闇夜の薔薇の園

「お頭、いいのか、本当に」

明かりを消した室内でベックマンが言う。同室、離れた位置で布の擦れる音がして、別の男が口を開く。

「俺は大したことじゃないと思うがな」

暗闇の中でも男が笑ったことは分かった。ベックマンは本当に手のかかる人だと思い、呆れながらも言い返しはしなかった。

沈黙が続く。

少しして、ボウ――火が灯る。ベックマンが口に煙草を咥えた。向かいに立つ赤い髪がゆらり、揺れる。天井を見上げて何か考えているらしい。それを流し見ながら、ベックマンは煙草を深く吸う。肺の煙をたっぷりと時間をかけて吐き出しながら、彼もまた考えていた。詰まるところ、俺たちがお頭を説き伏せようとしたところで無駄なんだろうなと、彼は早々に理解していた。だが、それでも言わずにはいられなかった。

「熱を上げるのはいいが、痛い目を見るのはお頭じゃねぇのか」
「俺が、熱を?」

ハッと息を吐き出して、赤髪海賊団船長、シャンクスが笑う。それはベックマンの前でしか見せない姿だった。シャンクスはときどき、青年のような振る舞いを振る。そんなときは限って、女が関係していた。この男は愛情深く、懐が広い。それゆえに、一般の男では躓かないところで足を挫くのだ。その度に、この人は後ろに下がっていった。この年にして臆病者である。

「忘れたのか。何年か前にも」
「忘れてねぇよ……」

もう何歩、後ろに下がっただろうか。お頭の女運のなさには笑うしかない。ベックマンは大っぴらにそう言う癖に、内心は心配でたまらなかった。

お頭が強請って連れてきた、あの女。俺たちの知らない間に、何年もかけて口説いたそうだ。口説いたっていうのは、男女の関係になりたいって話じゃなく、単に、船に乗って欲しいと強請っただけだそうだが。

いいや、どう考えたって、ありゃァ、口説いている。

女がついに折れて、俺たちの船に乗ることになったその日の夜。お頭は女にべったりで片時も離れようとしなかった。俺たちは「女の能力が必要だから乗せる」と聞いていたものだから、当惑したもんだ。

女の方は、「能力を買われて乗った」と弁えているらしく、終始、お頭のことを押しとどめていた。その点は評価しよう。そこでさっそくたぶらかそうとしようもんなら、全員を敵に回していただろう。

最終的には「助けて下さい、ベックマンさん」と言われて、仲介に入って事なきを得た。

「あれはヒモつきだ」
「つけときゃいい」
「……困んだよ、こっちは」
「お前なら上手くやれるだろ」
「っ、お頭ァ!」

ベックマンがガッと胸倉を掴み上げる。……が、シャンクスは何もしなかった。ただされるまま、視線を落としてくすりと笑う。

「悪い、ベックマン。少し時間をくれ。俺が何とかする」
「なんとかって……」

言い返しにかかったベックマンは、言葉を詰まらせる。まただ……前もこうだった。

「なまえの力が必要なのは本当だろう?」
「……そりゃァそうだが」
「俺たちにとっての最良は何か、考えてくれ」

そりゃぁ、そんなもん、今すぐにでもあの女を海軍に突き返すことだろう――そう思っていても、ベックマンは言えなかった。

「……分かったよ、お頭」

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シャンクスが私に仲間になって欲しいと強請った理由は私の能力にあった。私は悪魔の実の能力者だ。ミエミエの実を食べた、スコープ人間。見た物を拡大して見ることが出来る。内部外部問わずにだ。この能力の便利なところは、視覚情報を文字で理解出来ることである。

例えば、植物に対して使えば、その植物に毒があるのか、どうかがすぐに分かる。人を見れば、見て判断できる事柄から、その人のことを知ることができた。例えば、名前は分からないけれど、左利きか右利きか。刀の太刀筋や癖、…………もっと言えば、弱点なんかも分かる。

でも、それは他人には話していない。サカズキさんにもだ。そんなことが分かると知られたら、何かと面倒な気がして……。大まかにしか分からないとはぐらかしている。

そんな能力を一体何に使うのか。

 

ホンゴウに連れられて向かった病室。

「なまえ、頼む」
「……はい!」

床に横たえる男を見る。能力を使って、隅から隅まで丁寧に。

「裂傷……は大したことないですね、この前の戦闘でついたものでしょうか。……あぁ、背中、右側の内側、治りが随分遅いのではないですか。……すみません、触っても?」
「あぁ……」

傷は完全に塞がっていた。

「弾痕……ですね。散弾……? 腕は上がりますか?」
「上がるが、ちと痛い」
「う~ん……恐らく、弾の破片が残っていると思われます」
「は? まじか?」
「……おそらく。見た感じですが、」

能力を使うと、皮膚の下が透けて見えるような感覚になる。血管や筋肉のおおよそな形がなんとなく分かるのだ。人の肉体の中に、異質なものがいつくか見える。金属……のように見えた。

「でも別に、我慢できないほどでも」
「馬鹿が。弾は通常、鉛を使うんだよ。鉛は摂取し続けると中毒になる。このまま放置していたら、お前、死ぬぞ」

船医であるホンゴウの一言に、その場の誰もが息を飲んだ。かく言う、私までも。私の力は私一人で使っても意味をなさない。得られた情報をうまく使える人といなければ意味がないのだ。その相手が船医のホンゴウだった。彼はすごい。知識欲の塊だ。

「……うん、すごい。当たってる。鉛だと思います。できるだけ早めに取り除いてください。鉛中毒は頻繁に運動能力を減退させてしまうと本で読んだことがあります。もし戦闘中だったら、そのせいで……」
「……っ、わ、分かったよ! 取ってくれ!」

慌てた船員が諸手を上げて降参する。ホッと息が出た。良かった……分かってもらえた。

「えぇ……と、では、あの……ホンゴウさん。破片の位置を伝えるので」
「あぁそうだな! 紙と……あとは、こいつの体に直接書いてもらえると助かる」
「なるほど、そうですね!」

やっぱりこの人はすごい。頭の回転が速く、機転が利く。体に直接書き込むなんてこと、私は思いつかなかった。

 
 

さて、話を戻そう。

お察しの通り、私が赤髪海賊団に引っ張って来られたのは、船員の怪我のケアをする目的だった。なんでも、ここ数年はぶっ通しで戦闘を繰り返していて、体の不調を訴える人が多く、ホンゴウが頑張って治療に当たっていたが、とにかく原因が分からず、治療しきれていなかったそうだ。

そんな時に私とシャンクスは出会った。

休暇でウォーターセブンに帰省中、隣の席に座っていた男の切断された腕を見た私は、その男が誰かも確かめずに「そんなに強いのにどうして海王類に腕をくれてやったのですか?」とうっかり言ってしまったのだ。だって、腕に『海王類にくれてやった』って書いてあったので。気になるじゃん、そんなの。

返事が返ってこないので、顔を上げたら、男は驚きで目を見張っていた。そして私も目を見張った。なぜかって? その男が、かの有名な大海賊だったからだ。

あ……赤髪のシャンクス!!

燃えるような真っ赤な髪に左眼にある三本の傷。手配書で見たままの姿だった。内心はやってしまったと心臓がバックバックだ。ついうっかり四皇に話しかけてしまうなんて……! 私の馬鹿!!

「お前、すげぇな! どうして俺の腕が海王類に食べられたって分かったんだ?」

ぐ……うぐぅ……。

突然に話しかけられたのにまったく動じる様子がない。それどころか、きらきらと輝く眼差しで見つめ返された。なんて純粋な目でしょうか。

「あ……えぇっと……そのう……勘、とでもいいましょうか……」
「勘かァ! そりゃまたすげぇな! お前、名前は何て言うんだ?」
「え……? あ、はい……なまえと」
「なまえ、俺はシャンクスってんだ。よろしくな」
「あ、はい……(めちゃくちゃ存じております)」

あまりの勢いに名前まで名乗ってしまった。それからすぐにその場を去ろうとしたけれど、シャンクスの猛攻撃はすごくって。私は終始タジタジだった。

「それで……? 勘っつても、なんかあんだろう? 何を見てそう思ったんだ?」
「何って……別にそう難しいことじゃないですよ……」

まぁ、おごってやるから飲めと差し出された盃を左に避ける。ここで酔っ払いでもしたら、もっとひどいことをやらかしてしまいかねない。

「そう言わずに、教えてくれよ、なっ?」
「っ、しつこいです。しつこい男は嫌われますよ!」

ダァンッ――飲んだ分の小銭をカウンターに叩きつける。「じゃ」と言い残してその場から逃げ出した。店を出てすぐに振り返る。……追って、は来てないな。探った感じ、周囲に他の船員がいるようには見えなかった。船長ひとりで歩き回っているようだ。……それでいいのか、四皇。

何はともあれ、無事脱出出来てよかった。

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その夜。休暇中だけど、ウォーターセブンに四皇がいることは報告しておいた方がいいと思った私は、サカズキさんに報告を入れておいた。

「……ようやった。随時報告をするように」
「了解です。もうしばらくこっちにいた方がいいですか?」
「……そうじゃのう。休暇日数を消化後、赤髪が出港するまで見張っちょれ」
「はい、では」
「あぁ」

本当なら、明日にでも島を出る予定だったのになぁ……。声だけでは物足りない。早く本部に帰ってサカズキさんの顔を見たいよ。

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翌日、宿を出たら目の前に赤髪がいた。当然無視だ。無視。扉を開けた目の前に立っていたけれど、邪魔だなぁ、なんでこんなところに立っているんだろう、あの人――っていう体裁ていさいで、一瞬見るだけにしておいた。男の脇を通り抜け……「おいおい、つれないな」れるわけないですよねぇ、はい……。

顔を上げて振り返る。

「……?」

首を左右に振って辺りを見回すが、この場に立っているのは赤髪と私だけだ。……ぐぬぬ。逃れようがなかった。

「俺だ。昨日酒場で会ったシャンクスだ」
「……あー。シャンクス。おはよう」
「おはよう」
「それじゃあ、私は用があるので」
「おい待てよ。俺も付き合う!」
「……はい?」

赤髪海賊団って暇なんだろうか……。船長が小娘について回って、嬉々として荷物持ちをしていらっしゃる。時々、「シャンクスぅ~!」なんて黄色い歓声が飛んできていて、人気の高さが伺えた。まぁ確かに……海賊とは思えないレベルの良い人だ。

「それで、買い物終わったら俺に時間くれよ? な、いいだろ?」
「……っ、分かりましたよ! じゃあ荷物は宿までちゃんと運んでくださいよ」
「あぁ、さんきゅう!」

何が「さんきゅう」だ。はぁ~~。こうなったら、諦めよう。どうせ監視する予定だったし。本人と一緒にいて疑われないのならこの方が早くて楽だ。

荷物を置いた後に、適当なテラス席に座って昼飯を食べることになった。

「荷物運んでもらったらし、ここは私が奢るよ」
「えぇっ!?」

あれ、そんなにへんなこと言ったかな。

「あー、なまえ。もしかして俺のこと知らないのか……?」
「え、知ってるよ。赤髪海賊団の船長のシャンクスでしょう?」

あれだけ手配書が出回っていて、更にこの町の誰もが知っている人物だ。知っていることで通しておいた方が無難だろう。

「なんだ知ってんのか。じゃあなんで……」
「貴方に冨、名声があるのは察するけど、それとこれとは別でしょ。借りを作るのは大っ嫌いなの。だから、いい?」
「そういうことか! よし、じゃあ遠慮なく奢られてやる」

それはまたすごい言い方。

「アハハハッ、変なの」

堪らず笑ったらシャンクスも豪快に笑っていた。

料理が来てしばらくした辺りで、世間話から話が切り替わる。

「で、本題なんだが」
「ん、……本題?」

たらこもっちりパスタを頬張りながら顔を上げる。……半熟卵がいいトロミを出していて、これまた旨いのだ。

「昨日の夜、俺の腕のことを当てただろう? 俺は確かに、海王類にこの腕を食われた」
「へぇ~、大変だったんだね」
「で、お前は「食われた」じゃなく「くれてやった」って言ったよな」

…………はい。大変軽率なことしたと思っておりますとも。

「……なまえ、お前には何が見えている」

フォークをこちらに指し向けたシャンクスが、両眼を鋭く尖らせていた。ぐっ、と奥歯を噛み締める。周りくどい言い方でくるかと思っていたら、まさかこんなに正々堂々と聞かれるとは……。

「シャンクス。フォークで人を指すのはお行儀が悪いからやめて。気分悪くなる」
「あ……あぁ、こりゃぁすまねぇ。つい、癖でな」

海賊の連中からしたらそんなお行儀はしったこっちゃだろう。それでも、シャンクスは素直に謝ってくれた。……本当に、この男は人の出来た良い男だ。だからだろうか。ふと、言いたくなった。

「私は悪魔の実の能力者なんだ」
「え?」

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