「なんで凍らせちゃったんですか?」
甲板に上げられた私はムスッとした顔で目の前に立つダルそうな男に言う。
「だってそうでもしないと乗ってくれないでしょうよー?」
「……そんなこと、ないですよ?」
「なんで疑問系なの」
思い切り視線を逸らして、口を濁しながらごにょごにょと返したものだから、『おっしゃる通り』と答えたようなもの。それを聞いてくすりと笑った男。彼は、
大将 青雉――――
この男は、先ほど私たちの前に現れた艦隊を率いていた。
あんまりにも堂々と姿を現したので、『もしかしたら目的は私たちではないのでは?』と淡い期待を抱いて、一応は避けるために正反対の進路を取った棺船の前にすんなりと追いついて立ちはだかった。
そして……、あろうことか船周辺の海を凍らせたのである。アイスエイジ――高らかに言いながら飛び降りてきた男にミホークが切りかかりそうになったのは無理もない。私も襲撃かと思って銃を抜いた。
ところが、一度は刀を構えたミホークが納刀して「何の用だ」と男に言った。普段なら遠慮なく喰ってかかってそうなのに、ミホークが大人しい。もしかして、私が島にいた二年の間に、彼の闘争心がなりを潜めたのだろうか。
「…………ミホーク。いいの?」
声を潜めて言う。小さく頷いたミホーク。
「……今回は見送る。争う意味がない」
心底不機嫌そうではあったが、この状況だ。この大将青雉の厄介な能力を考慮すると無駄な争いはどちらにとっても不利益と判断したのだろう。……私も不本意だけど、今回はミホークの意見に賛成だ。頷きを返して銃をホルダーに戻した。
:
そうして船上に上げられたのは私だけ。どうしてそうなったのか、訳が分からない。
「え~と。それで? 私に用があるんですよね?」
「久しぶりに会ったっていうのにつれないなァ~」
「…………」
ハァ――深いため息を吐き出す。堂々と仁王立ちしている相手に私は勝てる未来が描けない。戦闘においても、交渉においても。この男は口が上手いから。……あぁ、もう。こうなってしまったらあきらめるしかない。さっさと用件を聞いて済ませてしまおう。
両肩をすくませてコミカルに笑うと、私が観念したと悟ったらしい。満足そうに笑う男が両腕を組んで「久しぶり。元気そうで安心したよ」と言った。
「お久しぶりです。おかげさまで私は元気ですよ。そちらは……相変わらずですか?」
「あぁ、こっちはこっちで忙しくしているよ。今回はここまでわざわざ遠征させられて。俺はこう見えて忙しいんだけどねぇ」
「そんなのは知りませんよ。嫌なら断れば……」
「あのね、海軍は縦社会なの。それに、俺はセンゴクさんの命令は基本的に断らないから」
「へぇ……意外」
「……そう?」
不思議そうに首を傾げる男を見ながら、世間話はこのくらいでいいかと頭を切り替える。スゥ――と息を吸うと、空気が変わった。
「……用があるのはミホークの方ではないのですか?」
ミホークに用があるというのなら、心当たりがあるから理解できる。
「どうせ召集に来なくて手を焼いているのでしょう?」
苦笑しながら続け様に言うと、「まぁ、来てはないな」と。分かっていたけど、私が何も言わないことをいいことにミホークと来たら……まったく。「権利を貰っているんだから責任を果たしなさい」と散々言っていたのに、どうやら全く耳に入っていなかったらしい。くそう……なんだか腹が立ってきた。
「ちょっと失礼しますね……」
ザワつく周辺の海兵とそれを許容してくれる青雉を流し見しながら、甲板の上、棺船がある方に歩いて行った。船縁の下を覗き込んで、彼の姿を確認する。
「ミホーク! 貴方また召集さぼったって!?」
腹の底から大声で叫んだ。
目に留まる鍔広の帽子は微動だにしない。
「あなたの頭の中は一体どうなってるの!」
続けて叫ぶ。海兵ら一同の視線を背中に浴びていたけどそんなのは今はどうだっていい。ミホークに反省させる方が先だ。
ところがミホークときたら、渋々というように、一度こちらへ顔を上げただけで特にリアクションをする気配がない。相変わらずいつもの椅子に座っていて、堂々と腕と脚を組んでいる。どうせ寝こけていたのだろう。
「もう、返事ないし……まったく」
船縁から身体を起こす。再び視線が身体に突き刺さるのを感じながら振り返る。男は先ほどと全く同じ位置に立っていて、変わらず堂々としていた。両ポケットに両手を突っ込んで、静観していたようだ。
「あ~えっと……青雉さん? でしたよね。ちょっと時間もらってもいいですか? 下に行って話を……」
「あ~痴話喧嘩なら後にしてくれる?」
は? その言葉に視線が動く。何となく見ていた視点を青雉の顔に合わせて睨みつけた。「何言っているんですか?」と眉を寄せる。
「俺の話はすぐに終わる。先に船内へ来てもらおうか」
私だってすぐ終わるんだけど……と思ったけど、男は瞬く間に振り向いて甲板から船内への扉を潜ってしまった。……仕方がない。
タタタタタッ――
再び船縁に走り寄って棺船の主に向かって叫ぶ。
「船の中で話してくる!」
今度は、先ほどとは違って軽く片手を上げて答えてくれた。…………ほんと、貴方の耳は都合のいいことしか聞こえないんだから。そう思いながらも、それさえも愛おしくて微笑んでしまうのは、私がミホークに甘い証拠なのだろう。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます