ノックをしても返事がない。寝ているのかな……? こっそり入った病室はもぬけの殻。ボガードがいない――慌てて振り返った廊下の先には見慣れた人が立っていた。
「おぉ、なまえ。今日も来ておったのか」
「っ、ガープさん! ボガードがいないの!」
にっこり笑ったガープさんはとても落ちついている。何か良くないことがあったのでは……? 悪いことが頭を過っていたのに、その顔を見たらそんなことはすっぽり抜け落ちた。その理由は、察したからだ。
「もしかして……共犯、ですか……?」
「な、なぁ~にを言っておるんかこの娘はァ~~」
ひゅ~ひゅ~ひゅ~下手な口笛を吹きながら顔を背けるガープさん。相変わらず嘘が付けない人で笑いそうになってしまった口元をどうにかこうにか引き締める。
「ちょっと! 安静にして下さいってお医者様に言われているじゃないの! 言いなさい! ボガードは何処にいるの!」
「えぇ? わしは知らないぞぉ~?」
まーたやっている。ひゅ~ひゅ~ひゅ~と口笛を吹くガープさんに一歩、歩み寄る。自分よりも一回りも二回りも大きい相手だろうが関係ない。気にしない……! キッと目くじらを立てて睨み上げてやる。「う……」喉を詰まらせたガープさんが眉尻を下げた。
「吐いて楽になりなさいっ」
シュン――しょぼくれる大男。これが世にいう父親は娘には敵わないという奴なのか……? すぐ傍まで帰って来ていたボガードは廊下の角から二人のやり取りを見ていた。
すぐにこちらの存在に気付いたガープさんが「あ……」と思わず心の声を口に出した。慌てて口を閉ざすがもう遅い。なまえがその視線を先を辿ってゆっくりと振り返った。目が合ってしまったらもう逃げられない。こうなったら開き直るしかないのだ。
「……おはよう、なまえ」
現在の時刻は朝の6時だ。普段、彼女が見舞いに来るのは7時くらいだったので、それに間に合うように訓練をしていたのだが……。いつもよりゆっくりシャワーを浴びたのがまずかったか……鉢合わせてしまった。あぁ、まずい。彼女が怒っている。
視線が絡んだなまえがずんずんずんずんこっちに歩いてくる。何と言い返そうか疲れ切った頭で必死に考えたが。いい言い訳は全然思い浮かばなかった。
「どこ行っていたの! 心配したじゃん!」
戦々恐々していた癖に、なまえの声を聞いたら何故かどうでもよくなってしまった。なまえが医者から言われたことをつらつら話していく。それに加えて自分が病人であるという自覚が足りていないという話もしていた。
……が、そんなものは頭に入って来ない。終始、なまえの瞳は潤んでいた。そしてその顔で俺の心配をしまくってくれるのだ。……嬉しいに決まっている。
「ちょっと聞いているのボガード!」
「ん、あぁ……もちろん聞いている」
「じゃあなんでにやにやしてるの。真面目に話してるんだから、真面目に聞いて!」
「あぁ悪い。なまえがあまりに可愛いから」
ひゅっと喉を鳴らしたなまえの思考が停止する。彼女は未だにこういった甘い台詞には慣れていない。まぁ、俺も慣れてしまわないように、適度に間隔をあけているからな。不意を突かれて照れてくれるなまえが可愛いのが悪いのだ。
なまえの後ろに立っていたガープさんが突然止まったのを心配して覗き込んだ。二人の視線が合ったのだろう。喉を震わせて笑ったガープさんが顔を上げたときにはすでになまえの顔面は、首元まで真っ赤に染まっていた。……可愛い。
「病人なんじゃからほどほどにな~」
それはどちらに言っているのか。そう思いながら、手を振り去っていくガープさんの背中を見送る。軽い敬礼を終えて、目の前に意識を戻す。変わらず愛らしいなまえが、我を取り戻してぷんぷん怒っていた。支離滅裂なことを言っている。どうやら、恥ずかしさを紛らわしているようだ。なんて可愛い…………。俺の妻はどうしてこんなに可愛いのか。
堪らず抱き締めたら、素直に腕の中に入ってくれた。徐々に落ち着きを取り戻していく彼女の呼吸を手助けするように、背中を撫でる。遠慮がちに回された腕がきゅっと俺の腰を抱き締めた。……あぁ、早く共に家に帰りたい。
「……ボガード、心配した」
「悪かった。体が鈍るから動かしていただけだ」
「……っ、言ってよ」
「言ったら止めただろう?」
「もちろん」
「じゃあ言えないな」
「……馬鹿」
「悪いな。俺が海兵じゃなかったらこんな苦労は……」
「ううん。それは違う」
「?」
腕の中のなまえが顔を上げて言う。
「私は今のボガードが大好きだよ」
「っ、」
キスをした。大好きだと愛していると言って何度もキスをした。
「ん……ちょっ、待っ……ボガード、ここ病院、だからっ」
「もう何ヶ月、なまえに触れていなかったか……」
「っふ、はぁ…………」
愛しい人を抱き上げる。そのまま病室に連れ込んだ。

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