ぼくとわたしと混ざりあう、二月の真ん中、夜明けの淵*
うとうととした意識の中、いい香りがした。香水とかアロマとかそういう創られたような香りじゃなくて、……こうなんかいい香り? これはあの時に嗅いだ香り……って。パチリと開いた瞼。いつの間にか真っ暗になっていた室内。慌てて首を振ろうすると頬に柔ら…
にがつのまんなか
さざんかいろのあの娘のリップが妬ましい
人の介抱をするのは初めてだったから、こんな経験をするのも初めてだった。やってくれたな鈴ちゃんと思いながらも、人生一度くらいこういうのを経験しておくのも悪くはないかもしれないと、相変わらず鈴ちゃんのこととなると甘いなと自分でも思いながらシャワ…
にがつのまんなか
シャワールームに涙と嗚咽を隠蔽
……べろんべろんに酔っているこのカップルをどうしてくれたものか。すっかり打ち解けて、バカップルになってしまったカクさんと鈴ちゃんのおかげで会話は弾む弾む。そして弾みすぎて飲み過ぎたらしい。途中までは心地よさそうに飲んでしゃべっていた二人も今…
にがつのまんなか
ぼくの溜息で染まりゆくきみの虹彩
カクさんと鈴ちゃんが付き合うようになってから数ヶ月。季節は冬。年末の忙しい季節も終わって、年始のばたばたも過ぎて、あっいう間に2月になっていた。「先輩、そろそろ冬も終わりますし、その前に鍋パーティーとかどうですか?」「それはいいね!」なかな…
にがつのまんなか
夜に融けきれないわたしの躰を砂糖に喩えるあなたはきっと塩の化生
とっさに「いえ、そんな申し訳ないです!」と全力でお断りの言葉を返した私は、ガードの堅い女だと思う。数秒の気まずい沈黙の後、ルッチさんが再び口を開いた。「夜に飲みに出ることがないなら知らなくて当然でしょう。女性の一人歩きは危ない。俺が送ってい…
にがつのまんなか
瞳の奥深くに秘密を咲かせたい
「味はどうじゃった? なかなか美味しかったじゃろ?」と食後のコーヒーを口に運びながらカクさんが言う。「はい。美味しかったです!」「じゃろ?」どうやら鈴ちゃんとカクさんはすっかり打ち解けたらしい。私抜きでもよく話せるようになっていた。嬉しそう…
にがつのまんなか
きみの頬に落ちる睫毛の影の一輪すら愛おしい
「先輩! 助けて下さい!」と、トイレに駆け込んできた鈴ちゃんを抱き止めて、もしや人に追われているのかと出来もしない格闘技を披露しようと身構えたのが数分前。ドラマみたく、バッタバッタと人を蹴り倒したい(または殴り倒したい)という願望があったこ…
にがつのまんなか
夜も朝もあなたのものに成ればわたしはきっと一等星
透坂さんが異動してきてから数ヶ月が過ぎた。もともと彼女には才能があったらしい。めきめきと力をつけて、私の仕事を任せるまでに成長していた。「そろそろカクさんの仕事手伝ってみる?」「…………まじですか?」「うん、まじです」彼女が、うへ~できるか…
にがつのまんなか
氷を張った浴槽の底でマスカラが黒い泡を吐いている
翌日、問題のその子と再び顔を合わせた。「よろしくお願いします」と深々と頭を下げ、礼儀正しく挨拶周りをしている彼女は、どうやら本日付けでこの部に配属になったらしい。一番下っ端であった私のところに最後に挨拶に来たその子は他の人と同じように頭を下…
にがつのまんなか
ぱきぱきみしりと唄うきみのか細いあばらの骨
「それで、カクさんとはどうなんですか?」昼ご飯を食べ終わって自分のディスクに戻る途中、呼び止められた。ここ最近、誰かの視線を感じる……ような気がすると思ってはいたのだけれども、それは気のせいだと思っていた。でも、違っていた。どうやら気のせい…
にがつのまんなか
月並みな言葉を噛砕いて口潜む木曜の朝
いつからだろう、気づいたときにはもうザと音が鳴っていて、見えもしないブラインドの向こう側を見つめた。誰かが「すごい雨だな」と言うと、「今日は一日雨らしいですよ」と丁寧な返事が返った。なんとなく聞き覚えのある声で、気まぐれで視線を向けた。窓際…
にがつのまんなか