その夜、夢を見た。
今日行った市場でミホークと出会う夢。誰かに追いかけられて走って逃げていた私は曲がり角でうまく曲がることができずにころんでしまう。両手で抱えていた果物が周囲に散らばる。そのうちの一つが、ある剣士の黒いブーツにあたった。鮮やかな果物とは正反対の漆黒の剣士は、その市場には場違いでとても浮いていた。
「あ……ごめんなさい!」
「あっちに行ったぞー!! 追え~!!」
謝罪するも深くお詫びする暇がない。一言謝ってその場を去ろうとしたときだった。
「下がっていろ」
男がしゃべった。驚いて顔を上げると後ろに下がるように目線が誘導する。急いでその男の後ろに入った私は体を震わせながらこれからの戦況を見守ることにした。
「いたぞ!」
やすやすと私を見つけたその野党らしき人たちはこちらに駆け寄ってくる。当然私の前に立つ人のせいでその足は止まった。
「おい……こいつ七武海の……」
「あぁ間違いねぇ、鷹の目のミホークだ」
どうする? とこそこそと話始めた野党は男に向かって交渉を始めた。
「鷹の目さん、そこの女は俺たちが買った女なんですよ。それなのに逃げましてね。連れ戻しにきただけなんですよ。だからこちらに渡してもらえませんかねぇ」
野党はにやにやと笑っていてとても不快な気持ちになる。それと同時に襲われる不安。この男は私を引き渡すのだろうか?
「主……というわけか。主ならばこの奴隷を俺から救いだしてみせろ」
終始表情を乱さないその男はいつでもかかってこいと言わんばかりに背負っている大きな刀の柄に手を伸ばす。ヒィィィィイイッと腰を抜かしてしまった野党は何度も転げ落ちながらその場から逃げるように去っていった。ホッと胸をなで下ろす。次の瞬間、こちらを見定めるように見る目に再び体が固まった。
「……暇つぶしにもならん」
そう言うと、男はその場を去ろうとする。
「あの……、ありがとうございました」
これ……と身につけてあった中でもっとも高価だったネックレスを差し出す。お礼のつもりだった。足を止めた男はそんなものに興味はないと、ただこちらを見つめるだけだった。
「でも、何か……」
「物に執着するような趣味はない」
「そう……ですか。…………でしたら、私を……」
「?」
「私を差し上げます」
「……お前をか?」
「はい、私はもともと召使いとしてあの野党に使われておりました。こうして解放されて今は主もおりません。行き場がないのです。もし、召使いを捜しているようでしたら、哀れな私を召し取っていただけませんか」
「…………」
男はなにやら少し考え込んだ後、ついてこいと言った。そこから先どうなったのかは分からない。ただ、ひどく現実味を帯びたそれは、もしかしたらただの夢ではなく思い出だったのかもしれない。とゆらゆらと揺れる夢の中でそう思った。
:
:
城の中庭にはプ―ルがある。元々あったプ―ルを最近綺麗に掃除して入れるようにした。クライガナ島はジメジメしていて暑いからすぐ汗かくし、プ―ルがあってもいいんじゃないか! と思ったから。入るのは主に私。もしかしたら私が見ていないところでミホークが入っているかもしれないけど……、たぶん入ってないんじゃないかと思う。
今日も水着を着てスイスイと平泳ぎをしていた。ジャブンッと顔を水面に出すと、珍しくミホークがプ―ルサイドに出てきていた。水着を着ていないからたぶん入る気はないのだろう。
「どうしたの?」
「毎日、毎日飽きないのか」
「だって他にすることないし、運動は大切でしょう?」
確かにと思ったのか、ミホークはそれ以上つっこんではこなかった。さてもうひと泳ぎするかと水に浮かんで足をバタつかせた時だった。
「――った!!?」
足に痛みが走る。引きずり込まれるように水中に体が落ちていく。目に映ったのは蛇だった。しまった。避暑で中に入ってきていたのか。痛みのするほうに目を向けると赤い点が2つ、鮮やかに色づいていた。……たぶん噛まれた。水中をもがいて手だけでも水面へ、そして気づいてと願いながらバシャバシャと音を立てるように手を動かした。
お願い、気づいて!
遠ざかる意識の中。近くで勢いよく泡が立っていた。すぐにその後に白いシャツをきたミホークが目に飛び込んでくる。来て、くれたんだ。
フッと力が抜けていく。もう限界。目を閉じる間際、こちらに泳いでくるミホークはいつもと違ってとても白く輝いて見えて、なんだか王子様みたいだなと思った。近づいた彼の顔にニコリと笑って見せた。
:
:
目を開いたらそこには見知らぬ男の人がいた。ふんぞり返って足を組んでいるその人はモフモフの白い帽子に真っ黒なコート、そしてジ―パンを履いている。……誰だろう。体を起こしたらその人がこちらに気づいた。
「目ぇ冷めたか。ちょっと待ってろ、鷹の目を呼んでくる」
「はい……」
……いや、本気で誰?、この人。さも当たり前のようにここにいるけど。でもミホークのこと知ってるみたいだし。大丈夫だよね……?
コツンコツン、次に部屋に入って来たのは見慣れた人で心の底から安心した。後ろに続いて先ほどの人が入ってくる。
「ようやく目が覚めたか」
「ミホーク。その人は誰?」
「誰でもいい」
「……あ、うん。まぁ、いいけど」
「……よくない。名前ぐらい名乗らせろ」
「…………フン」
あれ? 知り合いだけど仲はよくない感じ、なのかな?
「俺はトラファルガー・ロー。医者だ」
「ロー……ロー、ロー? ローって、まさか……あの七武海に新しく入ったあのトラファルガー・ロー?」
「あぁ、そうだ」
なんでこの人こんなに笑顔が怖いんだろ。なんか変に嬉しそうだし。……怖いな。
「ええっと、なんであなたがここに?」
「それはお前が……」
トラファルガーの発言を遮るようにスッとミホークが手を伸ばす。それに合わせて口を閉じたトラファルガーはムッと顔を歪ませた。
「ミホーク?」
「しばらく席を外せ」
「はっ? 俺は医者だぞ、それに無理やり連れてきておいてそれは……」
ギロリとひと睨み。どうやらそれで十分だったようで、はいはいと観念したトラファルガーが部屋から出て行くために出口へ向かう。
「ひとしきり話が終わったら呼べよ。一応体調を確かめるからな」
「分かりました」
どうやら悪い人ではなさそうだな。そう思いながら、私はその人の言葉に頷いて返した。パタンッ、と閉められた扉。次の瞬間、私の頭はすでにミホークの腕の中だった。
「ちょ、みほ……」
「良かった」
「え?」
「死んだかと思ったぞ」
「え、それ、どういう……?」
「お前は1ヶ月近く眠っていた」
「はぃ?」
無事で良かった……とギュウギュウに抱きしめられる。頭の中は混乱していて、と、取りあえず、落ち着こうと息を大きく吸って、吐き出す。ぎゅうっとミホークを抱きしめ返して、ゆっくりと腕を放した。そうするとミホークの力も弱くなる。顎でスイッと足を示され、傷を見て思い出した。……そうだ、私ヘビに噛まれたんだった。もしかして、あのヘビは毒蛇だったの?
「ごめん、ミホーク。また心配かけちゃったね」
「まったく……」
ベッド脇の丸いイスに座るミホークは両手を組んでこちらを見て苦笑していた。あ、たぶん呆れてる。ヘビに噛まれた私にも、そんな私を心配し過ぎている自分にも。たぶん両方に呆れて笑っているんだと思う。
左手を伸ばし、手を握る。ごめんね、そう言いながら笑いかけた。私が眠っていた1ヶ月。あなたは何を思って、何を想って、私の目覚めを待っていたの? 慣れない交友関係を使って、あの医者を呼んで。あなたらしからぬ行動。その行動を嬉しく思ってしまう。
そんなに大切にされちゃったら、何度でも気絶しちゃいたくなるじゃないの、ミホーク。チュッと額に落ちてきたリップ音についつい笑ってしまった。案の定、首を傾げる彼の首に私はぎゅっと抱きついた。
どうしようもないぐらいあなたが大好き。

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます