遠くに見えてきた島影は話に聞いていた通りで目を疑った。シャボンって何……? と理解できないでいたことも、目の当たりにすることで否応なしに理解できた。
ふわふわと島から浮いて出てきた泡の玉。試しに嘴でつついてみたが割れない。何とまぁ不思議なものか。その球はただ透明なように見えていたが、目を凝らしてみると幾重もの色を纏っているように見えた。
「…………綺麗」
島の端、少し突き出た先端のところにゆっくりと降り立ちながら体を人間の姿に戻していく。ボボボボ――音が鳴り終わると同時に、目の前に人影が現れた。意識はすっかりシャボンの方に向いていたこともあって、一歩出遅れた。がっしりと手頚を握られて固まる。
一体なぜ――顔を上げるその一瞬、頭を巡っていたのはどうして私が捕まえられているのかということ。知り合いか……いいや、こんなところで偶然に会うなんて……まずありえない。それよりも盗賊? または宿屋の一件のように女一人でいるところを目敏く見つけて追って来られた? ……でも、私はついさっきまで鳥の姿をしていたのにそんなことがあるのか。疑問は尽きなかった。
「不用心だな。話に聞いていた通り危なっかしい娘だ」
見上げた先にいたのは知らない人だった。身丈の高い男。真っ白な長い髪が太陽に照らされてきらきらと光っていた。貫禄のある佇まいからだいぶ年上のように見えた。
「あな……たは?」
「私の名はレイリー。皆、レイさんと呼んでいる」
レイ、リー? 聞いたことのある名前だ。確か……シャンクスが話をしてくれて……。
「怪我をしているのか」
「え……? っと、怪我はしていないです?」
なぜそんなことを言うのだろうか。きょとんと見返す。
するとその男はその場で膝を折って視線の高さを合わせてきた。拘束されていたはずの手頚はいつの間にか解放されていて、やんわりと腰に手を回されている。
「気付いていないのか……」
彼はそう言って、私の目じりを親指の腹でぐっとなぞった。
「泣いているぞ、君は」
「は……え……?」
まるで落とし穴に落とされたような気分だった。ここに飛んでくるまでの間、サボと別れを交わしてからの間、ずっとサボのことを考えていた。懐かしい過去の記憶を思い出して、懐かしいな。彼は相変わらず素敵な人だったなと。
もう二度と会うことはないのだろう…………そう考えていた。
「っ、…………あれ、」
ぼろぼろと落ちていく、私の感情。剥がれていく。しっかりと結び付けていたはずの感情が、一体どうして……どこから綻びが生じたのだろうか。この能力を使うには、能力に呑まれてはいけない。勝たねばならない。ずっとそう……言い聞かせてきた。私は、強くあらねばいけない。
――なのに。
ワァ――――こんなに大きな声を上げて泣いたのはいつぶりだろうか。
私はその場に膝から崩れ落ちた。腰を折ったまま、背中をさすってくれる名前を聞いたばかりの、その人は何も言わなかった。いや……もしかしたら何か言っていたかもしれないけれど、何も耳に入って来なかった。滅茶苦茶になった感情をどうしたらいいのか分からなくて、その人の服を掴んで、縋りつくことしか出来なかった。
そうして、声が枯れ果てて、涙も尽きて、そこまでしてようやく、私は止まった。ある意味放心状態というやつ、になるのだろうか。何にも考えられなかった。そんな私を、親切なその人が抱き抱えてくれた。私はされるがまま、彼に身を委ねてその腕の中で意識を飛ばした。
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暖かかった。
肌を包み込む温もりが心地よくて、微睡みの世界から抜け出したくなかった。
「…………ん」
するり――シーツの擦れる音がする。柔らかい布が肌を撫で付けていて気持ちが良かった。…………と、腰の辺りに重みが加わる。ハッとした。
勢いよく身体を起こしたところ、そこは知らない部屋だった。
「っと、変わったお目覚めだな」
軽やかな台詞に反して、向けた視界に入ってきたのは目を疑う現状だった。
「なっ!?」
私の隣には、上裸の男がいた。優雅に肘を付いて横になっておられる。そして、私と同じシーツに包まっている。…………いや、待って。あー落ち着いて私。
一気に冷め切った頭で現状を理解する。私……服、着てない。シーツをめくって確認した。……そして同時に、隣の人の様子も自然と目に入ってきた。…………上裸かと思っていたら下も着てないじゃん!
なんでこんなことになっているの……? 昨夜の記憶を呼び覚まそうとするが、どうにもあやふやで、思い出せない。シャボンディ諸島に飛んで来たところまでは覚えている。そこで…………あ、そうだ。なぜかこの男の人が私を捕まえて……で、…………あれ、そこからどうなったんだっけ。
まさか、私、誘拐された?
「あのう……つかぬ事を窺いますが」
「なんだね?」
「もしかして貴方は私を売ろうとか考えていたりしますか?」
きょとん――眼鏡の向こう側の瞳が見開かれた。
「ハーハッハッハッ」
腹を抱えて笑い出したその人がむくりと身体を起こす。そして言った。
「私はシャンクスから聞いて君のことを知っていたに過ぎない。ここに来るだろうから、来たら案内をしてやってくれと頼まれていた」
「……あ~~!」
そうだった。シャンクスが「シャボンディ諸島にはレイリーって言う人がいるから頼るといい。俺の古い知り合いだから信用できる」と言われていたんだった。それがこの人だったらしい。
「ふむ。それは、誤解が解けたということでいいのかな?」
「あ……はい。すみません。私もシャンクスから聞いていたのですが、忘れていました」
「そうか。まぁ誤解が解けたのならいい」
…………ん? 待って。でも、そうだとしても、この状況はおかしくない?
「あのう……」
「なんだね?」
「重ね重ねすみません。……どうして二人して裸になっているのでしょうか」
きょとん――眼鏡の向こう側の瞳が見開かれた。……あ、さっきと全く同じ顔だ。
「ハッハッハッ。面白いことを言うな、君は」
「……???」
「私にあれ程熱烈に「抱いて欲しい」と言っていた癖に、まさか覚えていないのかね」
…………は?
今度はこっちがきょとん、とする番だった。

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