「なまえが12歳かァ。んねぇーあっという間だ、んねー」
「そう言われても私トレーボルとは会ったことなかったから実感が沸かなーい」
「そう、んねー」
ズズズッと鼻水を吸い上げて、デヘヘと笑うトレーボルの隣、手札をジッと見据えたままそう返す。
「なまえは知らなかっただろうが、当時俺たちも一緒の建物にいた」
「そう言われてもね~。グラディウスには会ったこと、以下略。……ん、私ドローする! ヴェルゴさん、カードちょうだい」
「以下略ってお前……それより、待て。先にグラディウスだ。どうする?」
「そうだな。まぁなまえからすれば会っていないから分からなくて当然。……俺はコールだ」
「え”」
「んねぇー、じゃあレイズ」
「ほぉう。トレーボル、それはハッタリじゃ?」
「いや、ラオGも怪しいよ? さっきからあんましゃべらないし」
「いやいやわしは……」
円卓を囲んで、ヴェルゴさんがディーラーになって、他4人の手にはそれぞれ5枚のカードが握られていた。コールしたグラディウスとレイズしたトレーボルは手札を伏せて待ちの姿勢をしている。対して、ラオGと私はドローした手札とにらめっこしていた。そう、5人で交代しながらポーカーをして遊んでいるのだ。
「……なんだお前等トランプしてるのか」
キィ――と扉が開く音がして、私とラオG以外は扉の方へ顔を向けた。ヴェルゴさんがドフィ、と言わずとも気配で入ってきたのが彼だということは分かっていた。今はそれよりも、この目の前にある問題を解決しなければならない。
「うー…………」
なんだなんだ? と私の真後ろに立ったドフィが手札を盗み見てくる。慌ててトランプを伏せたらフッと笑われた。…………すっごく腹が立つんだけど。
「それで2人はどうする?」
「んー……じゃあ!」
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「なまえの負けだな」
ハッハッハッとヴェルゴさんが笑うとそれにつられるようにドフィも、他のみんなもけらけらと笑った。
「えーもうまた私の負け!? なんで!! 絶対いかさましたでしょ!」
「賭けてもない勝負でいかさましてどうする」
「う”…………」
「なんだァ? 賭けてなかったのか?」
「うん。だってカモにされるの目に見えたから」
ニィッと笑うと、さすが俺たちのお姫様だなァとドフィが笑った。「違いない」そう言ったグラディウスも、ヴェルゴさんも、ラオGも楽しそうに笑っていた。納得がいかなくてムッと口を結ぶけれど、そんなに楽しそうにされては水を差すのも悪い気がして、しぶしぶ私も笑った。もう! と拗ねながら笑って見せると拗ねるのか、笑うのか、どっちかにしろよとまた笑われた。だからまた笑った。でも今度は、グリグリと頭を撫でてくれる大きな手の平を受け入れて、その大きな人を見上げてニッと心の底から笑った。ドフィが楽しそうに笑ってたから私も笑った。
「ドフィもポーカーする?」
「ん、いやいい。ヴェルゴに用があって来ただけだ」
「ヴェルゴさんに?」
「あァ。そろそろ始めるからな」
「…………やっぱりやめることはできないの?」
眉を寄せてドフィを見上げたらドフィは困った顔をしていた。分かってる。ドフィを困らせていることぐらい。でも、こうしてみんなで過ごす時間が大好きで、ここにいる誰にも欠けて欲しくなかったから。
「なまえ」
カウンターの向こう。ヴェルゴさんがカードをまとめながら私の名を呼んだ。ヴェルゴさんが言いたいことは分かっている。
「……ごめん。困らせたね」
そう言って口を閉じて、ドフィを見上げて、ごめんね、と言った。下手くそな笑みになっていたんだと思う。相変わらず、ドフィの顔は困っているように見えた。
「大丈夫だ。心配するな」
「でも、今度のは期間が決まってないし……」
「なまえ、大丈夫だ」
「…………っ、」
でも、でも、でも。不安なんだもの。心配なんだもの。ドフィがそろそろ支度をしろとヴェルゴさんに言う。見送りがこんなポーカーゲームになってしまうなんて。
「ヴェルゴさん」
歩き出したヴェルゴさんの服を掴んでグィッと引っ張る。振り返った彼はニッと笑いながら言った。
「大丈夫だ」
何度そう言われてもこの胸の不安が取れることはないのだろう。ヴェルゴさんの言葉を聞きながらそう思った。潜入捜査だなんて。……それも海軍に入るだなんて。もしバレたら? ヴェルゴさんはどうなってしまうの? 誰一人味方がいないところへ一人行くなんて。だったら私も行く! 私を保護したことにしたら……! そう言ってみたけれど、誰一人うなづいてくれる人はいなかった。「これはもう決定事項だ」ドフィがそう言った。
「……行ってくる」
「……うん。行ってらっしゃい」
桟橋を渡っていくヴェルゴさんの後ろ姿に手を振りながら、この胸騒ぎがどうか気のせいでありますように……と祈った。どうか、どうか……神様。ヴェルゴさんをお守り下さいと祈ることしかできなかった。
一人船に乗って島を立つヴェルゴさんを見送った。船が遠く遠く離れてもずっと手を振り続けた。……すごく寂しかった。
「なまえ。そろそろ冷えてくる。中に入るぞ」
「……うん」
諭すように優しい声に頷きをひとつ返す。私の背中に大きな手のひらを添えて、眉を寄せて、とぼとぼと歩く私の足取りに合わせて、ドフィは隣を歩いてくれた。隠れ家について部屋に入る前、「ごめんな」と小さな声が聞こえた。振り返るとドフィはもう廊下の角を曲がるところで、結局私はその言葉の本意を聞くことができなかった。彼は一体何に対して謝ったのだろう。その日はそう思いながら目を閉じた。
翌日。島を出ることになった。正確には”仮の隠れ家”なんだけれども。この建物は私が来てから数年程過ごしたところで、現在の隠れ家は別にあるらしく、今回、海軍と遭遇する際にこの隠れ家でしばらく過ごすと決めていたらしい。それは私のことを思って……だろうな。ドフィはきっと……まずは私がちゃんと当時のことを思い出して安心して過ごせる場所におきたかったんだと思う。
ここへ来てから数ヶ月。私ももうすっかり家族の一員だ。だいたいの幹部の人とは話したし。聞くところによると、本陣、もうひとつの隠れ家の方にいる幹部もいるらしいんだけど、取りあえずドフィについてきた人たちとは仲良くなることができた。
「隠れ家へ行くの?」
「ん? あぁ。お前に紹介したい奴がいるんだァ」
そう言ったドフィの横顔はとっても楽しそうで。見てるこっちまでもが楽しくなってきた。ドフィがこんなふうに言うんだから、ドフィにとって特別? な人なのかな。……もしかして、女の人……とか? …………あれ、なんか、それは……
「なまえ?」
「あ、……うん。ごめん」
「大丈夫か? ぼうっとしてたぞ、お前」
「うん。大丈夫。大丈夫だから」
「気にしないで」そう言って、目の前に用意されたフラミンゴを象った大きな船体に足を踏み入れた。
……もし、もしもそうだったら。私、……
「おいッ!! なまえ!!!」
下からすくわれるようにして体が浮き上がった。それは海によくある急な突風だった。
足を踏み入れた船体。真っ直ぐ顔を向けていたところに立っていたのはグラディウスだった。その瞬間、あの水色のガラスの向こうにある彼の目が見開いていた。グラディウスのこんな顔見るのは初めてだ。そう思ったすぐあと、体が浮いて私は背中から真っ逆さまに落ちていった。慌てて手を伸ばしたグラディウスの腕をうまく掴むことができず、何かを言っていた彼の声も全く聞こえなくて、パタパタと服がはためく音とヒュ――という風の音だけが聞こえていた。
グンッ――――
水面間近で体が止まった。不自然な状態で、独りでに勝手に体が止まって、私は宙に浮いていた。ピン、ピンという音がして、”あっ”と思った。
「そのままジッとしていろ」
グラディウスがそう言った。かろうじて動く首を回して上を見上げる。そこにはピンクのコートを背負ったドフィが無言で立っていた。……ちょっと怖かった。だから、ロープを伝って助けに来てくれたグラディウスの手をなかなか取ることができなくて、彼を困らせてしまった。ようやく握りしめた腕。落とさないようにとしっかりと抱え込んでくれた彼の腕の中で、「絶対怒られるから戻りたくない」と何度も言った。彼は暢気なもので、「あぁ、だな」と言って、ハハハッと笑っていた。人事だと思って、もう。
思った通り、船体の上に戻るとゴツンとドフィの拳骨を食らった。
「いつ何時でも気は抜くな」
ドフィはそう言って私を抱きしめてくれた。
「……うん。ごめんなさい」
「俺だって、いつもお前の側にいられるわけじゃない」
「……うん」
ドフィのコートを羽がちぎれるんじゃないかっていうぐらい、強く握りしめた。しがみついて、少し泣いた。イヤだ。ドフィが他の人のものになるだなんて、イヤだ。ドフィが誰か他の人に向かって笑うところなんて絶対に見たくない。……イヤだ。
「分かったならいい」
隠れ家までここから一週間。とても穏やかな船旅となった。でも私の心中はそんなことなく。漠然とした不安に押しつぶされそうだった。ドフィをあんな風に笑顔にしてしまう相手って、一体どんな人なんだろう。あぁ、もういっそドフィに聞いてしまおうかな。でもドフィの口から直接現実を叩きつけられでもしたら……私、生きていけないかもしれない。
……せめてもの救いは、向こうの隠れ家には年の近い女の子がいるっていうことかな。どんな子なんだろう。そうやって気を紛らわして、船上ではできるだけドフィに会わないようにして一週間を過ごした。ヴェルゴさんがいたら相談できたのに。ヴェルゴさん……元気にしてるかな。

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