虚園に思い入れはない。必要に迫られて越して来た場所だ。緋沙羅の話の通り、もともとの計画にあったのでそのまま利用した。ただそれだけの場だ。その後、どうするかについては深く考えていなかった。
はぁ……面倒だが、ここを離れるのであれば避けられないことがある。私の後釜についてだ。順当にいけば、後任は第1十刃 になるが……。こいつに担えるとは思えない。他の連中も、どいつもこいつも力不足。今、頭を悩ませている問題は、破面の中に代役が務まる者がいないことだ。……ならば、いっそのこと、ギンにやらせてみるか。
「この先どうする気ですか」と小言を言っているギンに、試しに「お前が天に立つか」と聞くと「……は? なまえちゃんに会えたのが嬉し過ぎて気でも触れたんですか」と言われた。……この男はだめだ。
思案していたところ、要の姿が目に入った。なまえの妹を送り、侵入者等への対応が終わったようだ。
「かな「私はどこまでも藍染様についていきます」……め、も駄目か……」
要に至っては考えることを放棄している。
「いやいやいや。そもそも、自分が蒔いた種なんですから。最後まで責任もって面倒見てください。僕らじゃ手に負えませんって」
「…………ちっ、面倒だな」
ため息交じりに呟く。
「あの……藍染隊長」
ひょっこりと腕の中から顔を出したなまえが言う。先ほどまで目元がぱんぱんに腫れていたが、鴻鵠の力ですっかり元通りになり、平常運転に戻っている。
「あぁ……落ち着いたか、なまえ 。それはそうと、私はもう隊長ではないよ」
「え、でも……ギンは隊長と……」
「……ギン? へぇ、君はこのぼんくらをギンと呼ぶくせに私のことは他人行儀に呼ぶのだな……」
「あっ、いえ……そういうわけじゃないんですよ? 言い慣れているからというだけで」
「そうか…………では、呼べるね?」
「は、……はぃ……」
「……なまえ?」
「そう……すけ……?」
「くっ……」
久々の名前呼びは思っていた以上に胸にくる。敬称もなく呼ばれるのは記憶を失う前が最後だ。これでようやく真に君の隣に戻ってきた気がする。二人の間にある隔たりにずっともやもやさせられてきた。だが……これでもう――
「はいはい。いちゃつくのはその辺にしておいて、今後の話をせんと。今は侵入者は戻ってますけど、いつまた攻め込んでくるか分かりませんから」
「…………」
「え、どうしてですか?」
「……君がおるやろ。ここに」
「……?」
「君、尸魂界の副隊長格やったやろ? 取り返しにくる理由としては十分やで?」
あっ、と口を開いたなまえはようやく自体を把握したらしい。事実は別として、傍から見ると、妹は取り返したが今度は姉が誘拐されたことになるのだ。織姫が帰還して、なまえが戻らなかったら尸魂界側も気付いてしまう。
「簡単なことだ。尸魂界を潰せばいい」
「ちょっ、また物騒なことを! 駄目ですよ! 駄目ですからね!」
「あのどうしようもないクズ共は生きている価値がない」
「なんでそんな風に言うんですか……かつては仲間だったじゃないですか」
「あいつらは、仲間である君を……傷つけたじゃないか」
「…………それは」
ぐっ、と唇を噛んだなまえが言葉を濁す。
藍染も市丸も、なまえの予想外の反応を見て目を見張った。まさかなまえ自身がそれに気付いていたとは……、予想外のことであった。だったら、どうして逃げなかったのか。いつでもこちらに来たらいいとあの豪雨の夜に誘いをかけたときに来ればよかったのに。二人の頭は疑問で埋め尽くされている。
何かを言いたげななまえは、結局何も言わずに口を閉じてしまった。何故か申し訳なさそうにして、顔を落としている。ゆるりと抱き締めていた藍染の腕の中から抜け出して、自分の足でしっかりと立つと彼女は言った。
「尸魂界に戻ります。ちゃんと話をつけて、またこちらに返ってきます」
「…………いつ?」
冷えた声にその場の温度が数度は下がっただろう。藍染は今までとは違う作られた笑顔を浮かべている。あの愚かな連中が、有能ななまえをはいそうですか、と手放すわけがない。彼女の斬魄刀の力は私と並んで未曾有の力を持っている。彼女一人が尸魂界の全員に匹敵しうるのだ。なまえは自分の有用さに気付いていない。この私を縛った女だぞ、君は。
「それは……説得でき次第になるので……」
「……だめだ。待てない」
「っ、……我儘言わないでください」
「駄目に決まっている。私はもう待たない。君を離しはしないよ」
「でも、戻らないと!」
「……どうしたんだい。さっき私に願ったじゃないか『傍においてください』と」
「えぇ! 本心です! ですが、尸魂界と喧嘩をするわけにはいきません。そうなったら、未来の話のように、貴方が地下監獄に送られるかも。それじゃぁ……一緒にいられなくなる!」
「……君を悲しませるところなんて滅べばいい」
「っ、惣右介!」
「――でしたら、同盟を結ぶのはどうでしょうか」
ふと、要が言った。
「……同盟、だと?」
「はい。以前伺った話によりますと、今後迎える強敵に備えて、両陣営共により強くなる必要があるんですよね? 尸魂界と虚園が争うよりも協力し合った方が確実に力になります」
「……確かに、そうかも?」
「……だがそれでは連中が野放しに……いや、待て。同盟、か……」
「えぇ、同盟です。ですから、ある程度の協力関係を築くことになりましょう」
「つまり、我々が向こう側に行くと」
「藍染様の力があれば、それだけではなく干渉することも可能かと……」
「ふむ……いい案だな」
「そうなれば、私がここにいる理由付けもできそうですね」
「あぁ。大使として出向くという大義名分ができる」
ほっ、と息を吐き出したなまえの顔色が先ほどより良くなったように見える。やはり、尸魂界に戻すわけにはいかないな……。
「藍染様。我々はどういたしましょうか」
話が終わるのを待っていたように、足元にウルキオラが現れた。
「破面勢の今後についてはまだ固まっていない。各自、今まで通り過ごすように」
「分かりました」
……この場にはちょうど十刃が出揃っている。機会としてはちょうどよい、か。
「なまえ、少し時間をもらえるかい」
「……え? あ、はい」
なまえを抱き上げて玉座に向かう。腰を下ろし、なまえを膝に乗せようとしたら「それはちょっと……」と断られた。仕方がないので、すぐ隣に立つように言った。
壇上から見下ろす先、円卓の席につく連中がサッと顔を伏せたことを確認し、淡々と話す。
「この者たちが破面の中でもマシな連中だ。上から十。私が適当に見繕い、十の刃と書いて、エスパーダと位を与えている」
「まるで、護廷十三隊の隊長ですね」
「どこの組織も行きつく先は同じだ。効率を考えるとそうなる」
「……なるほど。『惣右介』に言われるとしっくりきますね」
なまえの発言の直後、ざわり――その場の空気が揺れた。
あの藍染様が名呼びを許しておられる。十刃の連中は、人間の機微に疎いが、名というものに強いこだわりがあった。それが自身を自身たらしめる唯一の個性だと感じていた。トップである藍染が恋人として傍に置いていた、あの緋沙羅ですら許されなかったことだ。――この女は一体何者なのか。
「私は顔を上げることを許していない」
「「「「「っ、~~~~」」」」」
バンッ――巨大な霊圧が円卓を叩きつける。何人かの十刃は顔面を卓上に叩きつけられ意識を飛ばした。トップ数名はそれに耐えつつ、額に冷や汗をにじませる。凄まじい霊圧だ。
「なまえ、その言葉遣いもどうにかならないか。少しちぐはぐだろう?」
「いやいや。だって、こんな偉い方なんですよ?」
「……あぁ、そうだとも。その偉い人は誰だ?」
「惣右介?」
「偉い人を名で呼ぶ君も十分偉いとは思わないのかい?」
「あ……、でも、これは……あなたが……」
「ふぅうん。そういうことを言うのかい。君の言う『偉い』人に呪縛をかけていた君が……?」
「あっ、ちょっとそれは卑怯です!」
「卑怯じゃないよ。君は……君は十分私の隣に並ぶ資格を持っている。だから……私たちは対等だ。どうかそれを分かって欲しい」
「う……」と喉を詰まらせたなまえ。自分たちは一体何を見せられているんだ、とぽかんと口を開いた十刃。気を失っていた者も意識を取り戻し、二人のやりとりを両目を見開いて見ていた。これは幻覚か? 頭を強く打ったせいか? と思いながら。
「まるでロマンスの一幕や。この先これがずっと続くんか……」
「いいではないか。ギン。藍染様は幸せそうだ」
「いや別に僕はあの人を幸せにしたいわけやないからな」
僕はなまえちゃんに恩を返せればそれで……。市丸は両目を開く。顔を真っ赤に染めたなまえが、「こんなの公開処刑じゃないですか!」と反論している姿を見ながら、これはこれでハッピーエンドってやつになるんやろうか、と呟いた。
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「それにしても……みんなボロボロ。これはどうしてなの?」
見事に言い負かされたなまえが、藍染の言葉通りに口調を改めることとなった。あまりに意識するあまり、片言になっているが、そこもまた可愛いところだと藍染は満足いっぱいの気持ちでなまえの言葉に耳を傾けている。
「侵入者との戦闘で負傷しているだけだ。己の弱さが招いたこと。心配せずとも、そのうち治る」
「でも、この分だと相当かかりま……かかるよ?」
「ならば、次はもっと強くなればいい」
だとしても……彼の力不足を招いた原因の一つに、崩玉が完全に力を取り戻していなかったことがあるのだとしたら……。なまえは責任を感じていた。
「……こほん」
咳ばらいをしたなまえが無言で腰に手を置いた。それに気づいた藍染が待て――というよりも早く、なまえは問答無用で能力を行使する。
「律せよ、鴻鵠」
きらきらと光の粉が舞い落ちる。十刃の連中が呆然と瞬いている内に、彼らの体は隅々まで治っていった。
「すみません。服までは治せませんでした」
ぺこりと頭を下げるこの女は一体何者だ。十刃は、みるみる傷が回復していく自身の体となまえを交互に見た。隣に座る藍染が凄まじいオーラを纏い、自分たちを睨みつけているところまで含めてしっかりと。
――と、くらり。女の体がふらつく。藍染が立ち上がるまでしてその体を支えていた。
「力の使い過ぎだ。このようなことに君が力を使う必要はないだろう!」
「ううん。だって、彼らは惣右介の大事な仲間でしょう?」
「……違う」
「あぁ……そうだった。ギンから聞いたよ。崩玉の力を使って顕現させたんだって。ならむしろ、……子供? みたいなものになるのかな? だから、大切にしないと」
「…………子供と呼べるのか、こいつらが」
「ふふ……。それでいいんじゃない? 惣右介より弱いんだから、しっかり守らないといけないでしょう? だから、私も守るよ」
「……だからと言って、君が苦しむのは違うだろう? 顔色が良くない」
「え? 苦し……? ううん。このくらい何ともないよ。いつもやっていたから」
「……………………いつも?」
「えぇ、だから大丈夫なはずなんだけど……ごめん、なんだかすごく……眠いかも」
「君の猪突猛進ぶりには振り回されてばかりだ」
「ふふっ、ごめんね。いつもありがとう……」
「気にするな。これが私の役目だ。……もう眠るといい」
「……うん」
意識を手放したなまえをしっかりと抱き締めた藍染が顔を上げる。
「聞いたか、ギン。要」
「……しかと」「……はい」
「いつも」と言っていた。いつも、このレベルの回復をさせられていたということか。
「恋しくて恋しくて仕方がなかった君がボロ雑巾のように使われる姿を見て、私が許すわけがないだろう――覚えていろ、クソ虫ども」
馬鹿みたいな霊圧が暴れ狂う玉座を見上げた十刃は、彼女こそが藍染の隣に並ぶ御方だと悟ったのだった。
「あちゃーこりゃぁ、嵐が起きそうな予感やな……」

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