん。

私は……そういうのは嫌なんだ。

どちらかがただ一方的に、隠し事をする。例え、もう片方を大切に思うがゆえだとしても、私はそれがなんか嫌だ。

だから、今が一番なのだ。私が出来る最大限の譲歩。シャンクス達と仲間として立っていられるライン。それが現状だと、私は思っている。彼がどんなに私に甘い言葉で囁こうとも、今の私は靡なびかない自信がある。

「私たちは何時だって繋がってるんですよ。仲間なんですから」

まるで答えになっていない答え――私もそう思っているし、もちろん、シャンクスだってそう思っていることだろう。そんなことは百も承知。それでいて、私たちは知らないふりをする。

「私の命はミホークと共にあります。でも同時に今まで出会った人とも共にあるべきだとも思っています。欲張りな話ですけど……、ここに来るまでに出会った大好きな人たちはもう仲間です。離れていても、志や目標が違っていても……」

パッと頭に浮かんだたしぎの困り顔に笑みが零れる。

「だって……みんなそれぞれ自分なりの考えを持っているんだから、違って当たり前なんです。違っていてもいいんです。間違っていると思ったら、真っ正面からぶつかればいい。それが出来るのが仲間だと思っています」

口を閉ざしたままのシャンクスさんに向き直る。

「…………覚えていますか?」
「…………?」
「シャンクスさんが以前言っていた、麦藁帽子を託した男の子。彼は……どんな人に対しても態度を変えない子で、ぶつかれる子……そう、でしたよね?」
「あぁ、彼奴はそういう奴だ」
「彼はいい人だと思います。だけど……きっと、間違うことや迷うことがこの先あることでしょう。そういう時に、共に隣に立って助け合う。それが仲間だと思うんです。離れていても、いいんです。共に……、それは心の中でも同じ。きっと彼の心にはシャンクスさんがいます。それでいいんです。支えになるのなら。貴方は彼の仲間と言えるでしょう?」

もしかしたら、仲間よりもずっと大切な人かもしれない。でも今回はそこには触れない。

「……そう、だな」

「私も同じです。シャンクスさんは私にとって支えてくれる人――立ち止まって道に迷ったときに、心の支えになる人なんです。それって……仲間だって言えませんか?」

価値観というものは、人それぞれだ。だから、私にとっての『仲間』が彼にとっての『仲間』だとは限らない。…………だけど、口に出してしまえばそれはより同じ認識に近付く。

耳を傾けて、シャンクスさんが目を閉じる。彼は黙って私の話に耳を傾けてくれた。今度は私が返事を待つ番。

ゆっくりと私の方に向き直った彼が大袈裟に両手を挙げる。そして、言った。

「降参だ。まさかここまでなまえに諭されるとはな」

……参ったよ、呟く様子に、眉を落として笑う。ごめんね。シャンクスさん。はぐらかしてしまった。……けど、決して、ふざけていた訳じゃない、本気で、そうしようと思ったから、だから……どうか、分かって欲しい。

その想いが伝わったのだろうか、シャンクスさんが私の頭に手を乗せて、緩く撫で付けながら言った。

「……そうだな。悪い。なまえはもう、俺たちの仲間だったな」
「…………はい」

大きく頷く。……許してくれた。少し胸だけが弾んだ。彼はこのままの関係でいいと、同意してくれた。……良かった。

「…………1つだけ俺から提案、っていうか……まぁ、『お願い』がある」
「……この際です。聞きましょう?」
「俺たちは、『仲間』なんだろ? じゃあ、名前は呼び捨て、敬語はなしだ」

強い意志を感じる眼差し。願いと言いつつも、これはもう強制に思えてならない。そんな雰囲気。

「いいな? 反論は許さないからな」

『お願い』って言ったくせに、彼は私の返事を聞くこともなく、振り返り背を向けてしまう。それは『お願い』ではないと文句を言う暇も与えてくれなかった。

野郎ども帰るぞ~!――去り際はあっさりと。赤髪海賊団は船長の一声であっという間に出航した。

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