13:中編序章 藍染惣右介の独白

人間は互いに価値観を押し付ける。口を開かねば閉じた口の本質は誰にも分からない。そんな簡単なことも分からずに愚か者は価値観を押し付ける。――――まったく……反吐が出る。

辺り一面が砂に覆われていた虚圏ウェコムンドは今やちょっとした街のようになっている。その中でも一際大きな建物の最奥、そこに藍染惣右介の姿があった。傍に控えるのはかつて護廷十三隊の隊長格であった市丸ギン、東仙要である。

「藍染隊長」
「……なんだ、ギン」
「そろそろ十刃エスパーダが揃いますけど、どないします?」
「……そうか」

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ぼんやりとしていた記憶の淵が完全に見えるようになったとき、尸魂界で動いていた計画のすべてを思い出した。……が、すでにほとんどの計画は中断されており、集めた魂を活用するには至らなかった。空になった保管庫からすべてをかっさらっていったのは……一体誰だろうな。昔の私ならば殺意を持って追いかけたであろうが、――そんなことはどうでもいい。

今の私にはやる理由がない。なまえと共に時を刻めれば別にそれでよかったのだ。だから記憶がチラついていても見て見ぬふりをしていた。だが、時が経つと共にそうも言っていられなくなった。

橘 緋沙羅ひさら――あの娘から聞かされた先の未来。私は決断を迫られた。最初は相手にもしていなかった。突拍子もない、何の根拠もない話だ。滅却師の王が尸魂界に戦争を仕掛けると言われたところで実感が湧かない。……が、どうしてか、気になった。市丸、東仙を使い、情報を集めると、世界にその片鱗があることが分かった。調べれば調べるほどに、橘の話に真実味が帯びてくる。

橘はその戦いを『千年血戦』と呼んだ。そこに至るまでのストーリー。私が護廷十三隊を裏切り、尸魂界を離れ、虚圏で十刃を作り上げる計画も橘は知っていた。誰にも話していない、己の胸の内にあっただけでの計画だったのに、だ。ここまでくれば無視はできない。

その結末に己と黒崎一護と言う男が不可欠だと聞かされれば猶更だ。聞けば、私は黒崎一護に敗れ、地下監獄に投獄されるらしい。昔の私ならばそれも一興と思うだろうが、今は違う。あの時の私とは何もかもが変わっていた。それがこの世界にどう影響するのか、――分からない。だが、もうすでに変わってしまっている。

予定より大幅に早く、仮面の軍勢ヴァイザードの連中が尸魂界に戻っている。橘によると、黒崎一護の力を上げるために必要な過程が抜ける結果に繋がる可能性がある、と。そうだとして、ならば私が強くなればいい。そこに何の疑問も浮かばない。ユーハバッハの力はもう知っている。対策を立てればいくらでも勝てるだろう。ならば、橘の話の通りに振る舞う必要はない。己が強くなれば良い、そう思っていた。本来ならば私は尸魂界に残るつもりだった。

 

イレギュラーな存在だ、みょうじなまえは危険だ――橘の執着がなまえに向くまでは。

あの日、なまえが弱った姿を見た日に、私は尸魂界を離れることを決めた。

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「藍染様」

視界の端に現れ、腕に絡みつく女――橘がにっこりと笑う。その笑顔は幸せに満ちていて、後ろに立つ市丸が身じろいだのが気配で分かった。ぞわりとする感覚をねじ伏せる。女の機嫌を取るのには慣れている。心地の良い言葉を投げかけ、笑み、少し近づけばいい。ただそれだけだ。

「どうした、緋沙羅」
「生まれたての十刃の教育を私に任せてもらえませんか」
「……教育?」
「えぇ。あの子たちは『人間』という生き物を知りません。感情のコントロールも未熟です。私が思うに……ですけど、理解するだけでも大事かと」
「……いいだろう」

その後の十刃との顔合わせの後、橘は皆を引き連れてどこかへ消えて行った。

「緋沙羅ちゃん、大丈夫やろか」
「ああ見えて力は本物だ。ねじ伏せるだろう」
「……まぁ、できるやろうけど」

市丸が言いたいのはそこではない。知っていて敢えて逸らす。市丸もそれを察したらしく、それ以上は突っ込んで来なかった。東仙は相変わらず沈黙を続けており、まるで忠犬のようだった。

「じゃ、僕は偵察に行ってきます」

二人を見やると、サッ――と気配が消えた。だだっ広い建物の中、一人きりになると思考が捗るものだ。重鎮とも言えるポジションについた二人の内、市丸は記憶の中と大きく違っている。垣間見えていた刺々しい気配がなくなっていた。感覚的な話――勘と言ってもいいだろう。……東仙とは違い、市丸は信用しきれない男だった。それが今や一番の重鎮になっている。そこに何の疑念もない。……不思議だな。

何となくではあるが、その原因はなまえなのだろうと思っている。この男もまた、あの女に当てられたのであろう。ならば、不思議なこともあっていいだろうとそう思う己が嫌いではなかった。

あぁ――あの忌々しい刀さえなければ。なまえの脇にある刀が思い浮かぶ。あの刀の縛りさえなければ全てが上手くいっただろうに。なまえの愛を一心に受ける鴻鵠こうこくが憎い。己の斬魄刀を見つめながら「だがこれは分身だろう」と一人吐き出す。そうだ、分かっている。元を辿れば鴻鵠はなまえなのだ。彼女の望み――ならば甘んじて受け入れて然るべき。

だが、――やはり忌々しい。

鴻鵠の縛りは未だに続いていた。蓋をされていた記憶を取り戻しても解けていない。私は鴻鵠の力についてよく知らない。覚えているのは、あのとき、鴻鵠の声が一方的に頭の中に響いてきたこと。恐らく、相手に話聞かせることが条件の一つなのだろう。だから、私が『縛り』を知っているのだ。

今の私は『排他の論理に従って弱者を退けることはできない』立場にある。己の一方的な価値観で殺すことは当然、傷つけることもできないでいる。誰もが認める明確な理由がなければ動けない。それがどんなに苦しいものか――、今の私ではなまえを助けられない。

誰が、なまえを傷つけているか分かっていても見てはない。それは私の幻想でしかなく、妄想かもしれない。言い逃れようのない証拠がなければ何もできないのだ。…………はぁ、私は無能だな。例えそうしてしまったのが、なまえで、彼女が望んでしたことであったとしても、腹立たしいことこの上ない。

気付かぬうちに握り締めていた拳を解く。手の平には爪が食い込み血が滲んでいた。そんなときは首にかけてあるネックレスを手に取る。通してある指輪を親指と人差し指で摘まみ上げて愛おしく見つめた。この片割れをなまえの薬指に通したときの横顔が頭から離れない。振り払えるくらいにはゆったりと嵌めたのだ。それを彼女は受け入れ――横顔はとても嬉しそうに見えた。なまえは知っているのだろうか。私がどれだけ貴方に恋い焦がれているのか。会いたいと願っているのか。

 

この口がどんなに愛しているといったところで、貴方に信じてはもらえぬだろうと、分かっている。それでも、私は――

「愛しているよ、なまえ」

 

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