ガッチャーン――遠くで何かが割れる音がして、ハッ――とした。
目の前には着衣を乱れさせ、半裸になりかけているなまえの姿があって一気に現実に引き戻される。酒に飲まれていたとはいえ俺は何をしているんだ。
「…………サボ?」
愉悦に浸るなまえの視線が艶めかしく動く。なまえが俺の腹の服を指先で押し上げて、腹の筋をゆっくりと撫で上げていった。全身に走る衝動を堪えながら目を閉ざす。長息を吐き出した後、なまえの手頸を掴むと、悪戯な視線がにんまりと弧を描きながら俺のことを見上げていた。
「……しないの?」
こてん、と首を傾げる姿は無防備で、思わず身体が反応してしまう。あぁ、…………最低だ。俺は最低だ。くそっ――それだけをどうにか吐き出してなんとか堪える。落ち着け……頼むから、落ち着いてくれ。
だが、なまえは――そんなことはお構いなしだった。
「ねぇ……サボ。…………お願い」
カッ――全身に血が巡り、身体が熱くて熱くて堪らない。この野郎……じゃなかった、この悪女は分かってやっているんじゃないだろうな! 好きな女をこんな外で抱く程、俺は落ちぶれちゃァいない。
「どう考えてもここはまずい」
「……なんで?」
「なんでって…………外だぞ?」
「別にいいよ」
「いやいや良くない。危ないだろう……」
「えーでも、こんなに強くて頼りがいのあるサボがいるんだよ? 守ってくれるでしょう?」
「――っ、」
この女は本当に――
「…………駄目だ。第一、お前のそんな顔、他の奴らに見せられねぇ……」
「う~ん……。でももう結構な人が見てるかもよ?」
「…………は?」
なんだよそれ、なんだよ……それ。
「私は見られても気にし……」
なまえの身体を抱き上げる。そのまま、近くにある宿屋を目指して歩き出した。
「俺は気にする。宿屋に行く」
「え~お金が勿体ないよ」
「俺が出す」
「だめだよ?」
「どうしてだ」
足を止めて問う。腕の中にいるなまえをじっと見つめた。
「もしかして……嫌だったり? それなら別に無理しなくてもってさっき言ったんだけど……」
そんなこと一言も言っていない。話の前後もおかしいし……なまえも相当酔っているのかもしれない。
「だ~~もう! 違うって! 俺はただなまえの姿を周りの野郎に見られたくねぇんだよ!」
「あ、はい」
ぱちぱちと瞬いたなまえ。少し声を張り過ぎただろうか……と思ったが、彼女は素直に頷いてくれた。ただ、その顔は納得したというよりもこれ以上は言ってもしょうがないと思っているときの顔だと思う。俺が頑固だって、彼女は知っているからだろうが……まぁ、今はそれはいい。
話はまとまった。再び足を踏み出して宿屋に向かう。その道中、何となく先ほどのやり取りの後味が悪かったのに加えて、なまえがあまりに静かにしているので、もしかしたら嫌な思いをさせてしまったのかと、そう思ったら居ても立っても居られなかった。
「……さっきは悪い、少し言い過ぎた」
「……え? あ……ううん。ごめん、違うの。ちょっと、思い出しただけだから」
「……?」
何を、とまでは聞けなかった。俺たちはそれ程の仲ではないはずだから。聞いていけない気がした。聞いたところで教えてくれないだろうし、教えてくれなかった事実で自分が傷つくことが易々と想像できた。…………情けないことに、それがたまらなく嫌だった。
それからすぐに宿屋に入って部屋を取った。
「先にシャワー浴びて来て」
そう言われて素直に頷く。戻ってきた後は入れ替わるように浴室に向かうなまえの背中を見送った。
「あー……何してんだ、俺」
天井を仰ぎ見て一言。胸が張り裂けそうなくらいにどきどきしていた。はぁ――何度息を吐き出したところで、呼吸が落ち着くことはない。グッと心臓の上を掴む。深く脈打つ鼓動が、まるで耳のすぐ傍で鳴っているようだった。任務じゃ何度もこなしたことだっただろう、こんなこと造作もなかっただろう――そう、自分に言い聞かせる。
「あぁ……そうだ」
視線を動かした先にあった荷物が視界に映る。電伝虫が顔を覗かせているのが見えて、街に潜伏している仲間に連絡を取らないといけないことを思い出した。予定では、今夜に島を出るはずだったが……今はどうしてもここを離れたくなかった。
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「……あぁ、……あぁ、そうだ。悪いな。後から向かう。……頼んだ」
ガチャリ――、静まり返った部屋にその音はよく響く。ひた、ひた、と隠すことなく、シャワー上がりのまま、サボの前に姿を現した。
「……仲間?」
「あぁ、そうだ」
「私が言うのもあれだけど……良かったの?」
「……いいわけないだろ」
「ん? だったらどうして……」
「お前の頼みを俺が断るわけがないって分かってんだろ」
そう言うと、サボが私の腕を引いてベッドの上に招き入れた。
「今夜は寝かせない……覚悟してるんだろうな」
「も……もちろん……」
正直なところ、ちょっぴり動揺している。……いや、ちょっぴりどころではない。
たかが初恋、されど初恋。――もう終わって枯れてしまった恋心だから大丈夫……と高を括っていた。胸の奥から湧き上がってくるこの感覚は、ミホークさんといたときに感じていたものに近い。
……私は自分が理性的になれたと思っていたんだけど……感情というものはそう簡単に推しは測れないらしい。
身にまとっていたバスローブを互いに肌蹴させながら身を重ねていく。サボの瞳が私を見つめる。私の身体を端から端まで丁寧に滑っていく彼の熱い眼差し――気づいた時には、私は期待に胸を膨らませながら見つめ返していた。
「そんなに見つめられたら照れるな……」
きゅん――と胸が締め付けられて、慌てて顔を背ける。いやいや……何を動揺する必要があるのか。私はこの人に愛された方がいいのだから、そうすればそうする程に、強い力を早く手に入れることができるのだから、しっかりしないといけないのに。
「ほら……」
そう言って、サボが私の手を平を掴んで、自身の腹をなぞるように仕向けてくる。
「いつかに言っていただろう? 俺の躍動の秘密を知りたいと――これがその秘密だ」
「っ、」
あぁ……私の上に跨って見下ろしている癖に、サボの視線はまるで頭を下げ、懇願しているようで、頭が混乱してくる。……逆のはずなのに、わたしが施してもらうはずなのに、これじゃぁ――まるで。
「……サボ」
抗うことなく、彼の体に触れる。引き締まった筋肉をそっと撫で上げると、「クッ」と声がした。顔を上げると、サボと目が合う。一気に顔を赤く染め上げたサボが言った。「見ないでくれ」と。そんなことを言われたら――、私はサボを押し倒した。
「なっ――」
「サボ……サボって実は攻めるよりも攻められたいタイプなの?」
従順に、しっぽを丸めた犬のように、彼がまあるい瞳で私のことを見上げている。その緩くカールした金色の髪を優しく撫で上げる。下に隠れていた、左顔面にある傷跡を容赦なく晒す。彼が呆然と瞬いていた。
「……知ってた?」
「?」
「古傷ってさ……」
「……な、なにを」
「気持ちよくなれるらしい……よ?」
ちゅ、と――サボの古傷に口付ける。何度も、何度も。繰り返す。その間にも空いた手で彼の足の付け根を撫でた。焦れったく、何度も何度も。
「……っ、なまえっ、やめ……」
彼の息が荒くなっていく。それが堪らなかった。
「ん? どうしたの?」
そう言って、意地悪くほくそ笑む。傷跡を舐め取って、指で優しく、優しく――愛おしく愛でた。私はこの傷のおかげでサボは生きられたと思っている。だから、この傷のことが好きだ。サボは醜いから嫌いだって言うけど、全然そんなことなんてない。これは、貴方が今も生きている証なのだ。だから、どうか――否定しないで欲しい。それは、まるで貴方が貴方自身を否定しているように聞こえてしまうから。だから、私は――
「サボ」
「……?」
快感が頭を支配しているせいだろうか、目をチカチカとさせている彼がやっとことで両眼を開いて私のことを見つめてくれたときに、静かに、告げるように言った。
「私は、サボのこの傷が好きだよ……とても。サボは隠そうとしてたけど、こんなに綺麗なもの、隠さないで欲しい」
そっ――と指を這わせていく。
それだけで身を震わせたサボが、息も絶え絶えに口を開いた。
「だったら尚更晒せねぇな」
「…………なんでよ?」
「なまえが綺麗だって言ってくれたんだ。それを他のやつに見せてやる義理はねぇ……だろう?」
「なっ――」
そんなのは、と反論しようと顔を上げた時、彼が力を振り絞って身体を起こした。その腹に頭をぶつけてひるんだ隙に、形勢を逆転された。
「さんっざん……可愛がってもらったんだから、その分ちゃんとお礼をしないとな……だが、まずは――」
「ひゃっ、んっ――」
「どうした……俺はまだ触ってもいないはずなんだが……」
いやいやいや、普通に考えて無理でしょう。こんなイケメンが目の前で、悶えてんだよ? それも私が息も絶え絶えにしちゃってたんだよ? 普通に考えて、…………濡れますって。
「だって、サボがあんまりにも気持ちよさそうだから」
「っ、それは――なまえのことが好きだから……」
「えっ……」
ちょっと待って今聞き捨てならないこと言ってなかった!? そう反論する余地なく、サボの反り立った竿が穴の中にぬるりと差し込まれた。
「っ〜〜〜〜」
ずっと待ち侘びていた感覚は、負けてなるものかと堪えていた数秒後には考えていたこと全てを消し飛ばしていった。
「あっ、待っ……はや……ん、あぁっ!」

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