確かに居たことが嬉しかったのに

 
 
:
:
 
 
「なまえ、緊張してんのかい?」
「……そりゃぁ、まぁ。こんなの初めてですからね」

3年前におつるさんに拾われてから、もうずっとおつるさんと私は一緒にいて、おつるさんにはとても可愛がってもらった。わがままもすごくたくさん言って、たくさん口喧嘩して、ちょっと年は離れてはいるけれど、本当の親子のように育ててもらった。そんな私ももう、今年で12歳になる。

ようやく、本当にようやく、正式に海軍に入隊することが決まった。念願の海兵の服をピシッときめて、他の新兵と一緒に列に並ぶ。隣を通りかかったおつるさんに「顔がひきつっている」と笑われようが、言い返す余裕もないくらいにとても緊張していた。前々から仕事をお手伝いしていたのだけれども、それはおつるさんと私との間で決めた約束に従った結果で。危険な戦いに踏み込むようなことは一切させてもらえなかった。

初めて海兵になりたいと言葉を口に出したとき、おつるさんは「そんなの許さないよ!」と声を張り上げ、全面否定されてムッとしてしまった私は「嫌だ、絶対なる!!」と猛抗議した。……当然、その後もお互いに同じような言葉を並べてひたすら言い合い、どちらも一歩も引かない膠着状態となっていた。

そんな私たちを見かねたセンゴクさんが「なまえは自分の身を守るぐらいの実力はあるようじゃし、危険な前線は避けて、後衛につかせてみてはどうじゃ?」と一つの案を私たちに言った。後衛というのは弾薬などの備品の管理や情報のやりとりといったことをする部隊のことで、戦闘には直接関わらないポジションだった。船自体も遠方に陣取られる。正直、内心は不満だったけど、申し出てくれたセンゴクさんの顔を立てないといけなかったし、何よりも外へ行けるということが大きかったから、二つ返事で「それでいい!」と答えた。同じように、おつるさんもその意見には不満だったらしく、それが顔に表れていたけれど、それでも「しょうがない子だねぇ」と納得してくれた。

そんな私たち二人を見たセンゴクさんが「まったく、そっくりじゃの、お前たちは」なんて言うものだから、また言い合いが始まったのは言うまでもない。
 
:
:
 
いよいよ前線へ出るときが来た。配属されたのはオニグモ中将の部隊。中将は厳しいことで有名だった。戦場での一瞬の隙は命取りになる。例え、敵に命乞いをされても決して油断はするな。それが中将の教えだった。その教えはもっともだった。数度に渡る海戦で学んだこと。それは何があっても生き抜くこと。仲間を生かし、自分も生還する。それがどんなに難しいことか、日に日に減っていく同期の仲間たちの顔ぶれを見ながら、それを実感した。戦いって本当に惨い。

「なまえ、海に落ちるなよ。今回の戦闘で俺たちが助けに行けるかどうか怪しいからな」
「はい!!」

すれ違いざまに言われた言葉にはっきりと答えた。

12歳のガキ、それも女が前線に出られるのには理由があった。まぁこの世界じゃありふれた理由と言えるかもしれない。悪魔の実の能力者。私はカラカラの実を食べたらしい。能力は蒸発。水を蒸発させることができる。そして、蒸発させた水を元に戻すことも。小範囲ではあるが、その能力を使って雨を降らすこともできた。

戦闘中において、この能力は敵の体に直接使う。体内の血を蒸発させ、相手を死に至らしめるのだ。もちろん、調整はできる。死の間際に止めておくことも、短時間の間であれば抜き取った血を戻すことも。少し、怖いよな、その能力。って言われたことが何となく気になってはいるけれど、私はこの能力が嫌いじゃなかった。理由は分からないけれど。

先ほど、”今回の戦闘で俺たちが助けに行けるかどうか怪しい”と言われたのには理由があった。どうも、今回の討伐対象はかなりの大物らしい。まだその名は聞かされていないけれど、艦隊20隻も導入しているのだから、相当強い相手なんだろう。

「なまえ、準備はいいか?」
「ローさん、今回はこの船に?」
「あぁ、センゴクさんからじきじきに。なまえを見張れと言われて」
「え……何それ。私まだ信用されていないの? これでももうすぐ昇格……」
「まぁまぁ。22歳の俺ですら”坊ちゃん”扱いされているんだから、これは一生直るもんじゃないさ」

……確かに、センゴクさんとおつるさんの過保護ぶりと言ったら。

あ、

……ふと、あの人のことが頭をかすめたとき――

「……いたぞ! やつら来たぞ! 情報通りだ!! おい! 面舵いっぱいだァ!!」

マストの上に昇っている監視の声が響く。途端船上はばたばたと慌ただしくなった。

「中将、こちらでも視認できました。ドンキホーテファミリーの船体のようです」
「よし、戦闘準備しておけ」

え…………?

すぐ側で繰り広げられた伝令と中将とのやりとりに駆け出しかけていた足がパタリと止まった。ドンキホーテ、ファミリー? 聞いたことのある名前。頭の中では先ほど思い浮かんでいた人物がまた浮き上がってきていた。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ…………ここに来るとはな」

誰に言うわけもなく、呟くように言われた中将の一言で点と点が線で繋がる。あの人”ドフィ”はドンキホーテ・ドフラミンゴで今、目の前のあの船にいる人は私の知っている”ドンキホーテ・ドフラミンゴ”、本人。つまり――

「…………う、そ。…………貴方は海賊だったの?」

眩暈がした。

「…………なまえ? なまえッ!? おい、なまえ!! 持ち場につくぞ!!」

両肩を持って、強く揺さぶられて、頭がガクンガクンと揺れる。ハッと帰ってきた意識、両目が捉えたのは焦った顔でこちらを真剣に見つめているローさんだった。

「あ…………ごめっ」
「いいから! ほら、早く!」
「うん!」

途中こけそうになるローさんを気遣いながら、慌てて持ち場についた。船上サイド。望遠鏡で向こうの船体を覗き見る。間違いだったらいいと思っていた。レンズに映ったのは真っピンクの大きなフラミンゴ。その色があの人を彷彿とさせた。いや、いくらなんでもそれは……

ないだろうと思っていた。甲板の上には記憶にない人がたくさんいた。ほら、ほらね。知らない人ばっかりだ。ただ単に早とちりしただけで、とほっとした時だった。

音は聞こえないはずの距離なのに、悠然と歩く姿からは足音が聞こえ、小さく動いたその唇からははっきりと「なまえ」と声が聞こえた。ドクンッと跳ねた心臓。思わずレンズから目を離してしまった。もう一度見たとき、そこにあの人はいなかった。

「……なまえ?」

もちろん、すぐ隣に立つローさんの声もちゃんと聞こえていたけれど、その声よりもあの人の声が耳から離れなかった。

数十分もすると、いくつか見えていたドンキホーテファミリーの艦隊はあっという間にちりじりになり、こちらから見て取れる船は、かのフラミンゴの形を象ったものだけとなった。

私はローさんに聞いた。今まで耳に入って来なかった彼のことを。

――――船長、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ここ数年、裏の世界で力を伸ばしてきていた彼はなかなかしっぽを表さず、その存在も作り上げられたものではないか、と真しやかに囁かれていた。

海軍本部はまだ大々的に名の知れていない彼らをマークし、秘密裏に調査を進めており、中将以上の階級にのみ、情報が共有されていた。今回は、まるで撒き餌のようにいくつかにばら撒かれた情報を追って、海上で待ち伏せる作戦だった。

ここ以外にも数箇所に中将以上が出動しており、どちらかと言えば、ここは望み薄の場所だったらしい。

「なぜここに奴らが姿を表したのか」中将もローさんも眉を寄せていた。

発射した大砲の玉はすべて打ち落とされ、こうなれば白兵戦に持ち込むしかない、と意気込む海兵達だったが、それをあざ笑うかのように討伐対象の船は忽然と姿を消してしまった。そうして、戦闘はあっけなく終わった。

あれだけの大規模な作戦だったのにも関わらず、成果はない。死者が出なかったのが幸いだったが、それよりも彼が存在していたということ以外、何も得るものがなかった。その事実が海兵たちを落ち込ませていた。船内はどんよりとした空気に包まれている。

かく言う私も、他の海兵たちとは別の意味ではあったが、同じようにどんよりと落ち込んでいた。

「なまえ、隣いいか?」
「どうぞ」

本部への進路を取って進む船は今は安全圏のため、部隊の配置が解除されていた。夜、夜番を終え、甲板に出て、夜風に当たっていたとき、ローさんに話かけられた。

「みんな落ち込んでいるな」
「そりゃ、まぁ。成果が上がってないからね。せっかく見つけたっていうのに……帰って怒鳴られるのは目に見えてるもの。特にサカズキ大将にはこてんぱんにされるかと」

ハハッと乾いた笑みを浮かべると、「でも存在を確認したことは大きいよ」と彼は言った。

「……確かに。ただの噂じゃなかったってことだものね」

夢の中の人ではなかった。私の妄想なんかじゃなかった。

「なまえ、今夜はゆっくり休みなよ。明日は朝番だから、朝、早いよ」
「……うん。ローさんも。靴ひも両方解けてるから転ばないよ……ちょっ!!」

颯爽と去っていく背中が見事に横倒しになっていく姿を見ながら、取り敢えず、ローさんの言うとおり今夜は早く寝ようと思った。
 
 
:
:
 
 
ベッドに潜り込んで、ゆっくりと瞼を落としていく。瞼の裏に移るのはあの時レンズ越しに見たあの人。変わってない。夢の中のままだった。相変わらずサングラスしてたなぁ。そういえば、ヴェルゴさん見当たらなかったな。……ドフィも存在していたんだから、ヴェルゴさんもきっといるよね?ね、そうだよね?

「…………ドフィ」

その夜、ベッド脇に立つ不審な影に気づくことなく、私は眠った。そして翌朝、なんとなく夢の中に落ちるときに感じていた懐かしい気配は現実のことだったんだと、気づかされたのだった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!