今日は、浮竹隊長と約束していたあのことについて話をするために、雨乾堂に来ている。
「浮竹隊長を呼んで参りますので、こちらでお待ちください」
「ありがとう、ルキア」
こくりと返って来た頷きと笑顔。こちらも顔を綻ばせて答える。十三番隊を離れてから早十年が過ぎようとしていた。死神にとって十年は大した年月ではない。あっという間に過ぎていく時間だ。……そのはずなのだが、ここ数年は違っていた。やけに濃密な時間を過ごしていたせいか、十年がまるで百の年を数えたように感じられた。そのせいだろうか、十三番隊にいたことが遙か遠く昔のことのようだった。
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ひどく懐かしい心地がする――庭先にある木々が揺れて葉が擦れる。ポチャン――時折、鯉の尾びれが水面を鳴らした。じんわりと耳に響くその音が緊張を解きほぐしてくれる。静かに流れていく時、そこにある情景は記憶の中にあるままで、かつてと何も変わっていなかった。自然と肩の荷が下りた。
雨乾堂は療養に向いたところなだけあって、静かで居心地のよいところだ。縁側では浮竹隊長がいつでも座って休めるようにと毎日の掃除が徹底されていて、私がいたときはいつも縁側に目を光らせていたっけな。そこは浮竹隊長の一番のお気に入りだったから。
「待たせたな!」
元気よく登場した浮竹隊長が手を振りながら歩いてくる。にっこにこ、だ。その笑顔を見るだけで胸が爆ぜそうになる。どうにか押し止めて二人一緒に縁側に腰掛けた。
「よい天気ですね」
「あぁ……本当にな」
すぐにルキアがお茶と茶菓子を持ってきてくれた。二人で礼を言って、茶を啜る。去って行くルキアの背中を見つめながら、私は本題を切り出した。
「お約束を果たしに参りました」
「……そうか」
ほんの少しだけ、空気が重くなる。けれど、私はそれを物ともせずに続けた。
「まずは、あの御方の件ですが」
「あぁ……ミミハギ様の件か」
「隊長の肺はもう元の通りに戻っています。なので、ただ取り除くだけで大丈夫でしょう」
「問題はそううまくいくか、だな」
「…………それはやってみなければ分かりませんが、」
分からないけれど、なぜか上手くいくと確信している私がいた。理由なんてものはない。使用する神具の開発を浦原さんと綿密に重ねたし、私の斬魄刀のチカラさえあれば、どうとでもなる……そう確信していた。
「……なまえ?」
不安げに瞬く、隊長の手頸に手の平を添える。
「隊長……大丈夫です。どうか、この私めを信じて下さりませんか? 絶対に、なんとかしてみせます……!」
私にとって、浮竹隊長は……十四郎さんは、救いの神に等しかった。私を拾って育ててくれて、愛情を注いでくれた。私がこうして道を踏み外すことなく、この場に留まっているのはすべて彼のおかげなのだ。
十四郎さんの真っ白な御髪が風で大きく舞い上がる。
「なまえは、どうして俺にそんなにも尽くしてくれるんだい?」
切なげに寄せられた眉。その下にある瞼が小さく震えていた。引き結ばれた唇が苦しそうに息を繰り返している。……私は――
十四郎さんはずっと苦しんできた。生まれてからずっと苦しんで、髪が真っ白になっても、血反吐を吐いても、神にしがみついてでも、彼は生きることを諦めなかった。そのおかげで、私はここにいる。
「私がここにいるのは十四郎さんの命があったから。私は貴方の命と共に生きています。十四郎さんがいない世界なんて考えられません。私にとって、貴方はかけがえのない、大切な人――ふふ、狡いって思っていますか?」
ふ――と肩の力を抜くように笑った十四郎さんがゆるりと首を横に振る。
「あぁ……まったく、君は本当に狡い子だ」
にっこりと十四郎さんが笑う。そして、両手を組んで、額に押しつけながら、願うように、祈るように、まるで自分に言い聞かせるように、彼は言った。
「誰かが何かを選ぶ――それを決めることを強要してはならない。ここはそういう世界だ。ここにいる皆はそれを理解している。例えば、チカラの優越で定められていることならば、それは従うべきであろう。それもまた、そういう世界だ。だが、意思というものの本質、その者の魂の在り方はその者だけが決めてよいのだ――私の言いたいことが、分かるか?」
「…………はい」
「だから、どうか――俺が君を愛しているということは分かっていて欲しい」
「……分かっておりますよ」
そっと触れた指先が、私の指の間に滑り込んでくる。
「これから先、幾たびも、数え切れないくらい、俺は囁くだろう。それをどうか許してほしい。俺にとって君は本当に大切な人なのだ」
「…………はい」
苦しい……胸がとても、苦しい。もしも、あの時、私と十四郎さんがはじめて想いを通わせた日に、生涯を共にすると誓い合っていたのであれば、私はきっと、藍染隊長のことも、市丸隊長のことも、すべてをかなぐり捨てて、彼の隣に立つことを選んだろう。たったそれだけで、約束を交わしただけで、私の気持ちは十四郎さん以外に揺らぐことはなかったと自信を持って言うことができる。
……でも、現実は違った。
あの日、私は十四郎さんに生涯を共にすることを求められなかった。それは、そういうこと、私とはそれまでの関係だと言うことだったのだと、頭のどこかでそう思ってしまったのかもしれない。だから、あとからどんなに言われたとしても、私は決めきることがどうしてもできないのだ。
「俺は今ほど、悔いるということをしたことはない」
鼻先が触れるほどに寄せられた真っ白なお顔を見つめる。落とされた視線。伏せられた瞼。震える睫を黙って見つめた。
「すべては己のしたことだ。俺はそれを受け入れると決めた。だから――」
ゆっくりと、十四郎さんの瞼が上がっていく。
「どうか、この醜く縋る俺のことを赦して欲しい……」
近付いてくる唇を静かに見つめる。ここで受け入れるということは背負うということだ。十四郎さんはただ想うだけでは嫌だ、とそう言っている。どうか、答えて欲しいと、自分の弱いところをさらけ出して、声を震わせながら、必死に、私に。
すぅ――息を深く吸い込む。
「…………はい」
ゆっくりと頷く。
私はそのまま十四郎さんを受け入れる。まるで婚姻の誓いを交わすように、優しく重ねられた口付け。この先、私と彼が皆の前で永遠の誓いを交わすことはないとしても、私たち二人の間だけで婚姻の誓いを交わしたような気持ちだった。
それは十四郎さんも同じだったのか、白い頬を真っ赤に染め上げて、嬉しそうに笑みを浮かべて、私のことを抱き締める。
「…………大事にする」
「ふふ……きっと、苦労の方が大きいですよ? 今更ですけど、私でいいのですか? もっと、甲斐性のある方の方が……ご存じの通り私は……貴方だけの私にはなれない身の上ですよ?」
「……なまえ以外に誰がいるというのか。俺は一度死んだんだ。この先、俺の命はなまえと共に、君のためだけにある。……分かっているくせに、君はいつも意地悪を言う」
「……いえ、そんな! そんなつもりはないんですけど」
「…………では、無意識で? それこそ質が悪いぞ。……まったく」
ため息を吐きつつも、抱き締められる。むぅ……と唇を尖らせる間もなく、「そういうところも大好きだ」と言われてしまえば、ただただ頬を赤く染めるしかなかった。
「十四郎さんも大概、意地悪ですね……」
「そうか? では私たちは似たもの同士だな」
ニシシッ――幸せそうに笑う彼の顔が眩しく光り輝いていた。私の光の君は貴方だけなのです、浮竹十四郎様。
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20240415 End.
Afterword
浮竹隊長が好きすぎて辛い……幸せにしたいけどなんか気づいたら設定がこんなことになっちゃってて幸せにしてあげられなくなったった今更取り返しつかない辛い。ごめんね、みんな! 一途過ぎる浮竹隊長を是非楽しんでくれ……!
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