刷り込みは順調だった。それはもうとても。当初の予定にはなかった量のスマイルを実用し、記憶の削除が成功した。女は、なまえはもう奴のことを覚えてはいない。その存在すら頭の中にはもう残っていないだろう。今のなまえの頭の中にあるのは俺だ。
なまえにとってのすべては俺だった。
「ドフィ! ドフィ!」
「ん、あァ。……どうした?」
「お腹すいた~」
そうか、と笑い返してやればなまえはにこにこと笑う。じゃあ行くか、いつもの庭園へと連れだって歩いていく。こいつは知らない、日に日に自身の記憶力がなくなっていっていることを。日に日に、幼くなっていっていることを、こいつはもう何も知ることも理解することもできないのかもしれない。……少しぐらい同情の気持ちを持ってやらなくもないが、まぁ所詮、もともとこうなる運命だったのだろう。……そう思うと、何の感情も浮かんでくることはなかった。
そういう奴もいる。
そういう世界もある。
……なぁ、そうだろ?
「ドフィ?」
心配そうに顔をのぞき込んできたなまえが手を精一杯伸ばした。それでも俺の頬に届くことはなく、ふぅ……と息を吐いて少しだけ腰を屈めてやった。あと少し……あと少しだけだ。だから、あと少しぐらいお前のわがままを聞いてやろう。
ようやく頬に届いたひんやりとした掌。
「泣かないで、ドフィ」
「……俺がいつ泣いたっていうんだァ?」
「泣いているよ。すごく辛そうなんだもの。……どうしたの? どこか、痛いの?」
痛かった。ずっと胸が締め付けられるような想いを隠していた。
なまえがここに来て1ヶ月。ほぼ完璧と言っていい程、なまえの体にスマイルはうまくとけ込み、なまえの中から余計なものを消していった。抗う理由に抗う知識。帰る場所、待っている者。すべてを消した。
そのうち、なまえは俺を求めるようになった。仕事がない日は大抵一緒に過ごし、庭園でぼうと過ごした。……しかし、3ヶ月が立つと、なまえの体には異変が生じた。一日前の記憶がなくなっていた。ただ、俺のことは覚えていた。俺がドフィという人であること。それだけがなまえの中のすべてだった。
それは計画の終了を意味していた。あと数日で終わる。この茶番も、何もかも。
「信じていたのに……っ、」
引き渡すとき、なまえはそう言った。私はドフィの側がいい、ずっと側にいたい。ずっと、ずっと一緒にいてね! って言ったじゃない。そうしたら、ドフィ……頷いたよ!
ねぇ、ドフィ!!
迎えの船が来ていた。――空から。それに乗ったなまえがゆっくりと地上から上へ浮かび上がっていった。もともとこういう取引だった。空島の神と名乗る者が依頼をしてきた。依頼の内容は、なまえの奪還。報酬がよかったこともあり、暇つぶしがてらそれを引き受けた。
それがまさか……
嫌だ、嫌だと叫ぶ声が、未だに空から聞こえてきていた。
獲物を好きになるだなァんて、馬鹿な男になるつもりはなかった。側にあったグラスを握りつぶす。血の臭いが立ちこめた。……そうだ、俺にそんなものは似合わねぇ。

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