会議当日――
私は会議に参加できない。だから大人しくお留守番するしかないんだけど、じっと部屋に籠もっているのは耐えられないので、お使いに行ってくることになった。
完成したビブルカードを受け取って部屋に戻って来る。
「そろそろ会議終わったんじゃないかなぁ」
ベッド横にある小さな時計に目を向けると、針はもう夕方の4時を指していた。朝早くから会議だったから、そろそろ終わってもいい頃合いだと思うんだけど……。まだなのかなぁ。なんて言いつつ、それから三時間が経った。予め暇を潰すために用意しておいた本も全部読んでしまった。こんなことならもっと分厚い物語を借りてくるんだったよー。
「…………遅い~」
窓の向こうどっぷりと日が沈んでいた。ここまで来ると、この後にとんずらする計画が本当に実行できるか、怪しくなってくる。慣れているとはいえ、暗闇で動き回るのはなかなか難しい。ミホークは大丈夫だろうけど、私は無理だ。
…………それにしても。
「おーそーいー!」
あまりにも遅すぎる、もしやミホークの身に何かあったのでは……? そうだとしたら、確認に行った方がいいかもしれない。でも……あの人に限ってそんなことがあるかな。危うくなったら窓を突き破ってでも逃げてここに来そうだけど……。う~ん。
悩みに悩んだ末、私はミホークを迎えに行くことにした。部屋の近くまで行って様子を聞いて、問題ないようなら戻ってくる。よし、それでいこう。
後になって、軽率な行動をした自分を呪ったことをここで先に述べておこうと思う。
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長く続く廊下の向こう側から誰かが歩いて来る。見た目からして海兵ではないようだ。
「おやァ? 珍しいじゃねぇかァ~」
距離にして5m。近づいて見えたド派手なピンクのふさふさコートにサングラス。がに股でズカズカと近付いて来る大男。……思い出した。先日、港に停泊していたフラミンゴを象った船の持ち主だ。
「あ! ドフラ、ミンゴ……さん?」
実際に姿を見たのは二年ぶりくらい……? 間違っていないよね、と自分に問いかける。……うん、記憶の中にある彼の姿と変わっていない。……ていうか、これだけ特徴的だと忘れる方が難しいと思うくらいだ。
一対一で面と向かって顔を合わせたのはこれが始めてだった。いざ目の前にしてはじめて気が付く。威圧感が凄い。背が高いという点を考慮して考えても、このドフラミンゴという人の存在自体があまりにデカくて、息苦しさを感じるくらいだった。
これは確かに……。会う前はお近づきになってもいいかも、なんて暢気なことを考えていた。でもセンゴクさんの言うとおり、この男は危険だ。理由なんかない。ただ、私の本能がそういうのだ。気をつけろ、油断するな――と。
身の危険を感じた私は躊躇うことなく一足分の身を引いた。それは狩られる側の防衛本能に近い行動だと思う。
「フフフフフッ。そんなに警戒するなよ。何もしやしねぇよ」
「…………すみません。つい」
「…………」
サングラスのせいで視線が見えないはずなのに、ドフラミンゴの視線が私の体を上から下まで見たような気がして、背筋にゾワリと悪寒が走った。……いや、きっと気のせい、気のせい。引きつりそうになる口元を無理矢理に貌づくる。当たり障りのない笑みを浮かべて見返すと、彼は上機嫌に笑う。どうにか機嫌を損なうことは回避できたらしい。……良かった。
っというか、この人がここにいるということは――
「会議はもう終わったのですか?」
「んん~? あぁ。ついさっき終わったァ」
「ミホークがどこ行ったか知りませんか?」
「鷹の目か?」
一拍の間。逡巡した後に、ドフラミンゴが口を開く。
「……あぁ、そうかァ。お前は彼奴の連れだったか」
「はい。連れのなまえです」
「連れ、ねェ……」
フフフフフッ――やけに含みのある笑い方をする人だ。何だか不気味。クィッとサングラスを上に上げたドフラミンゴがまじまじと見てくる。上下する視線。この人はヤバイ――、
「お前が鷹の目の女ってわけか」
「いえ、そんな大層なものじゃないです」
ハハハッ、今はとにかくこの場から離れることを優先したい。ミホークごめん。今はちょっと適当に流させてもらうよ。この人に目を付けられるのは勘弁して欲しい。
「そんなことより、センゴクさんからドフラミンゴさんが前日入りするのは珍しいって聞いたんですけど、何か用事でもあったんですか?」
これは事実だ。先日、ドフラミンゴの船が港にあるのを見つけたときに「彼奴が……?」とセンゴクさんが首を傾げていたのだ。
話を逸らされたのが気に食わなかったのかもしれない。目の前の大男が顔を顰めている。努めて笑顔は崩さない。背中を冷や汗が伝って落ちていった。
「まぁ……ちょっとな」
これ以上踏み込んだ話は避けた方がいいだろう。
すっかり気を取られてしまったけれど、こっちはさっさとミホークと合流して本部から逃げなければならない。こんなところで立ち話をしている場合ではなかった。
「そうですか。それでは、私は行くところがありますので失礼します」
強引でも、話を区切らないといけない。
「つれない奴だなァ」
「っ、…………離して下さい」
すんなりとはいかなかった。「失礼します」と軽く頭を下げて隣を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれた。流石にそれは不躾ではないか。腕を振り払おうとしたが、身体が動かない。ただ腕を掴まれているだけなのに、なぜ……? 首から上は動くようだ。
「なんでしょうか」
「つれないと言っている」
「……私にどうしろと言うのですか?」
「折角だ。俺の暇つぶしに付き合ってもらう」
「…………はい?」
この人は何を言っているのだろうか。首を捻る。傍に近寄ってくるドフラミンゴを睨み上げた。フフフフフッ――腹に響いてくる不気味な笑い声。
「嫌です」そう言おうとしたときだった。身体が勝手に動いた。自分の身体が自分の意思とは反して動く。離れようと足を踏み出したはずなのに、ドフラミンゴの方へと足が動いていった。
「っ!?」
これはかなりまずい。早くミホークと合流しないといけないのに……!
ドフラミンゴと向かう会う。私の足はそのまま彼に突っ込んでいく。腕を開いて、少し屈められた彼の腕の中に入っていった。
抱き締められた。……意味が分からない。
「……離して下さい」
「こんなに俺を求めているのにか?」
「拘束を解いて下さい」
「俺に命令するとは良い度胸だなァ……」
「…………解いて、下さい。お願いします、ドフラミンゴ様ッ!」
半ば自棄くそになりながら必死に叫んだ。ゾワリと空気が変わった。顔を上げる。にんまりと口元を歪ませたドフラミンゴの顔面が目の前まで迫っていた。ひゅっ――と息を呑む。心がその場から離れようとしているのに、私の手はドフラミンゴの腰に伸びていき、抱きつく形になった。
「ふ、ふざけるなっ!」
最早、取り繕う暇はない。
やめて欲しい、首を横に振っても全く動かない私の身体。
「い、いやっ!」
「フフフフッ……いい子だな」
頭に置かれた手の平が私の頭を包み込む。思いの外優しい扱いに少し気が緩んだ。次の瞬間――首に痛みが走った。意識が揺らいでいく。何か…………身体に刺された……?
私は意識を失った。
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「…………うぅん?」
パチリと開いた両目。明瞭な視界で捉えたのは知らない景色。すぐに身体を起こして辺りを見回すが、やはり全く見覚えのない部屋だった。……微かだが、部屋全体が上下に揺れている。
「…………船の上?」
一体どこの……?
「目が覚めたか」
真後ろから声がした。ベッドから飛び上がって構える。……が、武器を持っていなかったので、滑稽な姿になってしまった。部屋から出るときには腰のホルダーに愛銃を差していたはず……。
動揺を隠せないまま、視界に捉えたのはピンク色の物体だった。
「……ドフラ、ミンゴ」
直前のことを思い出した。もう敬称をつける気はない。このクソ野郎を敬う必要はないからだ。グッと奥歯を噛み締める。この男相手に私に何が出来るのか、必死で考えた。
「ここは……?」
「すでに聞いているだろう? パーティー会場の控え室だァ」
「…………は?」
サ――――ッ、一気に血の気が引いた。やられた。私はハメられたのだ。
「……一体どういうこと? 何故、貴方が私を連れて来たの? 私にはミホークがいる。貴方が動く必要はない。……なぜ!」
強い口調で責め立てるように言った。でも、目の前の男にその気迫は気ほども届いてはいなかった。一貫して飄々とした態度を崩さないドフラミンゴが楽しげに口元を歪ませる。にじみ出る気持ちの悪い気配が私の全身を取り巻く。どうやったって、私じゃこの男には勝てないと頭で理解した。力の差があり過ぎる
「お前が一番よく分かっているだろう?」
「…………」
もしかして、とんずらすることがバレていた……?
「ハァ――私は一体どうすれば?」
こうなってしまってはどうしようもない。抵抗したところで、またあの意味の分からない力で拘束されるだけ。しばらくは大人しく従うしかない。
「なんだ、思ったよりもかしこいじゃねぇか」
「…………失礼ですよ」
「フフフフッ」
もしかしたら、この男はわざと私を怒らせて反応楽しんでいるのかもしれない。そうだとしたら、真面目に返すなんて馬鹿馬鹿しい。
「ここは控え室だ。お前にはパーティーに出席してもらう。ここで着替ろ」
「…………分かりました」
諸手を挙げて、はぁ――と深いため息を吐き出す。抵抗する意思がないことを示すと、満足そうに頷いたドフラミンゴが今一度、念を押すように睨みつけた後、部屋から出て行った。途端にフッと軽くなった身体。心なしか、呼吸もしやすくなった。その場に崩れ落ちる。
「あーもう、最悪」
ミホークは大丈夫だろうか。一瞬頭を過ったが、今は自分の心配をした方がいいと頭を振る。余裕はなかった。
「着替えろって言ったって、服なんて何処に……」
部屋を一周見回して、ドフラミンゴが出て行った扉とは別の扉があることに気が付く。これはクローゼット? 意を決して開く。電気をつけると、小さな個室の中にずっしりと収っているドレスがそこにあった。
「うわ……」
どれもキラキラしていて凄い。あまりに別世界過ぎて足がすくんだ。
「……どれを着たらいいの?」
……というか、どうやって着ればいいの?
あ――なんか急に面倒になってきた。どうしよ……もう逃げてもいいかな。見張りがいるかもしれないから、部屋の周りを一度確認して、逃げられそうならそうしよう。……よし。気合いを入れつつ、扉の持ち手に手を置いて慎重に動かす。
「…………っ、」
ガチャ――
金属が詰まったような音。
ガチャガチャ――
これって、まさか。
ガチャガチャ――
「…………嘘」
閉じこめられていた。

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