休暇明けに三番隊に行ったら辞令を渡された。見たことのある封筒に手が震える。それは、私が三番隊に移るときに渡された封筒と同じ様式だった。震える手で受け取る。対面する市丸隊長は何も言ってくれなかった。
山本元柳斎重國様の達筆な文字で記されていたのは、異動命令だった。
護廷十三隊 三番隊副隊長 みょうじなまえに命じる。
本日をもって、三番隊副隊長の仮命を解き、その身を護廷十三隊 十三番隊副隊長の座へ復帰とする。
最悪のタイミングだった。さぁこれから、今までの恩を返す時だと意気込んでいたときだったのに。
「……異動、ですか」
「そうや。……今までごめんやったからな。ようやくで嬉しいやろ?」
本当にそう思っているのだろうか――そう思うのに、俯けた顔を上げられない。もしも市丸隊長の顔が晴れやかですっきりとしていたら、立ち直れそうになくって怖くって。
「浮竹隊長にも連絡が入っとる。今日荷物をまとめて、明日から十三番隊に向かえばいいそうやから」
「そう……ですか、」
「っ、副隊長!」
開きっぱなしだった扉の手前まで駆け込んで来たイヅルが喉を詰まらせながら私のことを呼んだ。
「……イヅル。ごめんね」
振り返ると、
「何言ってんですか。副隊長のせいじゃないですって。それよりも、市丸隊長! どうして止められなかったんですか!」
イヅルが私の言いたいことを代弁してくれた。
「そりゃぁ、ぼくが願ったからやからに決まっとるやろ?」
「「……え?」」
ぽかんと口を開いたイヅルと私が隊長を見る。彼はいつもの飄々とした表情で言った。
「今までご苦労さん。も、こっちは大丈夫やから戻り」
両目を開いた市丸隊長の無言の圧力は凄まじく、私も、イヅルも、何も言えない。ぐっと口を閉じて頭を下げることしかできない。
「今まで……お世話になりました……」
ずっと居てよ――少し前に市丸隊長に言われた言葉が胸に突き刺さる。あれは本心ではなく、ただの……建前ってやつだったんですか。それなら、わざわざ口にしなくて良かったのに。そんな、わざわざ嘲笑うみたいなこと……。
深く頭を下げて逃げるようにその場を離れた。
「たっ、隊長!……一体どうしてッ!?」
後ろではイヅルが市丸隊長に喰ってかかっていたけれど、もうそんなことどうだってよかった。
:
:
翌日から十三番隊に復帰した私は、あまりに突然の異動でざわつく元同僚たちにどう接したらいいのかと一歩引かれる存在になっていた。浮竹隊長やルキアは「おかえり!」と心から喜んでくれたけれど様々な憶測が飛び交っている中は居心地が悪く、正直辛かった。
「副隊長に戻って来るって……。たしか朽木さんがなるって言ってなかったっけ?」
「朽木さんは副隊長の辞令蹴ったって聞いたよ?」
「え、そうなの?」
「それって、みょうじ副隊長のために身を引いたってことじゃない」
「あーそうかも」
「タイミング的に全然あり得るよね!」
「え~、なんか朽木さん可哀想」
「ねー」
隊舎の中を歩いていると聞こえてくる噂話。肩身が狭いったらありゃしない。――――だけど。
「なまえ!」
「浮竹隊長。隊舎では、みょうじと役職名で呼んでくださいね?」
「あぁ、悪い。ついな!」
元気百倍の浮竹隊長のおかげで私の気持ちはだいぶ回復してきている。それに気持ちだけじゃない。
「顔色がすっかりよくなりましたね、副隊長」
にっこりと笑いながら書類を差し出してくれたルキアが顔を覗き込んでくる。
「えぇ、そうなの。だいぶ調子が戻って来たの」
体にあった痣が少しずつ消えて来ていた。傷を治せる鴻鵠の力ですら消すことのできなかった痣は、時間経過と共に薄れていっている。一体なんだったのか。卯の花隊長に見ていただきたいところであったが、それをしたら大事になりそうで怖かったのでやめておいた。なので原因は未だに分かっていない。
まぁ、回復に向かっているので大したことはなかったのだろう。
「みょうじ副隊長。今日は回覧を回してきてくれないか。ついでに四番隊にこの書類を届けて欲しい」
「はい、分かりました浮竹隊長」
「すまないな。俺は今から現世に行く用があって」
「いえいえ。隊長の手足となって働けるのは嬉しいですから。お気をつけて行ってくださいませ」
「あぁ、ありがとう!」
颯爽と去っていく背中をルキアと共に見送る。
「最近は戦闘の前線に出られるようになって楽しそうですよ、浮竹隊長」
「あはは。力が余っているようで、何よりだね」
心から笑える日が戻って来たことにほっとしている。
:
:
四番隊に回覧と書類を届けたあと、そのまま回覧を回してほしいと言付かって、五番隊に足を運ぶことになった。……少し緊張する、けど。逃げてばかりじゃ駄目だ。
藍染隊長とは、あの日、熱を出した日以来会っていない。記憶があいまいだけど、「別れましょう」って言えたから、私の気持ちは伝わっていると思う。確かな返事はもらえてないけど。音沙汰がないってことは、そういうことなのだろう。私たちはもう連絡を取り合っていないんだから、関係は切れている。
なら、いつも通りにいればいいのだ。
「おー! なまえ!」
五番隊隊舎に入ったら平子師範に出くわした。広間にある椅子に座ってのんびりとお茶を飲んでいらっしゃった。
「久しぶりやな~! 体調崩しとったてきぃてたけど、もうええんかァ?」
「ふふっ、えぇ。おかげさまで良くなりましたよ」
以前、平子師範が「師範って立場は責任があんまないから気楽でえぇわー」と言っていたのを思い出す。悠々自適にのんびり過ごしているからだろうか、師範からは幸せオーラが溢れていた。
「五番隊になんの用や~?」
「回覧ですよ。四番隊からそのまま持ってきました」
「おぉ、そりゃぁご苦労様や。俺が渡しておくわー」
「あ、それは助かりますっ」
顔を合わせずに済むのに越したことはないし、っと思ってから、乗り越える気はサラサラなかったんだと自分の気持ちに気付いて苦笑する。
「なんや、どないしたん?」
「いえ、こっちの話ですから、お気になさらずに」
「ふぅん…………まぁ、ええわ。あぁ、それはそうと。十三番隊に戻ったって聞いたで?」
「あ……はい」
「市丸のやつぅ、異動のときは俺に話持って来いって言っとったのに、あいつ話持ってこーへんかったんや。ったく。なまえやて、五番隊に来たかったやろう?」
「へ? …………いえ、私はそのっ」
冗談じゃない。こんな状況で五番隊になんかに入ったら、毎日がきつすぎで病んでしまうって。
「えぇ、なんでなん? 惣坊となまえは――「おや、平子師範」…………おー遅いお帰りやな、藍染隊長」
先ほどまでの軽快な口調と打って変わって、声を低くして不満気な口調で言った平子師範が疎ましそうに入り口の方を見ている。私は思わず背筋を伸ばしていた。――――藍染隊長だ。
「すみません、会議が押しまして」
「へぇ、そうかい。まぁ別にえぇけど」
「話は中で聞きます。僕の部屋へどうぞ」
「……ん」
椅子から立ち上がった平子師範が藍染隊長の後ろに続いていく。そのすぐ傍で視線を落として、二人がいなくなるのを待った。
「井上副隊長」
「え? あっ……は、はい!」
ふいに藍染隊長に名を呼ばれて慌てて顔を上げると、かっちり目が合った。レンズ越しにこちらを見る目がじぃーっと私を見ている。私の顔ではない、私自身を私の心を見透かしているような気がして、全身が聳った。
「体調は良くなったかい」
「……はい。おかげさまで良くなっております」
「そうか。それは良かった。無理はしないように」
「はい。その節は、ありがとうございました」
フッ――と笑った藍染隊長。顔は笑っているのに、目が笑っていない。体が震える。なに……これ……。知っている感覚だ。ずっとずっと昔、彼がまだ不安定だった頃にしていた目に似ているような……。
「藍染隊長?」
声がした。女の子の声だ。細く可愛らしい声。
視線を横に動かす。彼の体の向こう側、そこから見えた顔。――橘さんだった。
「あぁ、すまない。行こうか」
何事もなかったように前を向いて歩きだした藍染隊長。その後ろに遅れて続く橘さん。……なぜ彼女がそこに立っているの? 疑問が浮かんだ。まるでその質問を読んでいたかのように、平子師範が言う。
「橘副隊長もおったんか。小さくて見えへんかったわー」
「っ、ちょっと平子師範! それはひどくないですか! 気にしてるのに!」
「えぇ? 聞こえへんなー」
カラカラと笑いながら隊長室に入っていく三人の後ろ姿を呆然と見送った。……副隊長? 見習いのはずの彼女が? 一体どうして? 尽きない疑問。――――でも、その答えは誰に聞かなくとも明確だ。副隊長と呼ばれるのであれば、彼女はもう真央霊術院を卒業している。そして、その力を認められ、スカウトをされてその役職についているのだ。……だが、五番隊の副隊長は変わっていない。雛森副隊長は健在だ。そして、副隊長が二人になったという異例のニュースも出回ってはいない。……ということは、答えはひとつ。
「……っ、」
私の後釜に彼女が納まったのだ。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます