部屋に入ると、待ち構えていた海兵がすっと手を差し出した。何も言っていないのに、「お預かりします」と、邪魔になる武器とコートを受け取ってくれる。ぽかんとしたまま、されるがままにそれらを預ける。丁寧に扱われる様子を目で追っていると、コートは部屋に備え付けられたハンガーへ。武器は長机の上へと、きちんと置かれた。
「どうぞ、お掛けください」
ソファを示され、軽く会釈して腰を下ろす。
「コーヒーでもいかがですか?」
「ええ、ぜひ」
お願いすると、その海兵は一礼して部屋を出ていった。……なんて行き届いた教育なのか。感心しながらその後ろ姿を目で追い、扉へ視線を向けた――ちょうどそのとき、入れ替わるようにスモーカーが入ってきた。
目が合う。――が、すぐに逸らされた。
「大違いね」
「何がだ?」
「いいえ、こっちの話」
ニコリと笑う。
不機嫌そうな彼は、ドカッと向かいのソファに腰を下ろした。両足をこれでもかというほど大きく開き、その上に肘を置いて前かがみになる。顔を向けられれば、ただでさえ厳つい顔が、さらに厳つく見えた。
「何? 機嫌悪そうだね」
「お前のせいだ」
「ふふふ、そうなの?」
それにしても――。
「あの海兵といい、この船の海兵は礼儀正しいのね」
「……野郎共は、女中将が来たって浮かれているだけだ」
「……あぁ、そういうこと?」
思わず笑みが漏れる。
「よかった」
口からも、同じ言葉がこぼれた。
「良かった?」
「私もまだ、女として見てもらえてるんだなって思って」
「……は?」
「……おかしいかなぁ?」
首を傾げると、スモーカーが呆れたように吐き捨てた。
「阿呆か、てめぇは」
そう言って、立ち上がる。
「お前は今や海軍じゃ時の人だ。憧れの的だろう」
「……そんなことになってるの?」
「あぁ」
「それはきっと、ミホークのせいだね」
あの人は、手加減というものを知らないから。
「それで、そろそろ本題に入ってもいい?」
「…………」
無言のスモーカーは、窓際の壁にもたれかかり、外を眺めている。気にせず、私は言葉を続けた。
「この船はどこへ向かっているの?」
「……ある海賊団を追っている」
「海賊団……?」
どこの? と首を傾げる。言いたくないとばかりに口を閉ざしたままのスモーカーを見つめ続けていると、やがてチッと舌打ちが落ちた。
「麦わら海賊団だ」
「……え。もしかして……あの、ガープさんのお孫さんの?」
「そうだ」
「……えぇ?」
思わず間の抜けた声が漏れた。まさか、そんなことになっていたとは。スモーカーの口から語られる一連の出来事に、開いた口が塞がらない。
「それで追っているというわけ?」
「そうだ」
なんて真っ直ぐな人なんだろう。こちらを見据える瞳には、己の信念に従って動く者だけが持つ、確かな意志が宿っていた。
「あてはあるの?」
「あぁ。おそらく奴らは……」
コンコン――
ノックに遮られ、会話が中断される。続きを気にしながら扉へ目を向けると、先ほどの海兵がお盆を持って入ってきた。カチャン、とテーブルに置かれた二つのマグカップ。
「失礼します」
一礼して出ていく海兵を見送ったあと、思わず口から言葉がこぼれた。
「お揃い?」
「あ”?」
今なんて言った、とでも言いたげにスモーカーが顔をしかめる。
「カップ。お揃いだよ」
そう言うと、確かめるようにこちらへ歩いてくる。
「お客様用?」
「…………」
眉間の皺がさらに深くなる。
「余計なことを……」
ぼそりと呟く彼に、思わず首を傾げた。
「何?」
「なんでもねぇよ。他のカップは切らしていたんだろう。それより、話を戻す」
「あ、うん」
何事もなかったように、スモーカーは再びソファに腰を下ろし、カップを手に取った。私が両手で包んでいるものとお揃いのカップは、スモーカーの大きな手の中ではあまりにも小さい。しかも、可愛らしい花柄。あまりにも不釣り合いで、笑みがこぼれそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。
「……おい、聞いているのか」
「ごめん。聞いてなかった」
「……もう一度言う」
苦笑いしながら、コクリと頷いた。
「奴らはウィスキーパークに寄っていた。その痕跡が見つかった。そのままの進路で行けば……」
「砂の国」
「あぁ、そうだ」
「そんなところへ一体何をしに行くの?」
「まだそこまでは分からねぇ」
「……なるほど。それでスモーカーはどうするつもり?」
「どうするもこうするもねぇ。俺は麦わらを捕まえられれば、それでいい」
「ガープさんのお孫さん……いいね、私も一目見てみたい」
「言っておくが、生半可な気持ちで相手できるような奴らじゃねぇぞ」
「うん、もちろん。だってガープさんのお孫さんだよ? きっとトリッキーな子に決まってる」
ふふふ、と笑みを漏らせば、スモーカーは「相変わらず変わった奴だ」と呟き、葉巻に火をつけた。その煙を見て、ふと思い出す。
「……そういえば、アラバスタって言ったら、王下七武海のサー・クロコダイルがいるところじゃない?」
「あぁ、そうだな」
「わざわざ私たちがいかなくても、彼が仕留めるのでは?」
「……なまえ」
「何?」
一拍置いたスモーカーは、肺に吸い込んだ煙を吐き出してから言った。
「海賊は所詮海賊だ。どこまでいこうと海賊。覚えておけ」
それは私に対する警告? それとも忠告? それとも、ミホークに対する牽制? その言葉の奥にある意味はまだ分からない。けれど、私はコクリと頷いた。少なくとも、今話題に上がっているクロコダイルという男について、まだ信頼できるほどの仲ではない。ならば、素直にその言葉を聞き入れておこう。
「飲まねぇと冷めるぞ」
スモーカーに言われて、自分の両手にカップがあったことを思い出す。「そうだね」と口に運ぶ。ふわりと立ち上る香り。その奥から、味わい深い苦みが舌を刺激した。
「うん、美味しい」
「お前がコーヒー好きなのは、知れ渡っているよーで。密かに入れ方を練習している奴らばかりだ」
「お陰で腑抜けばかりになっちまった」と、スモーカーが嫌味を吐く。
「なら、目的地に着くまで稽古にお付き合いしましょうか?」
「あぁ、それはいいな。手始めにたしぎとやってみろ」
「え、たしぎ、この船にいるの?」
「いや。次の港で合流する。夕方には港に着くだろう」
「ほんと!? やった! たしぎもいるんだー!」
途端に声が弾む。あからさまに態度が変わったせいか、スモーカーの機嫌が一気に悪くなった。
「何、焼きもち焼いてる?」
「……なんで俺が」
「じゃあなんで不機嫌そうな顔しているの?」
「……元々だ」
図星を突かれたように居心地が悪そうな顔をして、さっさと部屋を出て行こうとする彼に声をかける。
「ねぇ、スモーカー」
「なんだ」
彼の背中を、こんなにまじまじと見るのは初めてだった。やっぱり、男の人は女とは違う。そんなことを改めて実感する。
「私思うんだ。私なんかよりスモーカーの方がよっぽど中将にふさわしいって」
「…………」
悪魔の実の中でも希少なロギア系を食べているにもかかわらず、スモーカーは未だ大佐という立場にいる。きっと、彼は不器用なのだ。昔の彼のことは知らない。けれど、今の彼には、はっきりとした目的がある。その芯の通った目こそ、今の私が立っている場所にふさわしいと思う。
「早く上がってきなよ」
「……必要ねぇ」
「馬鹿スモーカー!」
「あぁ”?」
「這い上がって来なさい!」
――じゃないと、あなたは一生このまま、ここに捕らわれたままだよ。
「……考えておく」
それだけを残して、スモーカーは部屋を出ていった。葉巻の香りだけが船内に残る。
「どこまでも強情な人……」
そう呟いた私は、次の港まで眠ることにした。――たしぎを説得した方が、早そうだなと思いながら。

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