02:頬にくちづけ

身体がすっかり回復してから、生活習慣の見直しをするように……とボガードからのお達しが出た。何なら働かなくてもいい! とまで言われたけど、今までずっと働いていた人が急に働かなくなったら逆にメンタルやられるんだよ!? 今すぐ海軍辞めてって言われて辞められる? って言い返したら、「すまない」て謝られた。ド正論で勝てたのがちょっぴり誇らしい。

――というわけで、仕事は続けてもいいけど、見直しは行うことに決まった。

 

まず第一に言われたのが、毎日の癒やしになっているボガードとの朝のひととき。それはやめた方がよいのではないか、とボガードに言われた。彼曰く、私は朝が弱いようなのであまり無理はして欲しくないということ。

……いや、待って……待って欲しい!

確かに私は朝は強くないけど、あのひとときは、私の癒やし時間なのだ。朝だけはボガードの壁が薄くなって、軽いハグをしてくれるようになったというのに……! それがなくなってしまうなんて……! そんなことは考えたくもない……! って言い返すのは流石に恥ずかしかったので、普通に「ボガードの美味しいコーヒーを毎朝飲みたいです……」と控えめな反論を返した。

「…………分かった」と、顔を背けながら頷いてくれたので、恐らく嬉しかったんだと思う。心なしか、空気も柔らかくなった。もしかしたら……本心ではボガードも一緒に過ごしたいと思ってくれていたのかもしれない。

「では、仕事の時間を減らしてはどうだ」
「うーん。……だよね。普通に考えたらそうだと思う」
「……嫌か?」
「嫌……というか。……私ね、趣味が特になくって。家事以外の時間にやることがないんだよね。だから仕事を趣味みたいにしてて……」
「あー。分からなくもないな。俺もそんな感じだ」
「……あー」

似たもの夫婦だな、私たち。

ボガードが淹れてくれた、出来たてのコーヒーを味わう。舌に広がるコクを感じながら目を閉じる。う~ん。趣味を探そうかなぁ。そうしたら解決……? でも、この年になって今更、趣味なんて……。

あ…………ある。私にも趣味みたいなものがあった。

「ボガード」
「ん?」
「私ね、ボガードと一緒にいるのが趣味なの」
「…………???」

本当に意味が分からないのか、目を点にした彼が、何度も瞬いている。滅多にないボガードのコミカルな表情に吹き出して笑ってしまった。

「あははっ」
「それはどういう……?」
「仕事は、お昼の仕事だけにしてもらうようにするね」
「あ……そうだな」
「それで、その代わりにボガードは、毎朝、家を出るときに私の頬にキスしてよ」
「…………はっ!?」

隣に座るボガードの顔を下からじぃーと覗き込む。目が合うと、彼はそっぷを向いてしまった。可愛いなぁ……もう大好き。テーブルに肘を付いてぐいっと身体を寄せる。同じく肘をついていたボガードの二の腕のところに頭をこてんと落としながら続けて言った。

「私の趣味、さっき言ったでしょう? 私の趣味は、ボガードと一緒にいること。ボガードが私の世界のすべてだから、私に恵んでくれない?」

我ながら無茶苦茶なことを言っているなぁ、と笑う。でも、真面目な彼の事だから、曲がりなりにもその願いを叶えてくれそうだなと思ったのだ。彼は良くも悪くも実直な人なもので。

「ねぇ?」と軽く身体を押す。まるで子犬のように身体をビクつかせた大型犬の姿を思い浮かべながら、ちょっと意地悪だったかなと少しだけ罪悪感を感じつつ、いや……そんなことを気にしていたらこの男は一生このまま、で止まってしまうだろうから、気にするのはやめておこうと胸に誓った。………もうすでに何回も誓ったことあるけど、重ね重ねしておきました、はい。

 

「わ……分かった。それでなまえの生活が改善するのなら……善処する…………」

わっ――すごい……! ボガードが進歩した! 何の前触れもなかったから吃驚した。どうしよう、すっごい嬉しい……!

「ボガード、こっち向いてよ」
「いやだ」
「なんで?」
「…………」
「ボガードさーん? 私の生活環境の改善のために、一肌脱いでくれないの? それとも、私のこと嫌いになっちゃった……?」
「っ、――ずるいぞ、なまえ!」

振り返ったボガードのほっぺたに「ちゅっ」としたら、みるみるうちに真っ赤に染まっていくという、大変芸術的な絵面を見ることが出来た。

いつも思うけど、彼の真っ赤になった顔は本当に愛おしい。

――と、そんなことを思いながら、にまにましていたら「ちゅっ」とほっぺたに衝撃が――ッ!? ボガードが! ボガードのほうからキスをしてくれた……!

「……これで、いいのか」
「っ、…………うん!」

照れくさそうに笑ったボガードが、もう一度、キスをしてくれる。それが嬉しくて、すりすりと頬を寄せた。

「よせ……」
「なんで?」
「……こっちの身が持たない」
「ふふっ……じゃあ早く慣れてよ?」

はぁ……どうしよう。ボガードのデレが……貴重なデレが愛おしくて堪らない。

その後も、私たちはどちらともなく、口付けをするという、練習という名の至福の時間を一緒に過ごしたのだった。

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