08:可及的速やかなる解決法

月に一度の隊首会の日。どの隊の隊長も副隊長を同伴してやってくる。隊長たちが会議の部屋に入り、私たち副隊長は待合室で待ったり、忙しい人は一旦隊舎まで戻って仕事をしたりする。

副隊長は隊長ほどではないが忙しい役職なので、こうして全員と顔を合わせる場はあまりない。そのため、情報交換の場として打ってつけだ。以前の、三番隊にいた頃の私であれば、乱菊さんや七緒さんと楽しく話すのだが、……今日はそうもいきそうになかった。今日は、私が十三番隊の副隊長として参加し、さらに橘さんが三番隊の副隊長として初めて参加する場なのだ。

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「あら~! 可愛いわねぇ。こんな若くて可愛い子が副隊長なんて、すごいわねぇ!」
「最速で卒業と伺いました。すごいですね!」

乱菊さんも七緒さんも新人と楽し気に話している。私も参加すればいいのだが、正直、なんて声をかければいいのやら。何を言っても噂の的になってしまいそうで怖い。この部屋は別に副隊長だけじゃなくって、普通の隊士もいるので、迂闊なことは言うべきでない。しかしながら、場の流れというものは恐ろしく……いや、違う。女子はおしゃべりし出すと止まらない。それは例え副隊長であっても変わりのないことだった。

「いえ、そんな……皆さんこそ、副隊長はお忙しいのにすごいですね。わたしは毎日へとへとですよ」
「あーそれは、隊長が隊長だからねぇ……ねぇ、なまえ?」
「へっ!? あ、うんっ!」
「ギンってすぐにサボるでしょ?」

流石、乱菊さん。よくご存じだ。

「あはは……まぁそれなりに、かなァ」

「え~全然そんなことないですよ? 市丸隊長すごく優しくって、いつも助かってます」
「……え”? あのギンが……?」

びっくりして乱菊さんと顔を見合わせる。そのままお節介だと分かっていてもつい言ってしまった。

「本当に大丈夫? 無理なこと言われたら断ったらいいんだからね。市丸隊長、容赦ないところがあるし……」
「いえ、全然ですよ?」
「……ならいいんだけど」
「この前なんて、「あとは僕がやっとくから先帰ってえぇよ~」って言ってくださって」
「……え? あの隊長が?」

ちょっと待って。私のときはそんなこと一回もなかったんですけど、どういうことですか、市丸隊長! あ”ーなんか腹が立ってきた!

「人って知らない一面があるものなのねぇ~」

乱菊さんの言葉に強く頷いた私なのだった。

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隊首会が終わったらしい。一足先に来た伝令が教えてくれて、私たち副隊長は待合室で今か今かと待つ。この後は浮竹隊長と技術開発局に向かって――と後の予定の確認をしていた時だった。

「……みょうじ副隊長」

小声でこそっと、橘さんが話しかけてきた。

「どうしたの?」
「実はずっと伺いたかったことがありまして……こんな場ではよくないと思うんですが、お互い忙しいのでここで話をしてもよいでしょうか」
「えぇ、大丈夫」
「あぁ……良かった。実はずっと気掛かりで」
「……?」
「みょうじ副隊長と藍染隊長って付き合っているんですか?」
「…………へ?」

思わぬ質問に、間抜けな声が大きく出てしまった。周りの副隊長が不思議そうに見てくるのを慌てて首を振ってやり過ごす。体を小さくして、背の低い橘さんの耳元に寄せてこっそりと言う。

「急になんの話……?」
「いえ、そんな風に見えたので」
「……えぇ」

今までこんな風に誰かにストレートに聞かれたことがなかったので驚いた。確かに一緒にいる時間は多かった。藍染隊長のスキンシップも多かった。……けど、皆の前では、私は明確に一線を引いていたし、藍染隊長が「彼女を隊に誘っているんだ」と公言していたので、誰も疑っていなかったと思う。

「どうなんですか」
「まさか、付き合ってないよ!」

危なかった……。少し前なら言い淀んでしまっていたかもしれない。今はちゃんと気持ちにケリをつけていたから迷うことなく答えることが出来た。

「そうなんですか! あぁ……良かった!」
「藍染隊長と仲が良いから付き合っているかと思っていたんです」
「そうなんだ」
「私、藍染隊長のことが好きで…………」
「藍染隊長、優しいものね」

アイドル化していらっしゃるので、皆さんがどのように彼を見ているのか、理解しているつもりだ。腹の内まで知っている人はいないだろうけど。

「えぇそうですよね。あと、たまに見せる冷たい目とかも、ゾッとするくらいに素敵で……!」
「……え、冷たい……目?」
「えぇそうなんです。え、知らないんですか?」
「あ……うぅん。そんな目をするのね」
「もしかしてこれって、私の前だけなのかな。きゃぁ……どうしよっ」

あ……あれ、なんだか自分の世界に入っていってない?

「あのっ、みょうじ副隊長!」
「あ、うん。どうしたの?」
「もし良かったら、私ともっと仲良くしてくれませんか?」
「…………へ?」

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橘さんの話術に流されてしまった私は、かなり強引な流れで友達になってしまった。互いに愛称で呼びましょうと言われて、渋々下の名前で呼び合う仲に。……友達ってそういうのじゃないと思うんだけど、言ったところで聞いてもらえるとは思えないので黙って頷いた。そんなことは些細なことだと思うように自分に言い聞かせた。

今日はそんな橘さん――改め、緋沙羅ひさらちゃんに呼ばれて流魂街に来ていた。お近づきの印にご飯をご馳走してくれるそうだ。……うん、思っていたよりもいい子だったな。ちょっと言葉が刺々しいのが気になるけど、そのくらいは……まだ彼女は若いし、これから丸くなっていくだろう、きっと。

 

ピピピピピピ――伝令神機が音を立てた。

「はい――十三番隊みょうじです」
「なまえさん、すみません! 迷いました!」

慌てた声でかかって来たので何事かと思ったら、相手は待ち合わせ相手の緋沙羅ちゃんだった。

「ふふっ、そうなの? 別に大丈夫だよ。えっと、今どこか分かる?」
「えーと、いえ。目印がなくて。……っ、あっ、ちょ……!「あーもしもし。ぼくや、ぼく」」
「……これはどーも、市丸隊長」
「なんやうちの副隊長がおるなーと思ったら、迷子みたいやな。隊舎まで戻るついでに連れてくわ」
「えぇ、そうですか。なら安心ですね。では、……えぇっと、緋沙羅ちゃんー?」
「あっ、はい!」
「ご飯食べに行くのはまた今度にしようか。次は三番隊の隊舎前迎えにいくからさ」
「あっ……、ごめんなさい! せっかくの時間を……」
「ううん。またいつでも誘ってくれたらいいからね」
「……はいっ」
「じゃあまたね」

そう言って電話を切る。緋沙羅ちゃんには市丸隊長がついているので安心だ。……となれば、私の今日の昼飯の心配をしなければ。いつもなら隊舎の食堂で食べるところだけど、もう流魂街まで着いちゃうところだし。こっちで食べて戻ろうかな。

どこにしよっかなー、と考え事をしながら街の角を曲がったときだった。

「ふがっ…………」

人にぶつかってしまった。

「っ、ご…………ごめんなさっ……いぃ――」

見上げたところ、こちらを見下ろして微笑んでいるのが藍染隊長だったので、あまりの衝撃に声を失って頭の中が真っ白になってしまった。

「みょうじ副隊長」

耳元で低く重い声に呼ばれてハッ――とする。一瞬意識が飛んでいた。飛び上がりながら慌てて身を引く。

「ごっ、ごめんなさい! 不注意でした」
「いいや、別にいい。大丈夫かい」
「え、えぇ……はい」

幸いなことに隊長の服は汚れていないようだ。はぁ……良かった。

「大変失礼しました。では私はこれで……」
「待ちなさい」

え……?

まさか引き止められると思っていなかった私は不躾だとかそんなことを考える余裕もなく、両目をこれでもかと見開いて藍染隊長のことを凝視したのだった。

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まさか食事に誘われるとは。連れて行かれたのは藍染隊長の邸宅で、ここに来るのも久しぶりだなぁと辺りを見回した。

「まぁなまえさん、お久しぶりですね」
「えぇ、お久しぶりです」

藍染隊長の使用人の方々に挨拶を交わしながら邸宅の中を進んでいく。

「今から準備しますので、少しお時間いただきますが……」
「構わないよ」

そう言うと、藍染隊長は食事の部屋に通してくれた。支度が整うまでは暇だろうからと、縁側の襖を開けて庭を眺められるようにしてくれる。付き合っていた頃は、よくここで肩を寄せ合いおしゃべりをしたものだ。整えられた日本庭園は見ているだけで気持ちがいい。ただぼーっと何も考えずに見ていると疲れが癒えていく気がする。

ご厚意に甘えて、縁側に座り足を降ろすと、藍染隊長もその隣に腰を下ろした。すぐ隣ではなく、人ひとり分が開いている。その気遣いが有難いと共に、もう私たちの関係は終わったのだと実感させられた。

「なまえ」

名前を呼ばれるのは別れてから初めてのことだった。

「…………?」

隣を見ると、こちらを見つめている藍染隊長。着物の袖の中に手を入れて何か、取り出そうとしている。出て来たのは小綺麗な布袋だった。

「左手を」
「……左手ですか?」

おずおずと手を開く。一体何をするのだろうか、警戒しつつ手を差し出すと、クスッと藍染隊長が笑った。「噛まないよ」と言われて笑う。「本当に……?」と冗談を言うと、藍染隊長も笑った。隊長は笑いながら布袋から小さなものを取り出した。それをそのまま指に……って!

「え、ちょ……! ま、待ってください!」
「ん、どうして?」

待つことなく、そのままするすると、私の左手の薬指にまあるい輪っかが入っていった。衝撃のあまり顔を上げると、藍染隊長がとても嬉し気に笑っている。

「何をやって!」
「すまないね」

それは謝る人の姿勢じゃない……! 慌てて手を取り上げて指を確かめる。私の左手の薬指にはシルバーの指輪が嵌っていた。

「これはどういう……」
「お守りだよ」
「お守り……?」
「最近体調が悪かっただろう? この指輪は大抵のものを跳ね除ける。病気にはまずならない」
「え……すご……」
「あぁ、すごいだろ? だから、君にプレゼントだ」
「……えぇっと、あの、大変嬉しいのですが、私には身に余ると言いますか、そのう……」
「ぼくからのプレゼントを断ると……?」
「えっ、あっ、い、いえ! そんな!」

あたふたしていたら、「食事の支度が整いました」と声がかかる。

「すぐに行くよ」

そう返した藍染隊長に促されて立ち上がる。

「いいかい。肌身離さずつけておくこと。分かったね」
「あ……でも、これ…………」

藍染隊長は知っているのだろうか。現世では、左手の薬指に指輪を付けるのは婚約指輪だってこと。そう思いながら、ふと、彼の左手薬指を見た。――そこに指輪はなかった。

あぁ――なんだ。そうか、私の勘違いか。婚約指輪は二人がつけて意味があるらしい。揃いのものをつけるのだ。でも、この指輪は私だけがつけている。っということは、深い意味はない。ただ単に、私の身を案じて用意してくれただけなのだろう。それなら、これ以上つべこべいうのは申し訳ない。

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