「触らないで、触らないで……」
その優しさに流されそうになる。暖かさに寄りかかりそうになってしまう。違う。違う、彼は海賊で私は海軍。間には壁がある。ダメだ、ダメだ。これ以上深く関わったらだめだ。……少なくとも彼はこれ以上を望んでいる。こちらを見る瞳は爬虫類のそれで冷たく見えるのに、なのにとてもギラギラしていて熱いものにも見えた。気づいてしまった、彼の好意に。だからこそ、だめなんだ。
これ以上は……
頬に触れた手を振り落とす。反抗する様子もなく、力のまま手が離れ、腕がダラリと元の位置に戻った。クロコダイルさんは無言だった。
「私は海兵です。だから、もう私にそんな顔を向けないで。そんな優しい顔で切ない顔で私を見ないで」
そう言って、その場を去った。
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翌日、アラバスタ王国でVIPを集めた大きなパーティーが開催された。今回海軍は警護をすることになる。もちろん少尉である私も警護に参加する。本部にいたときに潜入捜査をしていた経験をかられ、今回は私服……つまりこの場合はドレスを着ての会場内警護となった。ドレスは潜入任務で使っていた赤いカクテルドレス。ぎゅっと手を握りしめる。他のドレスにすればよかったと今更ながら少し後悔した。
「こちらなまえ少尉。各班状況を説明せよ」
「東側異常なし」
「西側同じく」
「北もOKです」
「南側異常なし」
「よし、各班異常があった場合はすぐに連絡するように」
「「了解!」」
定期確認を終え、懐に子電伝虫をしまう。
「異常はなさそうだし。少しご飯でも食べようかなぁ」
役得、役得、と思いながらバイキングの机へと脚を向ける。それにしても人が多いなぁ。
「クロコダイルさんっ」
「クロコダイルさん、お久しぶりです!」
クロコダイル……だって?
嫌な予感がした。声のする方へゆっくりと顔を向ける。そこには頭に思い描いた通りの人が立っていた。……クロコダイルさんだ。いつもの公務の服ではなく、パーティー用のスーツへと着替えていたから気づかなかった。よくよく見ていれば左手にある義手のフックに顔を横切る大きな傷跡を見れば一目瞭然だった。
とにかく、向こうは私が来ているとは思っていないだろうし、この場は姿を消して……、クロコダイルさんが行く方向とは反対へ動くために位置の確認をしたときだった。目が合った。目が合ってしまった。あの人と。ビクンッと跳ねる体。少し体が熱くなった気がした。クロコダイルさんは私を確認すると少し目を見開いた後、すぐに目を細めて愉しそうに口元を緩ませる。やばい、逃げろと頭が言っていた。クロコダイルさんは自分の周囲に集まっている女の人たちの輪から抜け出し、こちらへと歩いてくる。もちろん、逃げた。
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つまらないパーティだが英雄という立場上参加せざる得ない。こういうパーティに出たら必ずといっていいほど周囲に女が集まってくる。暇つぶしにはいいが、それも数時間ともなればうんざりもする。はぁ~、そろそろ限界だと葉巻を吸いに行こうとしたときだった。
見えた。一筋の光。あいつを初めて見つけたときと同じだった。あいつは、なまえは俺が視線を向けるよりも先にこちらを見ていた。視線が熱く絡む。なまえの顔がボッと赤く染まった。思わず目が見開く。……公共の場で動揺を見せるなと自分に言い聞かし、すぐに元に戻す。しつこくまとわりついてくる女共を一別する。輪を乱すのはそれだけで十分だった。固まった女共の間をぬうようにして抜け出し、目的の場所へ目を向ける。……クソッ、いねぇ。
あの時と同じ赤いドレス。白髪を結びあげ露わになった首筋が目に付く。人だかりの中でなまえを見つけるのは容易だった、なぜならなまえが通ったあと、誰もが振り返っていくから。「あの白髪女性は?」ザワザワとその走り去る横顔を後ろ姿を、その影を野郎共が見つめる。横顔も後ろ姿も影でさえ、その他の連中にあいつが見られるのが許せない。
「なまえ、」
「っ、」
ようやく、追いついた。
こちらの声に気がついたなまえが勢いよく振り返ると結い上げた髪が解けた。バサリと白く綺麗な髪が広がる。グラリ、と体勢を崩しかけているなまえに思わず手が伸びた。腕を掴み引き寄せる。はぁ、はぁと聞こえる息づかいが胸の中から聞こえる。なまえが俺の腕の中にいる。ぎゅうと腕に力を入れると、ほぅと顔を赤らめたなまえが顔を上げた。その瞳は大きく揺れ、信じられないものを見るようにこちらを見ていた。
「は、離してッ!!」
「なまえ、」
「お願い、離して」
「聞け、なまえ」
「いやぁッ」
パァンッ――
頬に強い衝撃が走り、今度はこちらが信じられないものを見るような目でなまえを見ていた。はぁ、はぁと息を整えながら、一歩、また一歩と後ろへ後ずさっていくなまえが視界に映った。ジリジリと痛む頬を感じつつ、視線はしっかりとなまえを見据えた。
「あ、あの……クロコダイルさん、ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって……本当にごめんなさい」
深々と下げられた頭をジッと見つめた。
「その、お気持ちだけいただきます。だからもう、私のことを追いかけて来ないで下さい」
「……俺は」
「クロコダイルさん!」
なまえは笑っていた。とても幸せそうに。それは俺が見たことのある笑顔の中で一番綺麗だった。
「ありがとうございました!」
ペコリ、おじぎの後、今度はこちらを見ることなく、彼女は走り去っていった。履いていた赤いヒールを握りしめ、全力で。俺の元から去っていった。それをただただ呆然と俺は見つめた。

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