なんて邪悪な子供なの

「なぁ、なまえさん」
「なーにー? ロロノアくん」
「……なんであのゴースト娘はいいのに俺はさん付けをしねぇといけねぇんだよ」
「え~? いいじゃん。私、前から義理の弟が欲しかったの」
「……なんで普通の弟じゃなくて、義理の弟なんだよ」

はぁと息を吐く青年の上に今、私は跨っていた。

「痛ってぇ……おい、わざとだろ?」
「そんなことないって、ごめんごめん」

ふふふと笑って見せる。ちらりと視線をこちらに向けた青年は今の状況は自分にとって不利だと知っているせいか、それ以上抵抗しなかった。

「なんでもいいから早くしてくれ」
「何それ、それが人にものを頼む態度ですか、ロロノアくん。あなたの親の顔が見てみたいものだわ」
「うるせ~」

おしゃべりをしながらも私の作業は進んでいく。

「結構やられたね」
「……まぁな」

この青年がここに来てから、ミホークの稽古が始まった。どうやってあの気ままな親父をその気にさせたのかは知らなかったけれど、ミホークがやるというなら、私もそれなりにお手伝いしようかと思ったのだった。

「はい、終わり!」

強めに背中を叩けば、いってぇ~! っと声を上げる青年が涙目でこちらを睨む。いいからいいから、ちょっと体を動かしてみなさいよ? と笑って見せた。

「…………」
「どうよ?」

ベッドから体を起こした青年が軽く肩を動かす。

「痛く……ねぇ……」
「でしょ?」

むふふと笑いながら一回転。そして軽くお辞儀を一礼。

「どうも、鷹の目のミホークの愛用品、マッサージ師のなまえです。以後、お見知り置きを」
「……は? お前、あの有名なマッサージ師のなまえか!?」
「はい、どうも! あと、さんを付け忘れてるからね……」

今すぐ訂正しなさいと詰め寄れば、なまえさんと青年がしぶしぶ言い直した。

「それで、ミホークは?」
「さぁ、あいつなら稽古の後、俺をゴースト娘に投げつけてどこかに行った」
「……こんな時間に?」

もう、と言葉が漏れる。時計の針はもう夜の8時を指していた。ご飯どうするつもりよ、あの親父。

「まぁ、いいか。ロロノアくんよ、ご飯は食べられるかい?」
「なんでおっさん口調なんだよ、食べるに決まってんだろ」
「ふむ。正直でいい子だね。あ、じゃあ、二階にペローナちゃんいるから呼んできて。私先に準備してるから」
「は?」
「はい、任せた!」

返事は待たずに走り出す。後ろで青年が何か叫んでいたけど、律儀な彼のことだ。呼んで来てくれるだろう。それより、問題は気まぐれなあの人だ。一応、準備しておくか……。

 

「ごちそう様でした」
「なまえ、ごちそう様!」

礼儀正しい二人に笑みが漏れる。ほんと可愛い子達だ。

「はいはい、お粗末様でした」

カチャカチャと食器を集めれば、スムーズな動作でさりげなくロロノアくんが手伝ってくれる。

「え、いいよ。私、これぐらいしかやることないし」
「マッサージの礼だよ。これぐらい手伝う」

な、なんていい子! ミホークじゃ絶対にありえないことだよ。思わず両手が口元を覆う。ちょっと感動してしまった私は震える声でありがとうと言って、ニコリと青年に向かって笑った。青年が少し驚いていた。なんで?首を傾げると、すぐに手元に目を向けられてしまった。キッチンのシンク。青年が食器を洗って、私がふきんで拭く。こんな流れ作業が出来る日が来るなんて。まるで新婚さんではないか……。この年にしてちょっぴり頬が染まってしまった。

「……なまえさんは」
「ん?」
「好きな人はいるのか」
「…………」

……はい?

……あれ、あれ、これ、もしかして。やばいパターンじゃない? え、ちょ。

鈍い私でもこの流れは分かる。先が読める。キョロキョロと辺りを見回す。だ、大丈夫。今、この部屋には私たちしかいない。うん、と小さく頷く。

「え、と……いますよ?」

自分で答えておいて、もう、ちょう恥ずかしいんだけど! だって、一応ミホークとは夫婦だけど。だけどさ、実はまだそのね、結婚したてでさ。新婚っちゃ新婚だけど、元々長いつき合いだったから、そういう甘い感じはみじんもなかったし。……いや、別にそういう風になるのが嫌だとかじゃなくて……むしろ……

「それは俺の知っている人か……?」
「……うん、知ってる、けど」

どうしよ、今更ながら言うタイミングをミスりました。ぬわぁあああ!! 君は私にどうしろって言うんだよ!

「……誰だ?」
「へ?」

そう言う回りくどい聞き方しておいて、最終的には名前を聞くんかい! だったら始めから名前聞きなよ。なんだよ、心の準備、整理? ってやつか? 可愛いな、おぃい!! 言わないとだめなのだろうか……できれば、自分の口からは言いたくない。できれば、察して頂きたい。

「誰だ?」
「……言わないと、だめ?」

カチャン、ずっとお皿を洗っていた青年の手が止まり、食器が擦れ合う音が鳴る。静かな部屋にその音はよく響いた。

「聞きたい」
「…………」

ぬわぁぁあああ!! なんだよこの子、超可愛いんだけど。もう、お持ち帰りしたいぐらい可愛い。何、もう。ぶっきらぼう最高!!

「……み、…………く」
「聞こえない」
「……み、ほぉ―く」

「……聞こえぬ」

「だーかーらー! 鷹の目のミホークだって!」

後ろから聞こえた声につい振り向いて叫んでしまった。

「……へ?」

暗がりに立つのは紛れもない、私の旦那さん。おい、待てよ。待てよ、待てよ……。

「はい、これで俺の稽古続けろよ、鷹の目」

最後の食器を洗い終わった青年は先ほどの態度が嘘のようで。手を洗うと私の隣を通り越して行く。すれ違う瞬間、視線が合えば青年の口元はニヤリと歪んだ。

「お返しだ、なまえさん」
「なっ!!」

ハメたなっ!! 振り返って青年の方に向かって声を上げたが、もうすでに青年は部屋から出ていった後だった。残された部屋にはふむ……と声を漏らすミホークと今すぐこの場から逃げ出したい私だけだった。

「いい加減、俺に抱かれろ」
「ちょ、待って。あなたの相手をしたら、ほんと体が持たないから!」

心底楽しそうな旦那様に捕まれば、先ほどの青年の顔が浮かんだ。ロロノア・ゾロ……なんて邪悪な子供なの……完全に騙された。

「ミホーク、お願いなので手加減して下さい」
「…………」
「ちょっと、返事!」

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!