パタパタパタッ
帆が風でなびく音で目が覚めた。眩しくて瞳孔が一瞬で細くなる。瞬いた目で確認した赤い海。どうやら夕暮れのようだ。顔を上げて自分の状態を確認する。寝始めは丸まっていた体制はいつの間にか、前後の足を投げ出すような体制になっていた。体を起こそうとひねった時、首に違和感を感じる。
「……?」
なんか首が変だ……視線を下げるが自分で首を見ることができないのでどうしようもなかった。前足を器用に動かし、首元に持って行く。そこには自分の毛とはとは違う堅いもの。ん、何だ?
「起きたか」
ごぞごぞ動き出した気配を感じたのか、鷹の目が閉じていた目を開いた。後ろにある夕日のせいで直視することができない。ただなんとなく気配でニヤリと彼が笑ったような気がした。なんだというのだと思いつつ、今は自分の首の方が気になった。……そうだ、まだこの時間なら水面に姿が映るだろう。そう思い、海をのぞき込んだ。
「……なんだこれ」
つい出てしまった声。一度言葉を発してしまったのでなんとなく自分の中の人の言葉は発しないというルールが崩れつつあった。良くないなと思うが、それは取りあえず後回しだ。
水面にゆらゆらと写る、白猫の自分。首には赤いものがついていた。……もしかして、これ、首輪?確認するように再度前足でそれを触る。革製だ。そんな情報が増えたところで、この状況の説明にはならない。犯人といえば、今この船に乗っている私以外の人は一人だけだったので、その人しか思い浮かばなかった。
トンッ。遠慮なく彼の膝の上に飛び乗る。スッと開いた金色の瞳に問う。
「これは、何?」
「首輪だ」
「違う、そういうことが聞きたいんじゃない。これはどういうことかと聞いているの。バカじゃないんだから、分かるでしょ。はぐらかさないで」
目を細める。左右の色の違う私の目は人の心を戸惑わせる力があると、昔誰かに言われた。確かに、この目で射抜くように見れば、大抵の人は一歩後ろに下がっていた。しかし、この男。鷹の目は違った。
そもそも彼の目自体も私の目と同様、人の心を戸惑わせる、その気を持っているからして、私の目は彼には通用しないようだった。まぁ、彼からして見れば見慣れた自分の目より色彩が増えたな程度にしか思っていないだろう。はぁ……なんてやっかいな人なんだ。そこまで私の考えがたどり着いたところで、ようやく鷹の目は重い口を開いた。
「飼い主として、責任を果たしたまで」
「……いつ飼われてもいいって言った?」
ゆっくりと立ち上がっていく体毛。ゆらゆらと揺れる。それは私の体から立ちこめる殺気のせいだろう。ほう……興味深い、と言わんばかりに瞳孔を少し開いた鷹の目が同じく殺気を漏らした。ぶつかり合う殺気は、私たちが乗る船を中心にして海に波紋を立てた。風が互いを吹き抜ける。数秒が長く感じた。10秒ほど経って、だんだん頭の熱が冷めてきた。急に馬鹿らしくなってきたのだ。鷹の目よりも先に殺気をしまう。勘違いされてはいけないので言っておくが、決して気圧されたわけではない。ゆっくりと目を閉じて、開きながら言う。
「外して」
「自分で外してみろ」
「……」
何度か試したが頑丈な首輪は外れる気配すらなかった。それどころか傷一つつかないんだけど。鋭い爪も役立たず。はぁ。日はすっかり沈み、当たりは真っ暗。星の光と月の光だけがたよりだ。けれど、猫にとってそんなことは大したことじゃない。むしろ、夜行性である猫の私にとってこれからが主に活動する時間帯だった。
今日は満月だ。お陰で夜中でも水面に映る自分の姿が見えた。水面とにらめっこする。波が落ち着いたとき、より鮮明に首輪の細部を見ることができた。首輪の前側。中心にエンブレムが見える。そこには鷹の紋様。その横には名が彫られていた。揺れる波に目を凝らし読む。確かにそこにはなまえとあった。
「気に入ったか?」
どこから取り出したのか、いつの間にかワインを手にして口に運んでいた鷹の目が上機嫌に言った。振り返るのも煩わしかった。その言葉に返すことはなく、私はただゆらゆらと揺れる水面を眺めていた。付けたんだから、外れるはずだ。その痕跡が前にないなら、後はもう後ろだろう。そう思い、背中に前足を持っていくが、届かない。そりゃそうだ。四足歩行の生き物は自分の首の真後ろに手が届くことはない。そこまで思考がいって、確信した。この鷹の目という男は始めからそれが分かっていて、敢えて外してみろといったのだ。外せないことを知っていながら。なんて意地悪な人だ。
「なまえ、あきらめろ」
悔しいが、今はそうする他なかった。
「……にゃ~」
でも、悔しいから返事は全部にゃーで返してやる。水面から視線を外し、振り返る。堂々と椅子に腰掛けている鷹の目を見上げると、組んでいた足が降ろされた。……乗れと言いたいのか。はぁ……あてが見つかるまでは、しばらく付き合ってやるか。あきらめた私は彼の膝に飛び乗り、大人しく愛玩されることにした。
「なまえ」
「にゃ~」
言っておくが、私は意地を張るのは得意な方だ。

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