早朝、目が覚めた。慣れない船旅をしたせいかもしれない。もう一眠りしようともう一度布団の中に潜ってみたけれどどうにも眠れそうになかった。
用意してもらった個室から飛び出して静まり返った王宮の中を歩いていく。空気が澄んでいて心地よかった。耳を澄ませば打ちつける波の音が聞こえてくる。その音に従うようにして、庭に出て、さらにその向こうにあった崖の方へと足を進めた。
海だ。
どこまで行っても海。真下は断崖絶壁。そう、ここは南海の島国で七海の覇王と名高いシンドバッドが納めている国ーーシンドリア王国。人を寄せ付けない絶海の孤島を開拓してできた国だ。よくもまぁこんなところに国を作ろうと思ったなぁ。暢気にそんなことを考えながら崖に沿うようにして王宮の中を歩いた。
「あれ?もう起きたの?」
廊下でばったり出くわしたのはジャーファルだった。
「うん。なんか目が覚めちゃったんだ。おはようジャーファル」
「おはよう」
そっか、と言って両手に巻物を抱えている彼はシンドリア王国が誇る8人の戦士、八人将が一人、ジャーファル。彼は主に政務官として働いているらしい。以前、私がまだユナンと旅を共にしていたとき、シンドバッドと一緒にいた彼と一度会っている。シンドバッドが暴走した際は大変お世話になった。
その時はまだ八人将とは知らなくて、補佐としてシンドバッドに仕えているとしか聞いていなかった。まさかこんなにも地位のある人だったとはと正直驚いている。なんかタメ口で話してしまっているし。……今更直すのも変な気もするし、でも……彼は国の王の側近なのに本当にこのままでいいのだろうか?とも思う。
「なまえ、ぼーっとしてるけど大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ」
「そう?……じゃ、せっかくだし一緒にくる?」
「どこに行くの?」
「他の八人将のところに行くんだけど、なまえがいいなら皆に紹介しようと思って」
「ああ! なるほど。それは助かる!」
「じゃ決まり。さ、行こう」
「うん!」
半分持つよ、とジャーファルが持っている巻物を受け取って一緒に王宮深部へと進んでいく。いくつもの扉をくぐり抜けて、長い廊下を進んでいくつもの角を曲がった。…………これはもう一人で部屋に戻れそうにない。帰りはヤムライハに案内してもらわないと。後ろを振り返って長く続いている廊下を見ながら苦笑した。
お目当ての部屋には知らない人がたくさん集まっていた。その中で唯一知っているヤムライハの姿を見つけて「おはよう」と言えば、私の姿を見つけたヤムライハも「おはよう!」と元気に挨拶してくれた。
その隣に並んでいる方たち、この方たちが八人将のメンバーなのか。個性豊かな面々に少し圧倒されて半歩後ろに足が下がる。トン、と背中に添えられた手。驚いて隣を見たら「大丈夫だよ」とそう言うようにジャーファルが笑っていた。うん、そうだね。もっとしゃんと胸を張っていないと。ユナンから離れて旅立つって決めたのは自分自身なのだから、もっとしっかりと自分の足で立たないといけない。
目を閉じてゆっくりと頷いた。
「もう皆すでにシンドバッド王から聞いているとは思うが、今、王宮に王の友人が来られている。それが彼女、そこに立っておられるなまえ様だ」
え? え?、と今さっきまでのジャーファルの私に対する扱いが違いすぎていて、目が泳ぐ。さらにそれに加えて心の臓まで抉らんばかりのみんなからの視線で余計に居たたまれなくなった。ずいぶん前、ユナンに「なまえはもう少し礼儀を学んでおいた方がいいよ。その時になったとき、狼狽えて恥ずかしい思いをしないためにさ」と言われたことの意味が今ようやく分かった。そのときは「そんな瞬間、私には一生来ないと思う」とか、なんかそんなことを言い返した気がする。実際今日のこの時まで来ないと思っていたし。……というか、今ですら信じられない。
「彼女は王が懇意にしている相手故、皆敬意を持って接するように」
ジャーファルがそう言った後、そこにいた全員、ヤムライハまでもがその場に膝をついて頭を下げた。そして、私のすぐ隣に立っていたジャーファルまでも。
「あの……ジャ、ーファル…………さん?」
おろおろと震える両手を伸ばして助けをこうようにして話しかけたとき、背後から彼ら八人将が本当に頭を下げるべき相手が現れた。すごく苦手な人だけど、きっとこの人ならばこの状況を打破できるはず。振り返ると、不思議そうに首を傾げているその人が言った。
「お前ら揃って何をやっているんだ?」
「王、おはようございます。今、なまえ様に皆の紹介を……」
「おぉ、そうか」
……そうか、って。ちょっと待っておかしいでしょこの光景! 一国の王直属の部下がちょっと王と顔見知りだからって一般人相手に頭下げているのとか……おかしいでしょ。…………おかしい、よね?
「あの……シンドバッド様?」
「どうしたなまえ」
「えっとですね。すかぽんたんの私の脳では今の状況がよく分からないのですが」
「うむ。状況とは?」
「……なんで皆さんに頭を下げられているのでしょうか?私、貴族でも王国の人でもないです。ジャーファルだって……いや、あの……ジャーファルさんだって、あんなに悠長に話をしてくれていたのに突然敬語で……」
なんだか急に寂しくなってきた。
「……なまえ様?」
なぜ、どうして、私のことをそんな”様”なんてつけて呼ぶの。訳が分からないよ。
「なまえ」
シンドバッドは一言、私の名前を呼んだ。そして、ジッと私の両眼を見つめた。その行動に返事を返すことも忘れて私は彼の両眼をただジッと見つめ返すことしかできなかった。
「君は王が懇意にしている相手としてこの国に招かれたのだ。だからこれは当然の礼であり、なまえはそれを受け入れる義務がある」
「……義務、ですか?」
「あぁ、まぁいわゆる儀式のようなものだ。建前とも言う」
シンドバッドはこんなのはいつものことという様子でスタスタとみんなの前を通って一段上に上がったところに置かれている椅子に深く腰掛けた。そして言う。
「なんせなまえは俺の愛人としてこの国に迎えられたのだからな」
「………………え?」
はぁあああああああああああ???????
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― Chronos / 未来永劫に時を刻む / 時間 ―
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