京楽隊長の部屋を出た廊下で、グリムジョーとウルキオラが心配そうに声をかけてくれた。
「主、大丈夫か?」
思いっきり泣いてしまったので、まだ涙が乾ききっていない。こんな姿の人間をどうやって扱ったらいいのか、破面が知っているはずもなく、二人とも立ち尽くしたまま困惑していた。
「うん、ごめん、大丈夫。すぐに治まるから」
「ならいいが。少し休憩しに戻るか?」
「……ん~でも、このまま戻って惣右介に鉢合わせたら、…………二人とも大丈夫なの?」
「「…………」」
スッと無言で視線を逸らされた。やはり大丈夫ではないらしい。
「あーううん。口元の布が取れちゃったから、私も惣右介に会うのはちょっとまずいし(絶対に絞られる)。このまま最後まで行って、惣右介が破面の国に帰ったら、私たちも帰ろうか」
「承知」「りょーかい」
――と、いうわけで、次は九番隊……いや、六車隊長は、平子隊長のところでお忙しそうだったので、飛ばそう。
十番隊に到着――――
「……ちょっとなんでまだいるの、ギン!」
「あれ? なまえちゃんどないしたん~?」
「いや、それはこっちの台詞。仕事しないでいいの? ここで何してるの」
「何って、そりゃ乱菊のお守りや」
「……はい?」
「おい、なまえ!」
急ぎ足で近づいて来る足音に振り返る。
「日番谷隊長。お久しぶりです」
「この野郎をどうにかしてくれ。連日入り浸りやがって、邪魔で仕方ねぇ!」
「そう言われましても……『これ』は、人の話を聞かないもので」
「『これ』は、ってひっどいな〜」
「藍染は!」
「あ、はい。私が藍染です」
「ち、ちがう! もう一人の藍染にこいつの手綱を握るように言えっ」
「無理ですよ。そんなの。惣右介は、「そんなもの自分でやればいい。放っておけ」って言うに決まっています」
「…………彼奴、もはや隠す気ねぇな」
「えぇ、すみません……」
「たいちょー! 戻りましたよ~」
瞬歩で飛んで現れた乱菊さん。私の姿を見つけるなり、むぎゅむぎゅっと大きなお胸で抱き締めてくれました。
「らんぎくぅ…………うぅ…………ま、まって……死ぬ…………」
腕をばしばし叩いてなんとか解放してもらえた。
「なまえ! ありがとう!」
「は、はいっ。どういたしまして?」
「あの日、貴方が欠けた魂魄を返してくれたおかげで、記憶が全部戻って来たの。……全部。流魂街で育った時のこと、忘れていたこと」
乱菊さんの視線がギンに向かう。
「ギンが私を見る目がいつも不思議で、理解できなかったんだけど、記憶が戻ったおかげでようやく思い出せた」
「良かった……」
「なまえちゃん。ありがとうな。ボク、乱菊とちゃんと話ができたんや。……本当に、ありがとう」
幸せそうに笑う二人は、互いに顔を向け合って少し頬を染めている。……ということは、上手くいったということなのだろう。それに関しても、良かった。
「……はい、良かった良かった。で、それはそれ、だ。ここは仕事場だ。市丸――てめぇは邪魔だ。今すぐに帰れ! なまえ、連れて帰ってくれ。ここで引っ付かれたら松本の仕事が進まねぇんだよ!!」
あーー、それはお察しですね。
「……らしいけど、ギン?」
「ちぇ……分かりました」
気持ちは痛い程分かるので、引き離すのは心苦しい。ギンの職場をここに移してあげられたらいいのだけれども、所属が違うからどうしようもないし。……ってか、ここに異動だなんて、日番谷隊長が絶対にNOと言うだろうし。
――――あ。
「……そうだ! 惣右介が、ギンと要の家を用意する話をしてた。虚圏の地下なんだけど。乱菊さんも普段はそっちに住めないか、相談してみたらどうかな」
「……それマジ?」
「うん、マジ。もちろん、乱菊さんの気持ちが大事だと思うけれど……家で会えるなら、ここまで押しかけて来なくていいでしょ」
「ちょっとなまえ……それ、ここでする話じゃない…………」
「え、なんで?」
「主様、それは『夫婦』になる前提の話になります」
「……あ゛」
「「…………」」
「ご、ごめん。ギン、乱菊さん……。じゃ、まぁ…………私はこの辺で失礼しようかな」
「おいなまえ、てめぇ……面倒事をおいて帰るな!」
日番谷隊長の怒鳴り声からそそくさと逃げ出した。
次は、十一番隊。更木隊長に面と向かって会うのはいつぶりだろうか。更木隊長は基本的に演武場にいるそうなので、そちらに向かった。……なんだか嫌な予感がする。
「久しぶりじゃねぇか、なまえ!」
「あら、どうも、更木隊長。お久しぶりです。本日は、私の部下を紹介にきました」
「へぇ、……そうかい」
「はい、ではササーっと済ませますね。こっちの豹型が、グリムジョー・ジャガージャック。こっちの人型がウルキオラ・シファーです。はい、要件は以上です! では、お邪魔しました!」
「ハハッ、つれねぇじゃねぇか! 折角来たんだ、俺と勝負しろぉォ!」
ん゛ん゛ん゛ん゛――ですよねぇ……。演武場にいる更木隊長のところを訪ねるとそうなりますよねぇ!!
「いえ、とんでもありません。私なんて、更木隊長の足元にも及びません」
「そんなことはないだろ。てめぇの霊圧、とんでもねぇ質量だ」
「え、質量なんて言葉知っているんですか」
「あ゛? てめぇ、なめてんのかぁ゛?」
「あっ、いや、これは……つい、ですね!」
更木隊長が、刀を抜いた。
後ろの二人に目配せをしつつ、ゆっくりと後退していく。
「つい? ……ってぇーことは、思ってたってことなんだなァ?」
「……あは、あはははは」
「……上等だァ! 受けて立つ!」
「うううううう、受けて立たなくていいですぅ~!!!」
ひゃっはー! 飛び掛かって来る戦闘狂の相手なんてまっぴらごめんだ。振り返って瞬歩で駆け抜ける。幸い、演武場に入ってすぐのところだったので、扉から出て閉めるところまで間に合った。
ダダーン、扉の向こうで物凄い衝撃音が鳴った。
「ふぅ…………危なかった」
よし、早く離れよう。切り替えて歩き出したそのとき。
「主、上だ」
「え」
振り返ったら、空から更木隊長が降って来ていた。いや待て待て待て。演武場外の模擬戦闘は禁止じゃなかったっけ!? あれ、規則変わったのっ!?
「主様!」
キーーーン、と音がして、視界いっぱいにウルキオラの背中が映る。
「やるじゃねぇかァ!」
助かった……私じゃ、どう考えても更木隊長のあの巨体を受けきれない。受け流せるかどうかも怪しかった。
「ごめん、ウルキオラ、ありがとう」
「いえ、こういうときの護衛ですから」
「……確かに」
「これじゃぁ、護衛なんかいらないって、藍染様に文句言えねぇな」
「ん゛ ん゛――ちょっと黙ってくれるかな、グリムジョー!」
「へぃへぃ」
もう、こうなったら、更木隊長が満足するまで模擬戦するしかない? でもそんなことしてたら、日が暮れちゃう。ヘタしたら明日の朝までかかるかもしれない。……まじで、何なの! だから、更木隊長と対面で話すの嫌なんだって…………もう。
「あれれ? 剣ちゃん、何してるの?」
「やちるちゃぁんんんん!!!」
ここで来ました、救世主!
「あ、なまえっち! 久しぶり~」
「久しぶり、やちるちゃん。会って早々悪いんだけど、更木隊長を止めてくれないかな!」
「いいよ~!」
「あ、ありがとう!!!!!」
「はぁ〜〜なんとか抜け出せた……」
「面倒でも、布は付けに戻るべきだったな、主」
「なんで?」
「あの布が霊圧を抑えるからだ」
「は?」
「説明聞いてなかったのか」
「説明なんかあったっけ?」
「いや、藍染様は省いていらっしゃった。そういうことは一度痛い目を見た方がいいから、黙っておくようにと仰せつかっている」
「……ん? どういうことかな、ウルキオラ。それって、裏切りなのでは?」
「私は、主の護衛ですが、最上位は藍染様ですから」
「ん゛んんんんん!!!!」
なんだか今日は、声なき声で叫んでばかりだ。
「あとひとつだから、もうこのままいこうか……」
「はい」
十二番隊 は、接近禁止命令が出ている涅隊長がいるので行かない。レムや右近には会いたいけど、仕方がない。
最後は十三番隊だ。久しぶりに、浮竹隊長に会える。
「失礼します」
雨乾堂の障子をゆっくりと開く。かつて病床が置かれていた場所には、もう何もない。そこには、以前とは見違えるほど晴れやかな笑顔を浮かべた浮竹隊長が座っていた。
「よく来たな、なまえ」
「浮竹隊長、お久しぶりです。お身体はお変わりありませんか?」
「あぁ、問題ない」
「咳は?」
「ない」
「吐血は?」
「それもない」
「ふらつきや、頭痛は?」
「ハッハッハッ! なまえは相変わらず、心配症だな。病は完治した。再発もない」
「……良かった」
「全部、なまえのおかげだ。改めて礼を言う」
「いえ、こちらこそ。浮竹隊長のお導きがなければ、私は今ここに立っていられませんでした」
本当はよくないと分かっていても、やはりどうしても、頭を下げずにはいられなかった。
「浮竹隊長、感謝しております」
「よせ、顔を上げてくれ」
「ふふっ、はい……」
にっこりと笑顔を返すと、頬を赤く染めた浮竹隊長が、柔らかく笑い返してくれる。
「はぁー、俺は本当に情けない男だ。あのときに、なまえをしっかり捕まえておけばよかった」
「えぇ、本当に。あの時に、捕まえられていたら、私は浮竹隊長から離れませんでしたよ」
「「「……え」」」
キョトンとした浮竹隊長と、なぜか後ろのふたりも、声を出してまで驚いていた。
「なによ、二人ともそんなに驚くところ?」
「あぁ、だって。主は藍染様にゾッコンだと思っていたからな」
「今は……、ね」
「それは藍染様は知っておられるのですか?」
ウルキオラが、恐る恐る聞いてきた。
「ん、んー? どうだろう。結構放任してくれてたからなぁ。ある程度は分かっていたんじゃないかな?」
「あの、藍染様が……?」
どうやら二人は、今の惣右介しか知らないので、想像もつかないらしい。
「まぁね。こういうのって、結構タイミングが大事だったりするんだよ」
ふふっと笑みを返すと、やはり人間の考えることは難しいのか、二人とも眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。
「……そうか。俺はみすみす、大事な人を逃がしてしまったのだな」
「ええ、そうですよ? だから、もし、次があったら、そのときは迷わず大事にしてあげてくださいね」
この先、浮竹隊長が「この人は特別だ」と思える人に出会ったなら、そのときはどうか、足踏みせずに進んでほしい。
「浮竹隊長」
「ん、なんだい?」
「私、幸せになりました」
「あぁ、……そのようだ」
「だから、浮竹隊長も早く幸せになってください」
「そうだな。俺も、探さないとな」
「えぇ」
去り際に渡された、手作りの栞。勿忘草が押されたそれは、私がかつて浮竹隊長に贈ったものだった。
「これは返そう。持っていたら背中を刺されそうで冷や冷やする」
「えー? そんなまさか」
「主様、それは本気で言っていますか?」
「主、正気か?」
「……へ?」

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます