虚圏に来てから数日が経過した。惣右介曰く、尸魂界とのやり取りは順調で、私は何も心配せずにここに居ればよいそうだ。彼のことだから、上手く言いくるめてくれたのだろう。
尸魂界にいた時は、実験やら訓練やらで毎日忙しかったけれど、ここではただぼーっとして過ごしている。
「……静かだな」
惣右介が用意してくれていた庭園は、尸魂界にあったときのままだった。ここから見える後ろの景色までも、すっかりそのままが目の前に広がっている。お気に入りの縁側に座り込んだだけで、私の頬はだらしがなく緩む。
「……もう、馬鹿だなぁ」
調子にのっちゃいけないと思っていても、わざわざこれほどのことをしてくれた惣右介に「君の喜ぶ顔が見たくて」と言われたら、にやけるなという方が無理な話だと思う。
「あの日、君と過ごした時間をそのまま切り取ってここまで持ってきた」なんて歯の浮くような台詞を、蕩けるような優しい笑顔を浮かべながら、甘い声に乗せて言ってくるんだもの。……卑怯だ。
――スッと影が目の前に差した。瞬いて顔を上げたら、そこは惣右介が立っていた。
「上から来るなんて、どうしたの?」
いつもは普通に屋敷の門をくぐって来るのにどうしたんだろうか? と首を捻る。
「これを早く見せたくて……」
差し出されたのは銀色の指輪だった。
「これ…………」
私はこれを知っている。まだこの庭園が尸魂界にあった頃に、「御守りだよ」と手渡されたあの指輪だ。いつの間にか、私の指から無くなったあの指輪だ。
「君を守ってくれる指輪だったんだが……デザインがよくなかっただろうか……?」
惣右介が眉尻を落としながら聞いてきたので、不思議に思いながら返す。
「……ううん。とても素敵だと思うよ? 急にどうしたの?」
「そうなのかい? …………他に理由が?」
ますます訳が分からない。眉根を寄せて首を傾げる――と、惣右介も首を傾げた。惣右介の手の上でころころと転がる指輪。どうしてだか、まるで指輪の処分に困っているように見えてきて、そこまで考えが追い付いて、私はようやく気が付いた。
「もしかして……私が捨てたと思っていたり? …………違うよ?」
え……? と真ん丸に目を見開いた惣右介に続ける。
「というか…………私は貴方が持っていったのだと思ってた……違うの?」
「…………は?」
惣右介には珍しく、狼狽しているようで、私の顔を呆然と見つめながら言葉を無くしていた。一体どうしてそんなに驚いているのか、一巡して答えにたどり着く。よく考えればわかる事だった。あの時の私はそんな考える力も、信じる力でさえもなく、余裕がなかった……のだろう。
「じゃあ……きっと、彼女が盗ったのね……」
わざわざ口に出すべきことではなかったと思う。それでも言ったのは、どうしても曖昧にやり過ごしたくなかったからだ。
「……そうか。ぼくはてっきりなまえが気に入らなくてあの女に渡したのだと……」
「……どうしてそう思ったの?」
「あの時の私は、君に優しくなかっただろう? ︎︎嫌われる覚悟でいた。それくらいでなければ、意味がないと思っていたから、私のことを嫌いになり、捨てるなり、譲るなり、したのだろう、と」
「あぁ……」
後に、ギンから聞いた話で、惣右介は緋沙羅の嫌がらせに気付いていて、敢えて距離をおいていたことを知った。
必要な事だったとはいえ、今になって後悔しまくっているらしいことも聞いた。正直、あの時の私は精神的に参っていて、当時の記憶は曖昧で、覚えていないことばかりだし、思い出したくもないし……だから、もうどうでもいいと思っている。
でも、真実がねじ曲がった状態で伝わっていることは嫌だ。
「惣右介がいなくなって、はじめて目を覚ました日。私の指にはすでに指輪はなかったんだよ。みんなに聞いたけど、指が細くなったから落ちてしまったんじゃないかって。頑張って探したけど、……全然見つからなかったの」
「……探してくれたのか」
「そりゃ、……もちろん。例え別れていたとしても、好きな人からもらった指輪を大事にしないわけはないよ? ︎︎この指輪はね……私にとって、救いだったんだよ」
それすらも、私は不注意で無くしてしまって。縋るものを失って、どうしたらいいのか分からなくなって。色んなものに手当たり次第に縋った。
「私は……たった一人、惣右介さえいれば生きていけるのに、貴方がいなくなった途端、一人で立てれなくなってしまったの。……馬鹿だよね。自分から壊しちゃうなんて」
目の前の惣右介が、きゅっと唇を引き結んだ。悲しげに落ちていた目元が弧を描いて、次第に笑みを作っていく。
「……ちょっと、何、その顔。もうやめてよ」
「いや、まぁ……なんというか。すまない。嬉しくてつい。君にこれほど執着してもらえているとは思っていなかったから、にやにやしてしまった。はしたなかったね、ごめんごめん」
「……べつに、いいけど」
気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「……素直な君も可愛いな」
ニッと笑った惣右介が、まるで出会ったばかりの頃の若々しい彼に見えた。まるで、初心な恋をしているかのような……。
「この指輪をもう一度贈りたいところだけど、随分汚れてしまった。だから新しいものを用意したよ」
彼はそう言って、にこにこと近づいてくる。何をやるのかと首を捻っていたら、懐から小さな箱を取り出した。
「普段使いにするなら、絶対にシンプルなものがいいと思うから……」
横長に大きな箱。パカッと開いたところには、螺旋に捻り上げられたシルバーの指輪が二つ並んでいた。
「私たちは体内の崩玉の影響で、ある程度近付けば、お互いの位置が分かるだろう? ︎︎でもそれだけじゃ、いつでもなまえの声を聞けないから、特別に念話ができるようにしておいた。もちろん、病気にもならないよ」
またなんというものを作られたのか、この人は……。常々思っていたけれど、涅隊長や浦原局長よりも、開発能力は高いんじゃないだろうか。唯一足りていないのは……倫理? ︎︎いや、それは他の二人も同じか……。
「……なまえ?」
よくよく見ると、二つある指輪の螺旋は、それぞれの方向が互い違いになっている。そして、細かな銀細工が施されており、藍染家の家紋である、藍の花が見事に彫り込まれていた。
「……綺麗」
「そう言って貰えて嬉しいよ。私の家の家紋は質素だから、少し見栄えは劣るかもしれない」
「いえ……私はとても気に入りました。小さな花が並んでいるデザインが可愛らしくて素敵です」
「…………そうか」
噛み締めるように笑みを零す藍染は、将来、藍染家に迎える妻が家紋をいたく気に入っていることに歓喜していたが、なまえはそれに気づかないのであった。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます