「えっと……」
机の上に置かれた赤い液体。見るからに怪しげである。そして、それを持ってきたクザンさん――今の私の目の前にあるものだ。
昨日の今日のことだ。
朝食を終えたあと、クザンさんが懐からこれを取り出して、「例の薬のお試し版ができた」と言った。昨日、そういう薬があると話を聞いてはいたんだけど、早過ぎではないだろうか……? 昨日の時点ですでに手元にあったとか……? そんな疑問は飲み込んだ。きっと、私のことを考えて出来うる限り、急いでくれたのだろう。
「これを……飲めばいいのですか……?」
「そうらしい。ただし、まだ開発段階だから、一人でいるときには飲まないようにだってさ」
「なるほど……」
開発段階……。そりゃそうか。薬という名前がついているのだ。きっと多少の副作用はあるのだろう。
「……怖い?」
「まぁ……正直なところを言いますと、怖いですね」
未知の物質が体の中に入るんだから、普通は気にすると思う。私も気になる。…………でも。
「……?」
黙り込んだ私を不思議そうに見る、机の向かいに座っている彼を見つめながら言う。
「クザンさんが傍に居てくれたら大丈夫です」
にっこりと笑うと――徐に組んでいた足を降ろして、背筋を伸ばしたクザンさんがいつもよりも真剣な面持ちで言った。
「…………それはどうだろう、ね」
「?」
今度はこちらが首を傾げる番。
「俺はさ、」
そんな風に、言葉を濁したまま、クザンさんが立ち上がる。
ますます分からなくなって、私は困惑した顔でただクザンさんを見上げることしかできなかった。手頸をやんわりと掴まれて引かれる。椅子から立ち上がって、そのまま、隣の部屋に歩いて行った。そこは私の寝るところだ。
「……クザンさん?」
先にベッドの上に腰を下ろしたクザンさんが、ぽんぽんと隣のスペースを叩く。促されるがままに腰を下ろした。
「なまえちゃんはさ、俺のことを買いかぶり過ぎていると思う」
「そうですか……? 私からすると、クザンさんは格好よくて、優しい人に思えます。……違いますか?」
壁を見ていた視線を隣に移す。――と、思っていたよりもクザンさんの身体が近くにあって、少しだけたじろいだ。グググッ――首を逸らして大きな身体を見上げる。すると、ベッドからするりと腰を落としたクザンさんが、私の目の前で腰を折って、目線を合わせてくれた。
「ほら、そうやって、……優しいじゃないですか」
「…………出来る限りそうなるように、意識はしてる、し……そうでありたいとは思っているさ」
「それの何が駄目なのですか?」
クザンさんの人差し指が、私の横髪に触れる。横髪が耳にかけられて、くすぐったくて目を閉じた。そして、そのすぐ後に唇にそっと何かが触れる。目を開けると、クザンさんが私の唇を指の腹で撫でていた。
「…………?」
眉を寄せて首を傾げる。
フッ――と笑ったクザンさんが「シャワー浴びておいで」と言った。
「なぜですか」「どうしてですか」それは何となく聞いてはいけない気がして、聞けなかった。何故だか、彼を刺激してはいけない気がして。
「なまえちゃん、俺は――」
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「俺は、君のすべてが欲しい」
クザンさんは何故、あんなことを言ったのだろうか。
冷たいシャワーを浴びながら悶々と考える。なぜ、どうして――そういったことは、こちらの世界に来てから絶えることなく続いている。私の生活は赤子から……いやそれは言い過ぎかな。10歳くらいからやり直している感じだ。
ようやく、日常生活に不便がないくらいに知識はついた。でも、まだまだ足りていない。クザンさんと話をすればするほど、私には知らない世界があるのだと知る。
クザンさんが言った「君のすべて」とは何だろうか。
この後、聞いたら教えてくれるかな。

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