「ごちそうさまでした」
両手を合わせ礼儀正しく両目を閉じてそう言ったなまえは探るように視線をこちらに向けた。目が合うとぱちぱちと瞬く。それに対して、目を細め眉を寄せ、呆れたようにふぅと息を吐き出しながら視線を外した。言われなくとも言いたいことは分かっている。
「俺が言うと思うのか?」
そう言いながら再度視線を向けると唇でにんまりと弧を作ったなまえがとても楽しそうな口調で言った。
「よく分かりましたね」
「目で物をいうという言葉があるように視線だけで言いたいことが分かる」
にっこりと笑みが作られた後、さすがですね、と敬意を払うように下げられた頭。ふん、と鼻息を吐き出すと、ついに最後まで言ってくれなかったですね、と彼女は笑った。彼女のその視線になんとなく居たたまれなくなり、机の上に置いていた帽子に手を伸ばす。組んでいた足を崩し帽子をいつもの位置に戻せばそれに合わせるようにして、机に両手をついた彼女がゆっくりと立ち上がった。
慣れたものだな、とその姿を視界の端に確認して振り返った。こうして2人で過ごした日数は決して多くあったわけではない。それでも彼女はこちらの動作を見て合わせてくるようになった。それはもう、驚くぐらいスマートに。
「行きますか」
背後の声にわずかに顔を傾ける。すぐさま顔を前に向け、背中に納めた刀の位置を確認した。背後からはクスクスと小さな笑い声が聞こえた。なんとなくむずむずすることは時々あったことだ。そう深く考える必要もないだろう。思考を回す。通りに出てどうするか。これで帰ればいつもと変わらない一日になる。それでは面白くない。そう思ったことに意味はない。なんとなくそう思った。
店を出て数メートル歩く。ピタリと歩みを止めると前を向いて歩いていなかったのか、ドンッと背中にぶつかる感覚があった。急に止まらないで下さいと小言が聞こえた。ふむと一言。
「えっと……? ミホークさん?」
「もう一件行くぞ」
「え?あ、はい」
戸惑いつつも言うとおりに後ろについてくる気配。これも今日で最後のことだ、そう思うと少し離れがたく思ってしまうのは普通のことだろうか。
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グラスを口に運びながら目線をずらす。ふふ、と上機嫌に声を上げた彼女は両手を合わせて楽しそうに言った。
「ミホークさんって見た目より大食漢ですよね」
「そうでもない。赤髪の連中に比べたら」
「いえいえ。あの人達は規格外ですから。普通に隣で見ていてそう思った思っただけですよ。私の2倍は食べていますよね」
「……まぁな」
「あとお酒強いですよね」
「お前よりは強いだろうな」
足を組み、その上で頬杖を付きながら質問に答えていく。彼女はよくしゃべる。本当に色々なことを聞きたがる。それは相手が誰だろうとそうなのだろうか。例え俺でなくとも。
「そう言えば……結局、お頭とミホークさんってどっちが強いんですか?」
「……それは酒の話か?それとも、」
「あ、お酒の話ですよ?」
決闘の話はいいです。お頭からお腹いっぱい聞かされていますから。そう慌てて手のひらをひらひらと振る彼女をぼんやりと見つめる。本当に話題のつきない女だ。
「さぁな。奴は量は飲める。……が、雰囲気に酔う質だからな。周囲がそうなれば自然とそうなる」
「……なるほど。確かに言われてみればそう、ですね。……じゃあミホークさんは?」
「……俺は」
酒の席のことを思い浮かべてるとどの記憶も奴らと飲んでいる場面ばかりで、それ以外のことが全く浮かんでこない。今思えば、こうして赤髪以外の者と連れ立って飲んだのは、彼女が初めてではないだろうか。結局、比べる相手がいるわけでもなく、基準が分からず考えるのが面倒になった。
「さぁな」
もう、またはぐらかして。ぶつぶつとそう文句を言いながらもにっこりと笑う彼女の横顔に自身の口元が緩んでいく。この時が一生続けばいい……、そこまで思考が回った途端、口元にグラスを運んでいた手が止まる。そして、気付いてしまった。そのまま勢いよくグラスを叩きつけた。ひゃっ!? と上がった悲鳴も頭には入ってこない。今、俺は何を思った?瞳をめいいっぱい開き、先ほど浮かんだことをもう一度思い出す。今俺は……
それは確かに自分が願ったことで。それを理解したとき深入りしすぎたと己の愚かさに気付かされた。必要以上に関わりすぎてしまった。グラスを握りしめ、残っていた酒をあおる。
「ミホークさん?」
2人分の金を机の上に置き、サッと立ち上がって出口に向かう。慌てながらも後についてきた彼女に向かって言う。
「帰るぞ」
そこからは無言だった。彼女は……と言えば、俺が元々口数が少ない方で、時たまこうして無言にあることがあったせいだろう。特に気にする様子もなく、素直についてきていた。そうだ。そういうところも心地良かった。
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今夜の宿につき、部屋に向かう。足を止め、扉を開いて一歩後ろに下がった。後ろにいた彼女がひょっこりと顔を覗かせる。
「今夜も1つなんですね」
まるで独り言のようにそう言うとお先に! と言って部屋の中に入っていった。この奇妙な関係に疑問を持ったことはなかった。借りる部屋はいつも1つ。ずっとそうだった。日によってベッドが1つのところもあれば2つ取れるときもあった。1つしかないところでは彼女がベッドで寝て、俺が椅子で寝る。それが普通のことだった。一緒の部屋であることに対して、彼女は特に何か言うこともなく。むしろあの出来事があったせいか、1人じゃ危ないからと、嬉しそうに笑っていた。
……だが、先ほどのこともあり、少し距離を置いた方がいいような気がした。そこに理由などはなかった。ただなんとなくそう思った。
「今夜は別々だ。俺の部屋は隣に。何かあれば言え」
扉の前に立ち言い放つ。なんで?とベッドに沈めていた体を飛び上がらせた彼女に適当に理由をつけて返す。
「さすがに連日イスで寝るのは堪える」
「じ、じゃあ!! ミホークさんがベッドで!」
「お前をイスで寝かせて見ろ。奴らになんと言われるか」
「…………いつもなら奴らのことなんか知ったことないっていう癖に」
鋭い女だ。ジトリとした目が向けられる。彼女は感が鋭い。気付かれないようにしないとならない。こちらが視線を逸らすと、続けて言った。
「もしかして気をつかってくれています?」
「だったらなんだ」
「今更何で気遣う必要があるんですか。もう何週間も一緒にいたんですよ?」
馬鹿者、だからだろう。
そう言えるわけもなく。言葉を飲み込んでドアノブに手を伸ばす。
「ミホークさん!」
その透き通るような美しい白がこちらをジッと見つめていた。パタン――、扉を閉めた。
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なまえ。お前が思うほど、このジュラキュール・ミホークという男は無関心な男ではなかったようだ。隣の部屋に入り、壁の向こうを想う。もし、今目の前に彼女がいたらどうかしてしまっていただろう。そうならないように立ち回る自身の自制心に安堵しつつ、少し苦々しくも思った。
「つくづく面白味のない男だ」
そう、己を笑った。

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