「なまえ」
「ん?」
振り返った後ろにいる人は、もう不死鳥ではない。今の私がいるところは死の外科医が船長の船だった。
「どうした?」
「どうもしないよ」
白髭海賊団にナース見習いとして乗ったのはもう何年も昔のことだ。
今でもときどき、その時のことを思い出す。きっかけは色々ある。ちょっとしたことで記憶は刺激されるものだ。さっきはただ船長に呼ばれただけだったけれど、その呼び方が、あの人――マルコに似ていた。白髭海賊団――大勢の海賊が乗る海賊船はいつも賑やかで、そこにいるだけでうるさかった。人の気配を感じない場所なんてなかった。どこにいても今日はなこんなことがあってなと話しかけてくれるみんなが大好きだった。
なまえ、と名を呼びながら横に座る船長に目を向ける。でも船長がそれ以上言葉を発することはなく、ただ沈黙が続くだけだった。
「なまえ~!!」
モフンッと背中を覆ったのはこの船のマスコット。
「ベポ、重い~~~!!!」
結構な体重なのに当の本人はそれを考慮せずにいつも私の上に乗っかかってくる。
「なまえが雌の熊だったら俺のお嫁さんにしてあげるのに」
「雌の熊でもベポのお嫁さんにはなりたくない」
「えぇ~なんで?」
「だって、私には好きな人がいるから」
「えぇ! そうなの!? 誰々~?」
「もうきっと、会うことはない人、」
「……なんかすみません」
ははは、なんでベポが謝るのよ? と笑う。相変わらず隣に座るローは静かなもので、隣にいることをすっかり忘れてしまっていた。
「不死鳥か?」
ビクッ、その肩書きを聞くだけで私の鼓動は一気に早くなり、
「不死鳥のマルコ?」
ベポがローの後に続けたその名に、胸が張り裂けそうになる。マルコ、マルコに会いたいよ。
――あの日、私達白髭海賊団は敵船を見つけた。あの海賊船が親父の縄張りを張っている島を襲いに行くところだと、仲間から情報が回ってきたのだ。それは見過ごせない。当然、怒りを露わにした親父含め、各隊の隊長達は臨戦態勢に入った。島に上陸されて人質でも取られたらやっかいだ。上陸前に叩く。静かな甲板にマルコの声が響いた。
戦闘自体は圧勝で、ものの数十分で決着がついた。……そんな中、予想外のできごとが起こった。
あの海賊船は囮だった。
その異変に一番に気が付いたのは私だった。気づいた、というか。狙われた。数人の負傷者の治療のため、治療室へと運んでいく。その誘導を甲板で行っていたときだった。
急に目の前が真っ暗になる。驚いて暴れたときにはもうすでに体は袋の中で。叫んでも、その不厚い布のせいでクグもった声が出ていくだけだった。きっと、誰にも届かない。
そうして、誰にも知られることなく私は誘拐された。次に外を見たのはそれから数時間後のことだった。あぁ、いい品物だな。その言葉で納得した。布の中ではなぜ、私なのかと。なぜ私を誘拐するのかと考えていた。白髭海賊団のクルーなら誰でもよかったのか。いや、それならもっと簡単に、こんなに船の近くにくる必要はないのでは。だとしたら、まさか……。
そのまさかだった。
「いい人魚だ」
そう、この連中は私が人魚だということを知っていた。
「まだ足がもっているのか」
人魚の足は通常、魚の尾のようになり、鱗がある。しかし、今の私の足は人の足の形を成していた。何日も続けることはできないが、一日程度ならこのままの状態で保つことができた。
「上玉だな」
「えぇ、情報通りです」
……ということは、内部に内通者がいたというわけか。親父の船にそんな奴が乗っているとは思えない、……思いたくなかった。けど、これが現実。グッ、とこみ上げてくる怒り。親父を裏切ったそいつへの怒りで顔がゆがんだ。
「お~怒った顔もかわいいねぇ?」
「声は? おまえはどんな声で鳴くんだぁ?」
シシシッと笑う男。手慣れたものだ。その挑発の仕方、商談の進め方。その慣れた様子、計画的な犯行に一気に気持ちが削がれていった。この様子じゃ隙をみて逃げるのは無理そうだな。売り渡されたあとに逃げる方がまだ見込みがある。早々に怒りを静めて息を吐き出す。
こちらの顔色を伺う男に向かってにこりと笑った。
その顔、覚えたぞ。いつか覚えていろ。
伝わったかどうかなんて分からない。眠気を感じていた私はゆっくりと目を閉じて眠りにつくことにした。
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「敵襲、敵襲だぁ――――!」
ハッと目が覚めたのは深夜。目覚めてすぐは自分が攫われたことがすっかり頭の中から抜け落ちてしまっていて、気づいていなかった。
敵襲? こんなに近づくまで敵に気が付かなかったというの? 見張りは一体何を……、それよりも隊長達は一体何をしていたの。まさか、また宴を? 一気にかけ巡った思考。同時に体を起こして治療室の準備へと向かおうとした。
――ドサッ
崩れ落ちていく体。ギシリ、とキツく結ばれている手足が軋んで痛みが走った。
「った、」
あ、……そうだった。ここは親父の船じゃないんだった。ホッとしたのは親父の船が襲われたんじゃなかったという安堵のため。
「大丈夫?」
胸をなで下ろしたのも束の間、ヌッと暗闇に現れたのは黒い大きな影。……いや、白いな。モフモフとした白い毛皮。まあるい瞳。鋭い爪に鋭い牙。……えっと。
「熊?」
「熊じゃないよ、ベポだよ~!!」
「ベポ?」
ベポって言う動物?それとも名前?
ガシャリ、よく見ると頑丈な檻に入れられているその熊は手足にも頑丈な手錠をされていた。白い毛皮にうっすらと血がにじんでいる。
「大変! 血が出てる!!」
「んん、痛いよ~」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ってか、その爪で私の縄切れたりする?」
「できるよー!!」
縄を切ってもらいながら確信する。この雑な扱い。きっともうあの賢い男はここにいない。私はもう誰かに買われた後なのだ。だとしたら……逃げられる。
「ベポ!」
「アイッ!」
「逃げるよー!」
「アイアイサーッ!!」
……で、まさかこの熊が死の外科医のクルーだとは知らず。ついてきてみたら船に乗せられ、そのままここに居着いている。帰れるものなら帰りたいよ。でもさ、端からみたら、これってどうみても裏切りでしょう?
だって、私はもうここのクルーなんだから。
「なまえ、元気ないの?」
「うん、ちょっと。この心ない船長に脅されたときにもうちょっと勇気があればよかったなぁって、後悔してる」
「じゃあお前は死んだ方がましだったっていうのか?」
「……うん、まぁ……大袈裟かもしれないけどさ」
だって、たとえマルコにまた会えたとしても、合わす顔がないんだもの。こんなに会いたいって思っているのに。
151001 End.
Afterword
なんかローが両想いになれない件について。ごめん(^O^)ロー。
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