深夜――
最近、仕事が長引いて残業が続いている。遅くなる日は先に寝てくれていいと言っているので、帰宅したときにはもうなまえは眠っていた。朝は顔を合わすが、それほど長くはない。
スキンシップが足りない……そう思いはするが、どうしようもなかった。
長期遠征が近づいてきているせいだ。
残業が続いているのもそのため。仕事柄しようのないことだと頭では理解しているが、海兵でさえなければ……そんな魔がさすことがないわけではない。
シャワーを浴び終えて、寝室に向かう。静かに入った部屋の中、なまえが気持ちよさそうに眠っていた。起こさないように……そう思うのに、彼女の目が開く瞬間を考えてしまう。そっと唇を寄せる。彼女の瞼の上に触れるか触れないか、そのくらい優しい口付けを落とした。
なまえの笑った顔が見たい。「おかえりなさい」と抱き締めて欲しい。こんなに近くにいるのに、まるでかつて離れていたときのように、遠い存在のような気がして、心が寂しくてたまらなかった。
「遠征なんぞ……爆発してしまえ」
「……ん」
つい、口に出してしまった。そのせいか、なまえが身を捩る。そのまま息を殺していたら「……ボガード?」と愛しい妻の声がして、内心は震えるくらいに嬉しかった。
「……すまない。起こしてしまったか」
「ううん。全然気にしないで。私の方こそ、先に寝ちゃってごめんね」
寝ぼけ眼のなまえは愛らしい。ぼんやりとどこを見ているのか分からない瞳が一生懸命に俺の姿を探している。それを助けるように、なまえの手を優しく握った。
「おかえり、ボガード」
「ただいま、なまえ」
「中に入る?」
「ん、あぁ……」
歯切れの悪い返事に首を傾げたなまえがゆっくりと身を起こした。寝ているところ、申し訳ない。そう思いつつ、これから先、遠征が始まるまでの間でしっかりとした時間が取れる保証もない。もしかしたら今以上に、家に帰れなくなるかもしれない。そう思ったら、今しかないと思った。
「話しておかないといけないことがある。……聞いて、くれるか」
「もちろん」
笑顔で頷いたなまえにほっとする。心苦しさは相変わらずだったが、ずいぶんましになった。
「でも、まずは中に入って。ほら……」
言われるがまま、布団の中に身を滑らせる。すぐ隣に座るなまえの頭が腕に寄りかかって、危うく気持ちが緩むところだった。明日も仕事がある。ここで感情に身を任せてはいけない。きつく目を閉じて「我慢我慢我慢」と三回唱えて耐えきった。
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大将赤犬が、相当な愛妻家であるという話を、ガープさんの横やりを聞きつつ、本人から聞いた。……まぁ、直接聞いたというより、話をしていれば、あの人が相当な愛妻家であるということはすぐに分かった。
「ガープ、余計なことばかり話すな!」
「何を言っておるんか。こんな面白い話ができることは滅多にないんじゃ。たまにはええじゃろう? 独身ばかりでこの手の話はできんかったんじゃ」
それに関しては、大将の方も思うところがあったのか、珍しく押し黙ってしまわれた。放っておかれた俺は、その場で待つことしかできない。しばらくして、あの大将が根負けしたらしい。嬉々として話を続けるガープさんを鬱陶しそうに見やりながらも、大将は話を受け入れていた。
「ボガード」
「はい」
「さっきも言ったが、この男は愛妻家での。こいつは違うというが……」
「別に普通じゃろうて」
「いやいやいや。普通じゃないわい。そもそもじゃ。お前が結婚しておることも知らんやつも多いぞ」
「ふん。そんなもん知ってどうする」
ガープさん。貴方こそ、つい最近まで息子が革命軍で、孫が海賊って、黙ってましたよね。で、そのすぐ後に詰め寄ったら「実はわし、結婚しておるんじゃ」とか、衝撃的なこと、いいましたよね。どの口が言ってるんですか。……言わないですけど!
「……ま、確かにの。……じゃが、嫁さんの顔を誰も知らんのはどうかとおもうぞ」
ガープさんもですけどね!
「ボガード聞いてくれ。こいつのところなんて、絶対に外に出さないんじゃ。もうずっと、奥の邸宅に籠りっきりで、わしは心配で心配で」
「そげなこと言って、ただ揶揄いたいだけじゃとわしが気付かんとでもおもっとんか!」
「えー別に会うくらいええじゃろう?」
「いかん! 誰にも会わせん!」
「……あのう。失礼ですが」
「なんじゃわれ」
「素朴な疑問ですが、奥方はそれで不満ではないのですか?」
「……あぁ。あれは元々そういう環境で育ったけぇ。外に出なくていいなら、むしろ助かると言っておった」
「えぇ、それは本当かのう? だって、それを知っておるのはサカズキだけじゃろう?」
「チッ、めんどくせぇのう! そんなこと言うても小春には会わせん!」
「ほほう……小春というのか、奥方は」
あ……と、口を滑らせた大将が思いきり顔を顰めている。分かる……厄介なんだよな……ガープさん。何と言っても、しつこい。……いや、もう、本当に。海賊を追いかけるのは向いているんだが、それがこちらに向けられたらたまったものじゃない。ついつい不憫な目で大将のことを見てしまったら、まずいことに視線が合ってしまった。何か小言が飛んでくると身構えたが、そんなことはなく。
「……もう十分じゃろう。わしは戻る」
口を滑らせてしまったことを毛ほども気にしていないのか、それともただのポーカーフェイスなのか。その辺りはよく分からない。
ただ――その表情が普段と違って柔らかかったことだけはよく覚えている。
去り際になって、大将に名前を呼ばれた。
「ボガード」
とても真剣な眼差しで、自然と背筋が伸びた。
「まだこちらに話は来ていないじゃろうが……、長期遠征が入った」
「…………」
「二人とも出兵じゃ」
ついに来たか。
「大切にせぇよ……いつ何時も悔いは残らんように、日々を生きろ」
「……はい」
その場で敬礼を返す。
フン――荒く鼻息を吐き出した大将の背中。扉が閉ざされた後も、しばらくの間、俺は敬礼を続けていた。

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