はぐれ猫、振り出しに戻る

目が覚めて、そこで初めて気を失っていたことに気付いた。チリチリと燃える炎が白い毛を焼いてその熱さで体が飛び跳ねる。

「あっつっ!!!!」

「あぁ、悪い。毛だから燃えるのか」
「エースッ!?」

なぜ? どうして? 一体どうやってエースの手錠が外れたのか、何にも分からなかったけれど、でもそんなことどうだってよかった。

「エースっ!!!」
「おう、ありがとなッ!!」

笑うエースはそれはもうロジャー船長にそっくりで。凄く嬉しかった。でも今はそんなことに浸っている場合ではない。零れ出そうになる涙を堪えてエースの腕の中から周囲を見回した。

すぐ隣にはルフィが立っていた。そうか、ルフィが……、あの弱かったルフィがエースを助けたのか。……なんだか無性に嬉しくなる。そして、誰もがエースの帰還を確信し、誰もがエースが帰れるようにと逃げ道を準備する中、海軍本部が本気の追撃を見せた。

海軍本部三大将、赤犬青雉黄猿。3人がこちらの主戦力を潰していく。そうして、私たち3人の前に立ちはだかったのは最悪の相手。大将赤犬。エースのメラメラじゃ、この男のマグマグには力で負ける。そんなことエースが一番知っていたと思う。逃げるぞ! と駆け出すが、ルフィが今一歩出遅れた。赤犬の拳がルフィに襲いかかる。駆けだした腕の中から体が放り出されていった。悪りぃな……と言葉が耳をかすめた。

視界がチカチカとした。理解できなかった。力なくヘタり込んでいるルフィの前には腹に大きな穴を開けたエースの姿があった。

「「エ――――スゥッ!!!!!!」」

ズボッ、と腕の抜かれたエースの体がルフィの上に落ちていく。ルフィは言葉が出ないようだった。せっかく、せっかく、助けられたのに。エースとルフィが何かを話していた。でもそれも耳に入ってこなかった。その目の前の現実を受け入れることができなくて、その場から1歩たりとも動くことができなかった。

ツィ、とエースの視線がこちらに向いた。「こっちに来いよ」と呼ばれた気がした。傍に寄ると涙を両目いっぱいに溜めたエースが言葉を振り絞るようにして言った。

「愛してくれてありがとう」

そうして、エースは短い人生に幕を閉じた。残されたルフィは仲間の手によって助けられ、それを見届けた後、急いで親父達のところへ戻った。……でも、その途中で親父は息を引き取った。また、……まただ。大切な人がいなくなった。手出しもできないまま、黒髭海賊団が親父の能力を奪い、その場は騒然とした。これでこの世界はまた波乱の道をたどる。

帰る場所を無くしてしまった。一体どこに帰ればいいの? もう何も分からなくなってしまって、その場で立ちつくすことしかできなかった。抗争は未だ続いている。頭上では剣と剣が交わり続けていた。そんなとき、一人の海兵が戦いを止め、一人の海賊が戦いを終わらせた。

あぁ、あの人は……

虚ろな目で見たその男の風体は若い頃と何にも変わっていなかった。ただ、その隣に立つメンバーがかつてとは違っているだけで彼の瞳は変わらず綺麗だった。その瞳がこちらに向いた。しまった、と顔をしかめる。いくら戦場を駆け回って毛が汚れたとはいえ、この戦場で白い毛は目立つ。興奮している海兵や海賊達ならともかく、こういうひどく冷静な男には気づかれてしまう、そんなの当たり前のことだった。

ジリ、ジリと距離を縮めてくるその人はジッと私を見据えていた。動けなかった。この野郎……、覇王色の覇気を使う辺りが特に気に食わない。

「お~~久しぶりじゃないかぁ~なまえ~」
「…………私はあんたなんか知らない」
「嘘言えよ。一緒に風呂に入った仲だろ?」
「っ、誤解されるようなこと言わないで! 私はこの姿のまま無理矢理入れられただけでしょ! すぐ逃げたし!」
「だってお前、俺らの前じゃ人になろうともしねぇじゃねぇか」
「ふん、私はロジャー船長といられればそれでよかったの。シャンクス、あんたなんてどうだっていい」
「ほうら、知っているじゃねぇか。俺のこと」

ニシッと悪びれる様子もなく笑うその笑顔。本当に変わっていない。そして、その笑顔はロジャー船長にそっくりだ。質が悪い。その笑顔を見せられたら、もう。何にも言えなくなってしまう。

「お! そういえば、船長からお前に返しておいてくれと言われていたものがあったんだった」
「……ロジャー船長が?」
「あぁ、昔お前が使っていたピアスだよ」
「っ、あれは!! ……あれは能力がまだ制御できていなかったから使っていただけで、今はもう必要なっ……」

有無を言わさずに、懐からそれを取り出したシャンクスがその場に腰を折る。腕一本しかないのだから、すぐに逃げられるはずなのに。この男はこうして軽々と人を動けなくしてしまう。

「やめっ、っ――――!!!」

ポンッ、とそこに現れた真っ白な少女に誰もの視線が向く。恥ずかしさから身を縮込ませる。

「ハッハッハッ。お前も変わらないな。そんなに白い髪が嫌なのか?」
「だって、目立つじゃん、みんなすっごい見てくるし」
「いいじゃねぇか白! 俺なんて赤だぜ、赤!! 血の色かっつうの」
「あんたにはそんな繊細な神経通ってないでしょ?」
「ん、あぁ――――そうだなぁ」

そう言いながら一歩足を引いたシャンクスが海の方を見た。そこにはもう一人懐かしい男がいる。

「あっ、バギーッ!!」
「え、あ、おい!? お前、なまえかァッ!? ハデに久しぶりじゃねぇかぁ!!」
「うん、ほんと久しぶり! 元気だっ、て、え、シャンクス?」

駆け寄って感動の再会をしていたら横やりが入った。拾い上げたルフィの麦藁帽子をバギーに向かって投げたシャンクスが言う。懐かしい。昔、それをかぶっていたのはあなただったね。シャンクス。

「バギーその麦藁帽子、頼んだぞ~!」
「おい、てめぇ、てめぇはいつも俺を……!」
「宝の地図、やるから」
「うっしゃぁ――――! 待ってろ~~~~!!!」

相変わらずシャンクスに遊ばれているな、とバギーを見送る。

「ちょっと、なんで邪魔するの? 大人げない……」
「なんで俺のときはあんな素っ気なかったのに、バギーのときはあんなにはしゃぐんだよ?」
「はぁ? そりゃ、バギーとは仲がよかったからに決まっているでしょ? 自分の胸に手を当てて考えてみなさい! あなたが今まで私に何をしてきたのか、思い出すがいい!」

ふん、と顔を背ける。自然と視界に入ってきたのは親父の姿だった。

「ねぇシャンクス」
「なんだよ」
「親父とエースのこと、頼める?」
「……当たり前だろ。俺たちはそのためにここへ来たんだから」
「…………うん。じゃあお願いね」

もう親父の船に戻る理由も、誰かを助ける理由もなくなった。ロジャー船長とルージュの想いを伝えるということも、もう。できない。せめてエースに伝えたかった。2人がどんな想いであなたを待ち望んでいたのか。……でも、エースは最後にあぁ言ったんだ。だから、きっと、もう。2人のことを憎んでなんていなかったんだと思う。愛していたんだと思う。

胸に溜まる想いにソッと蓋をして戦場とは真逆の方向へ足を進める。カツン、と石を蹴る音がした。俯けていた顔を上げたらそこには懐かしい顔があった。

「…………人間は嫌いよ」

耳にはめられていたピアスを外し、そのまま手を離す。地に落ちた真っ赤なピアスが地面の上に転がった。少女は猫の姿に戻り、その場に座り込んで背中を丸めた。それを見届けた漆黒のコートを羽織る男は散らばったピアスを拾い上げて懐へしまう。そうして、すっかり牙を抜かれてしまった弱々しい猫を抱えてその場から去っていった。

「そう言うお前も人間だ」
「……ひどい人」

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