26:幕間 僕の愛い人

藍染惣右介が見つめる先には、縁側に座る一人の女性がいた。
彼女は、彼が最も愛し、その人生における生涯の宝と呼べる存在だった。

世界を滅ぼしてでも、彼は彼女の安寧を願っている。

たとえ彼女の望みが己の理解の及ばないものであったとしても、
彼はその意思を尊重し、彼女にとってのすべてを叶えようと日々尽力していた。

――すべては、彼女の笑顔のために。

   

「あ、惣右介~!」

藍染惣右介の気配に気づき、手を振る愛しき彼女ひと。藍染は軽く手を上げながら、緩やかに歩みを進めていく。彼女の笑顔は、この世の何よりも尊い。

癒やされながらも、藍染の脳裏では目下対応中の事柄が渦を巻いていた。一歩足を踏み出すたび、彼女に近づくたび、その胸の内に沸き上がる感情――言葉では言い表せないもどかしさ。

「今ほど風習を疎ましく思うことはない」と零すと、それを半歩後ろに控えていた市丸ギンが、綺麗に拾った。

「しゃーないですよ。紙書いて、皆の前で宣言せな、認知されんのですから」
「公になまえの姿を晒せ、と? 連中は狂っているのか。誰が愛しい人を人前に晒せと定めた? ……おかしいだろう」

「いやいやいや。おかしいのはアンタや」

市丸は更に続ける。

「後から湧いて出てくる方が面倒やと思いませんか?」
「……『わく』?」
「『俺の』だの、『誰の物でもない』だの。有象無象が出てくると思いますけどね」
「あぁ……、確かにな」
「なら先に釘、打っておく方がえぇでしょ?」
「……」

 

藍染惣右介は頭では理解できる――だが…………未だに渋っていた。

何を渋っているのかと言えば、なまえとの結婚式を取り行うことだ。より正確に言えば、わざわざ書類を作成し、尸魂界へ提出するという過程に意味を見出せなかったのである。二人が結婚を決め、互いに宣誓し、直筆の誓約書を交わせばそれで十分だと、彼は信じて疑わなかった。

それに対して、ここ最近の市丸は、この頑固な男をどう説得するかばかり考えている。なまえのためにも、なんとしてでも、と。

 

「なまえ」
「ん?」
「結婚式について聞きたい」
「……へ?」

あちゃ~、と頭を抱える市丸ギンの正面で、藍染惣右介は真剣な眼差しを向けて問いかけていた。実は、なまえに秘密裏に進めていたことだったのだ。当の本人であるなまえは、あまりに急な問いかけに目を白黒させていた。

「君は、式を執り行いたいか?」
「……え!? あ、その…………えーと…………」

言っていいものか、なまえの視線があちらこちらに行き来している。その様子に頬を緩めた藍染が続けて言った。

「あぁ、急にすまないね……。結婚の手続きについては、君の心の準備が出来るまで、いくらでも待つつもりだ。ただ……、準備はしておくことに越したことはないだろう? 君の気持ちを知っておきたいと思ってね」

きゅっと唇を引き締めたなまえの頬がぶわぁぁぁっと赤く色づいていく。これは堕ちたな……。市丸はひとり頷いた。

「あっ、うん。……ありがとう、惣右介。その…………私はいつでも…………」

バッ――となまえの目の前に物凄い速さで何かが落ち……たと思ったら、それは膝をついた藍染だった。

「いつでも……? 今すぐに誓いを交わしても、いいのかい?」
「え、えぇ……もちろん?」
「っ、――ギン、要ッ! 計画を早める。準備に入れ」

「ちょ、ちょっと待ってください、隊長。先に式をどうするか決めておいてくださいって!!」

慌てて市丸ギンが止めに入る。二人は息を合わせたように、同時になまえへと顔を向けた。その勢いに気圧されつつも、なまえはなんとか口を開く。話すのは――女の子なら、誰もが一度は夢見ること。

「………結婚式、やりたい。真っ白な白無垢を着て、惣右介の隣を歩きたい。惣右介の羽織袴も見たい。きっとすごく素敵なんだろうなぁって…………それに、」

言葉を区切ったなまえは、にっこりと柔らかな笑みを浮かべる。目の前で跪いたままの藍染惣右介に手を差し伸べ、二人は隣に立ち並んだ。小首を傾げる藍染を見上げながら、なまえは言った。

「お世話になった皆さんに『この人が私の夫となる人です』って、紹介したいから……」

「よし、分かった。やろう」

「えー…………即決やん。僕らの苦労……」

数日前から説得を試みていた市丸の苦労も空しく、あっという間に挙式の実施が決定されたのだった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!