私のこと覚えてくれていますか?

「おつるさーん! なまえ、ただいま帰還しましたー!」

一直線の廊下の突き当たり、半分開いている扉の向こうにうっすらと見える人影を捉えて駆け寄る。部屋に入るやいなや大きな声でそう言った。真っ正面に据えられた執務机に腰掛けている人はこちらに背を向けていた。白く長い髪を結い上げた後ろ姿を覗き込むようにする。

「おつる、さん……?」

首を傾げてもう一度名前を呼ぶと、今気づいたというように顔を上げたその人がゆっくりと椅子を回転させながら振り向いた。視線が交わり、どうも、という意味を込めて軽く頭を下げる。何かおかしい。いつもならおかえり、と一言言って下さるのに。よくよく見てみるとその手には電伝虫が乗せられていた。あぁそういうことか、と頷き納得する。そして、その特徴的な電伝虫を凝視した。……犬の帽子を被っているっていることは、あの人だ。口からはハハッ、と乾いた笑い声が自然と出ていった。

電伝虫から視線を上げたとき、おつるさんと視線が合う。ちょうど話が終わったようで、おつるさんは「あぁ、もうあんたって人は!」といつもの罵声を浴びせた後にガチャンッと乱暴に電伝虫を切ったのだった。心なしか悲しそうにしている電伝虫がなんだか不憫に思えてきた。彼は悪くないのに。

おつるさんは恨めしげに先ほど切ったそれを見つめて一拍、切り替えるように息を吐き出した後、顔を上げて「おかえり」と言ってくれた。いつものおつるさんだ。

「ただいま、おつるさん。何か問題ですか?」
「あぁ、分かるかい?」
「えぇ、それはもう」

手に取るように分かりますよ、喉まで出かかった言葉を飲み込む。そんな生意気なことは言えないから。しっかりと口を閉じてにっこりと笑って返して見せた。あぁ、そうかい、目を細めながらおつるさんも笑った。

「ガープの奴がまた問題起こしたらしくてねぇ。あたしゃ嫌だって言っているのに」

まったく、あのじじいは、そう言いながらもテキパキと支度を進める様子に笑ってしまう。そう言う癖にいつも助けにいくんだから、やっぱり二人はほんと仲がいい。二人は親友で宿敵らしい、いつかにガープさんに連れて行って貰ったバーで聞いた。もちろん私はまだお酒を飲める年じゃないからお酒は飲んでなかったけど、でもガープさんはすっごくたくさん飲んでいて、それですごく楽しそうに色々なことを話してくれた。海軍にいる、みんなの昔話はとっても新鮮だった。

「あぁ、そうそう。あたしらだけじゃ手に負えそうにないから、センゴクのところの坊やを借りてきてくれるかい? センゴクにはあたしから話しておくよ」

おつるさんが坊やと呼ぶのはあの人だけだ。久々の共闘かぁ、とその人のことを思い出す。あのドジっ子先輩。少しはましになっているのかな? なんて思いながら。

「了解しました!」

敬礼を一つ。あぁいいよいいよというおつるさんの声を背中に受けながら部屋を出る。廊下を進み、すれ違う同志達に軽く挨拶を交わしながらお目当ての人物が今どこにいるのか探っていく。どうやら今日は外にいる様子。ちょうどいい。

野外練習場、広々としたスペース何カ所かを順々に巡っていく。

「見つけた! ローさんっ!!」

フェンスに張り付いてその人の名前を大声で呼んだ。えっ? えっ? えっ? と2度見、……いや3度見したローさんがスパ――ンッと向かい合っていた相手の竹刀を頭にくらっていた。あ…………、ごめん。心の中でソッと謝って、「ロシナンテ! 訓練に集中しろ!」と教官に怒鳴られる彼を後ろで見守った。……ローさん、ほんとごめん。

でもまぁ、それはおいておいて。ひとしきり怒鳴り終えた教官が「それで何のようだ、なまえ」とこちらを見て言った。

「ガープさんの部隊から援軍要請があったのでローさんをお借りしたいんですけど」
「あぁ、分かった。ロシナンテ、行って来い」

へ? といまいち理解しきれていないローさんに今一度教官が「早くしろォ!!」っと怒鳴り声を上げる。ハハッ……ローさん、相変わらずだね。他の人たちからしたらそんなことはいつものことなのでまったく見向きもせず、それよりもまぁたガープさんやらかしたのか、と今度は何をしたのかとそっちのことで話が持ちきりになったのだった。……なんかローさんが不憫。まぁそれもこれもすべて私が原因なんだけど……。

おまたせ、と準備を済ませて来たローさんの隣に並ぶ。隣を見上げて思う。こんな人だけど、この人はとっても頼りになる。戦闘モードに入ったら誰よりも残酷で、そして誰よりも死というものを恐れずに戦場を突っ走っていく。私にはそれがとてもかっこよく見えていた。……でも、センゴクさんはそのことを何よりも心配していると、ガープさん伝いに聞いた。それが何でなのか、今の私には全然分からなかったけど、いつかちゃんと理解できるときがくればいいなと思った。

あわよくば……、遠く彼方にきっといる、あの人のこともちゃんと理解できる日がくればいいと思った。それは簡単に崩れ落ちて消え去ってしまいそうな記憶だけど、絶対に消してなるものかと、毎日、毎日思い出すようにして必死で消えないようにしている。初めて人の優しさを教えてくれたあの人は、なんで私をここに残したのだろうか。どうして、私を捨てたのか。ただそのことが悲しくって。

もしかしたら夢の中の出来事かもしれない。なんとなく覚えている幼い頃の記憶はすべて夢で。……もしそうならいいなって思うところもたくさんあるけど、それであの人との生活が夢になってしまうなら、あの出来事はすべて現実であって欲しいと思った。苦しかったけど、でも、あの人と出会えたから。だから、それでいいって。

……ドフィ、貴方は今どこで何をやっていますか? 私は今、ここで貴方のことを想っています。どうか貴方が泣いていませんように。貴方がヴェルゴさん達と一緒に仲良く生きていますように。あれから3年経った今でも私は貴方のことを覚えているけど、貴方は私のこと、覚えてくれていますか?

「…………会いたいよ、ドフィ」

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