09:愛してくちづけ

口付けの直後に息を整えていると、そのまま病室に連れ込まれた。ガ……タンッ、ガタン――嫌な音を立てながら扉が閉まっていく。体が揺れて思わず抱きつく。耳元でクスリと笑う声。カチャン、鍵が閉まる。

え、ちょっと待って――言うよりも先に顔を上げた。どうしてそんなことをしたのか知りたくて、ボガードのことを見上げた。斜め下から見上げた彼の顔はいつもよりほんのり赤いように見えた。これはきっとシャワーを浴びた直後だからに違いない。根拠のない自信を持ったまま、でも心の何処かでは、この先の展開について想像する。だんだんと鼓動が速度を速めていく。……これって、これって、やっぱり…………だよね? え、でも……あのボガードがそんなことをする? 考え込んでいたら、不意に、頬に手の平が触れた。すっかり自分の世界に入ってしまっていた。気を取り直して彼の名前を呼ぼうと口を開く。落ちてきた視線――蕩けるような笑みに言葉をなくす。とくん、胸が跳ねた。

ボガードは笑うとすごく可愛い――普段は無口で無表情。なんなら、深く帽子を被っているから顔も見えない状態。……でも、実は表情がころころと変わる人で、お気に入りの中折れ帽の下ではよく七変化させているらしい(本人が言っていた)。そんな彼が心置きなく晒してくれるのは私の前だけ。それだけで、ボガードが目の前で笑っているだけで、どうしようもなく嬉しくなる。ほら今も――私の胸は張り裂けんばかりに強く打ち付けている。

――狡いよ、ボガード。

ただその笑みで見つめられるだけで反論できなくなってしまうのだ。抵抗という抵抗はできず、されるがまま、部屋の奥へ運ばれていく。ごくり、唾を飲み込んだのはあまりの恥ずかしさのため、どうにかこうにか意識を保つためだった。ベッドの前に連れて来られたら尚更意識してしまう。足を止めたボガードが一人呟く。「いや……さすがにこっちは……」と言って、その場に私を降ろして立たせてくれた。ベッドの上に降ろされなかったのでほっとする。あれ……もしかして私の勘違いだったのかな。……だとしたらどんだけ羞恥心なの私っ! 穴があったら入りたい!!!!

ほかほかと火照る頬を手の平で覆う。恥ずかしさを紛らわそうと必死だった。

「なまえ」

すっかり気の緩んだ私はいつものように、こてんと首を傾げる。見上げたボガードが悩ましげに私を見下ろしていた。すごく苦しそうだった。

「…………はぁ。とてもじゃないが耐えられない」

その瞬間、息が止まった。彼の弱音は珍しいがなかった訳ではない。……が、その理由はいつもたった一つのことだった。だから鈍い私でも、今の一言で流石に分かった。……というか、今気付いたけど……彼の固いアレが太股に当たっている……!

沈黙のまま視線を落とす。寝間着の薄いスウェット越しだったので、それはもうはっきりと形まで感じられた。私の見つめる視線の行方に気が付いたボガードが詰まらせたように息を吸う音がはっきりと聞こえた。部屋が静か過ぎるせいでお互いの息遣いがよく分かるから余計にドギマギしてしまう。視線だけで私の言いたいことは伝わったらしい。こちらはもういっぱいいっぱいで顔を見れそうになかったから良かった。そもそも、こんな状況で普通に話せというのが無理な話だと思う。はぁ……これでどうにか、とほっとした……が、しかし。事は予想を超えて進み出す。

「…………なまえ。どうしても抱きたい。今すぐなまえが欲しい。…………駄目か」

「へ?」間抜けな声が出た。いつも私の言うことを尊重してくれるボガードが、自分の意見を通してきた。びっくりした。蹌踉けていると、ボガードの手の平が腰に触れた。じっとりと熱を帯びた手の平がくびれを上っていく。ぞくぞくと全身が震えた。彼のもう片方の手の平が顎に触れた。くぃっと顎に触れられて、背けていた顔をやんわりと誘導される。ボガードの顔が目前にあった。鼻先と鼻先が触れるくらいに近い。瞬いて見つめた先には煌々と光る彼の瞳。縋るように私のことを見ていた。苦しそうに眉根を寄せて、歯を食い縛って、彼は耐え忍んでいた。

ここまで来ても、私が「嫌です」と言ったら、ボガードは……壁を殴ってでも、止めてくれるかもしれない。彼なら本当にやりそうだ。……でも、そうするのだとしたら、呼応するように上昇し続ける自身の熱の捌け口をどうするか、自力で考えないといけない。絶え間なく、目前にいるボガードの熱が私に移り込んでくる。遠慮を知らない熱が否応無しに私を誘う。それはある意味拷問に近かった。……全身が熱い。特に、ボガードに触れられたところが熱くて堪らない。

会いたい――と待ち焦がれていた愛しい人が、私と同じ気持ちでいてくれて、私のことを欲しいと言ってくれている。嬉しくって目頭が熱くなってきた。断る理由を探す方がどうかしているのでは……? あぁ――だめだ。私も、もう……彼のことが欲しくて……欲しい。

「…………駄目じゃないよ」

真ん丸に両目を見開いたボガードが長息を吐き出す。ぎゅっと抱き締められた。色香を纏う彼の匂いが私を包み込んで今までの緊張が嘘のようにほぐれていった。心から、ボガードが欲しいと思った。

「……私も、」
「……私も?」

艶めかしい吐息が彼の口から吐き出されて耳を掠める。くらりとする程に彼の熱は凄まじく、私の意識を一気に取り込んだ。

「今すぐボガードが欲しい……」
「っ、」

噛みつくように重ねられた唇。普段のボガードなら絶対にしないこと。必死で応えた。息が辛くとも、意識が飛びそうになろうとも、必死でしがみついた。気持ち良すぎでどうにかなってしまいそう……。ボガードの興奮がそのまま私の中に入ってくる。気持ちいいところを丁寧に丁寧に。キスをして、舌を入れて、舐めとって。彼は私の腰を砕こうとしてくる。私のことを見つめている彼の目はとても幸せそうで、それを見ていたら私も満たされた。

両手に指が絡められて、腕が上がっていく。ゆっくりと押されて後ろに下がると、背に壁が当たった。

「ベッドを汚すことになれば医者に「しばらく会うな」と言われるかもしれない…………が、このままで止められそうにない。受け止められるだろうか……?」

荒い息。理性と戦っているのが手に取るように分かった。先ほどからずっと、太股に当たっている彼のアレがヒクつき、動いている。…………触れたい。一度落とした視線を上げる。不安そうに返事を待つ彼になんと言おう……。私たちはいつもベッドの上で体を重ねてきた。ボガードは自分の力が私を傷つけると思っているらしく、いつも私の体を心配している。……でも、私はそんなに弱くない……と思う。

「大丈夫。そんなことで私は壊れないから」

手を伸ばす。触れたいと思っていたところに手の平を置いた。「……う、」と苦しそうな声。その隙にズボンのゴムを伸ばして手を差し込んだ。彼のアレ――その先を手の平で包み込むように触れる。くちゅりと精液が擦れる音がして、ボガードが身を捩る。あのボガードが善がっている。理解した途端、頭の先から爪先まで熱い血が駆け巡り熱狂した。

ボガード――

顔を真っ赤に染めたボガードの、弱り切った目が私に向くと同時に、胸ぐらを引っ張って彼が前屈するようにする。近付いた唇にキスをして、手の内にある彼のアレをきゅっと握った。「はぁ――」と彼の艶めかしい吐息が、キスの息継ぎの合間に漏れる。優しく手を動かす度に彼が震え、悶える。

「気持ちい?」
「……ん、」

とろんと表情かおを蕩けさせたボガードが可愛い……。

「このままイける?」

こんなことをするのは初めてで、手でイけるものなのかよく知らなかった。いつもは立場が逆だったからここから先どうしたら良いのだろうか……頭の中は、”はてな”でいっぱいだった。

ボガードが小さく左右に首を振る。

「え、……ごめん、下手だった?」
「いや……、違う。そうじゃなくて」
「……?」

彼が急に腰を折って私の前にしゃがんだ。そして迷うことなく私のスカートをずり上げて下着に手をかける。

「っ、待っ……!」

両手で彼の顔を押さえるも間に合わず。指が割れ目に差し込まれた。

「んっ――」
「びちょびちょだ。……俺のを見て感じていたのか?」
「っ、」

やだ……恥ずかしい……!

「だって、ボガードがすごく気持ちよさそうだったから……!」
「あぁ……良かった。だから、俺もなまえにお返しをしないとな」

ひょいっと抱えられて、彼の腕に乗せられる。下着を抜き取られて横抱きにされた。そしてあろうことか、そのまま床に座りだした。胡座をかいた上にお尻を置かれて、不安定な状態になってバタついたら、足を開脚させられて、片足はボガードの背中側に追いやられた。足が閉じられない……!

「な、なっ……!」

なんて恥ずかしい体勢を……!

「真っ赤だな。……可愛い」

ちゅっとキスを落していくボガードの目は楽しげだ。首筋を舐め上げられ「最高に気持ち良くする」耳元で囁かれる。これからもっと厭らしいことをするんだぞとにんまりとつり上がった唇に、私の心臓は激しく鳴った。――あ、やばい。格好いい……。汗に塗れ、快楽に溺れたボガードの姿はあまりに官能的で、私はそれだけで欲情に駆られた。

「ぅ……うぅ……」

……早く、早く。

「もっと乱れたなまえが見たい……」

ゾクゾクゾク――彼の声だけでこうなのだ。触れられたら、私は一体どうなってしまうのか――

 

:
:

 

あれから、じっくりと時間をかけてトロトロに解された私は、必死でボガードを受け止めていた。

 

立ったまま挿入されたのは初めてだ。向かい合って、片足を上げて、ぱっくりと開いた厭らしい穴に、ボガードの肉棒がずっぽりと入る。ぐちゅっ、ぐちゅんっ、想像していた以上に淫らな行為をしている。いつの間にか晒されていた全身をボガードが余すところなく舐め尽くしていく。ツンと上を向いて飛び出した乳首を親指の腹やら舌やらで捏ねくり回し、肉棒を入れて私の体を持ち上げて、腕と腰で上下させる。意味の分からないことに私の体は終始浮きっぱなしで、でも何故かブレなくって、私はもう訳が分からなかった。空中に浮いたままセックスをしていて、何処にも力を込められないから何かもう気持ち良くてもただ善がることしかできなくて、でも、ここは病室だから下手に声なんか出せなくて。もう、本当に訳が分からない。

「あっ、あっ、っ、ふ…………ぅ……うぅ……!!!!」

激しい律動が打ち付ける。ぱちぱちと弾けるような快楽が私を襲う。その度に彼にしがみついて、落ちてしまわないように耐えた。耳元、フッと甘い微笑が聞こえる。

「もっとしがみつかないと落ちるぞ?」

意地悪くそう言ったボガードに律動を止める気なんて毛頭なく、どうにかこうにか声が漏れないように耐え凌ぐ私のことを見て、「可愛い可愛い」と攻めてくる。そしてその度に快感に抗えず、耐えきれなくなって、気持ち良くなってしまっていた。もう何度達しただろうか……あぁ、なんて悪循環……!

「……これで、最後だっ」
「ぅ……ぅんっ、っ~~~~!!!!」

最後って言った癖に私がイった後も動き続ける絶倫っぷりに物申す余裕もない。

「っ、はぁ……はぁ……」

 

律動が止まった。終わった――倒れるように脱力した後、どちらともなく笑い出す。体液に塗れた互いの姿を見て、なんだか急に恥ずかしくなってきたけれど、羞恥心よりも疲労感が勝っていた。二人で力なく笑い合う。こんな風に本能のままに体を重ねたのは初めてだった。

「……なまえ? 大丈夫か?」

あれほど攻めておきながら、今更何を言っているのやら。ズレかかった焦点を目の前の人に戻す。

「もしかして何処か痛いのか?」
「ううん。大丈夫。ちょっと放心してただけ」

流石にあれだけやりまくったら、普通はそうなるよ。私の体を抱えて腰まで振っていたボガードが動ける方がおかしいのだ。……体力あり過ぎだって。

「……そうか。じゃあシャワーには俺が連れて行くから。そのまま少し待って……ん、どうした?」

思わず手首を掴んだ。振り返ったボガードの背中に赤い線があったのだ。

「っ、ご、ごめんボガード!」
「?」
「あ、あのっ、背中。……背中に傷つけちゃった……!」

確か背中の傷って、すごい不名誉なことなんじゃなかったっけ? ガープさんがそんな話をしていた気がする。

「あ――、全然気にしないでくれ。これくらいすぐに治る」

それならいいんだけど……。

 

でも、その後も傷を見る度に申し訳なくなって、しばらくは謝り倒した私なのだった。

 

 

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!