はぐれ猫、大切にされる

数ヶ月もすれば島での時間の潰し方もだんだん分かるようになってきて、ありきたりだけど、今までみたいに見回りをして時間を潰すことにした。話に聞いていた通り、島に住んでいた人間は鷹の目だけだった。すっかり廃れてしまった王国の跡地、いわゆる城下町と言われるところに足を運ぶ。ガタガタになってしまっている煉瓦道をてくてく歩いていった。右を見ても左を見ても、煉瓦作りの建物に刻まれている明らかな争いの後がはっきり見受けられる。

城に置かれていた古い本棚にあったこの国の歴史書。その中にはこの国が滅ぶまさにその瞬間までを忠実に書いてある史書があって、そこに書かれている通りの風景が目の前に広がっていた。でも、そこに書かれていないこともあった。

ガルルルル――

聞こえた唸り声。足を止めてゆっくりと振り返る。そこには各々、体の部位を武装した大きな猿が数匹いた。そして、その数匹の猿の向こうからゆっくりと歩いてきたのはさらに一回り大きな体をした猿だった。その猿はまるで鷹の目が持っているあの黒刀のような大きな十字の刀を背中に指しており、身に纏う空気は他の猿のそれではなかった。

ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるその猿を見据えたまま、前足を引いてその場に腰を下ろした。目の前に来て足を止めて、私を見下ろすとその大猿は私に右腕を差し出す。

軽く頭を下げて頷く。ゆらゆらとしっぽを揺らして折っていた後ろ足を伸ばした。そうして四本の足で立ち上がった私は大猿の右腕をかけ上がって、その肩の上に落ち着いたのだった。

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ここから見る景色は普段地の近くで見通す世界とはまた違っていて、新しい発見がある。それは”見たこともない実をつけた木がある”……なんていう、とても小さな発見だったけれど、今の私にしてみたらそんな小さな発見も楽しみのひとつで、だからこうして猿たちに身を寄せて、一緒に島を回るのも悪くないと思っていた。

この子達と話ができるわけではなかったけど、別に攻撃してくるわけでもないし、それどころか食べられる木の実だとか、魚に肉。そういったものを分け与えてくれた。私が彼らにとってどんな存在なのかはさっぱり検討もつかない。でも、ただ何もせずにぼーっと過ごすよりはいい気がして。

もう1ヶ月になる。私は1ヶ月もの間、あの鷹の目の住む城に戻っていなかった。

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その夜のこと。いつものように猿たちの野営地にある自分の寝床に横になる。体を丸めて、納得がいく位置になるまで頭を動かす。後は目を閉じて眠るだけ。ゆっくりと瞼を降ろしていったときだった。

ドンッ――

体にかかる重圧。それは意識を飛ばすまではいかないまでも、体の動きを完全に止めて考える力を奪った。頭がくらくらする。瞬いて開いた瞳が捕らえたのは素足にサンダル。見知らぬすね毛を視界に入れてもなお体は動かない。そいつが腰を折る気配を感じた。腕が伸びてきて、グンッと体が浮いた。

「見つけた」

知っている声だった。

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「鷹の目」
「何度言えば分かる。腕を失ったお前に興味はないと言っているだろう。出ていけ、赤髪」

城の正門前。そこで待ち構えるようにして仁王立ちし、両腕を組んでいた男が冷たい声で言い放った。

「まぁ、待て話がある」

その威圧に対して軽く笑みを漏らした赤い髪の男は「なっ?」と宥めるように言葉を返す。しかし黒髪の剣士はその話に耳を貸すことなく、背にある黒刀の柄に手をかけた。その様子を目にしても変わらず落ち着いた様子の赤髪は見ろよ、と腕に抱えていたものに視線を落とした。そこにあるのは真っ白な毛玉。鷹の目の視線がそれを捕らえたとき、ピタリと動きが止まった。はぁ、と深いため息を吐き出しながら柄から手を離し、再び腕を組む。

鷹の目がそれで? というように首を捻ると、赤髪が入ってもいいかと言った。そうして二人は城の中へ入っていった。

 

― シャンクス視点 ―

 

 

通された一室。鷹の目はそこに入るなり、帽子を脱いで黒刀を外した。そして部屋に据えられたソファに腰をかけ、こちらを見据えて言った。

「どうしてなまえがお前の腕の中にいる」
「……それはこっちの台詞だ」
「…………」

そこで言い返して来なかったのは、少なからずその責任が自分にあると理解していたからだろう。あの鷹の目がそんなことを認める日が来るとは。

「なまえが出て行ってもう1ヶ月になる」
「……どうして探さなかった」
「…………どこにいた」
「ヒヒの群の中にいた」
「ヒヒ?」
「あぁ、それもかなり大切にされていたようだ。俺が行ったとき、猛攻撃されたからな。懐かしい気配を感じて奥に足を進めて見ればこいつがいた」
「元気そうか?」
「あぁ、一通り確認したが大丈夫なようだ」
「……そうか、」
「気まぐれで会いに来てみれば、まさかこんなことになっているとはな」

なぁ? と目を細めて鷹の目を睨みつける。鷹の目は両手を組んで視線を下に落としていた。沈黙を続ける鷹の目に続けて言う。

「お前に任せたのが間違いだったか? これじゃあ、頂上決戦の後、無理矢理にでも俺たちの船に乗せた方がましだったろう」

一瞬、ちらりとこちらを見た鷹の目は口を結んだまま何も答えない。

「なんとか言え、鷹の目」

静かな怒りが自分の中でふつふつと渦巻いていく。話を聞いているのかどうなのか、それすら怪しい。この男は本当になまえのことを考えているのか。いらいらする。もう一度名を呼んだ。いい加減にしろと言った。

「じゃあ俺は一体どうすればいい?」

鷹の目が声を張り上げて言った。シン、と場が静まる。何も、返せなかった。あの鷹の目が声を張り上げて、苛立ちを隠すことなく、視線を落として両手を組んでいる。まるで迷子の子供のようだ。ぽかんと口を開けて、その様子を見つめた。口を開いても何を言えばいいのか分からず、唾を飲み込むことしかできない。

ふぅ――……と吐き出された息。鷹の目の言葉を待った。

「俺が探しに行ったところでなまえが戻ってくると思うか? なまえは自らの意志でここから出て行ったのだぞ。どうしてそんなことができる。例え無理矢理にでもそうするべきだとお前が喚こうが、俺にはそんなことできない」

淡々とそう言ったあいつは、重々しい空気を纏っていた。まさかここまで悩んでいるとは思わなかった。

「……正直、俺はお前になまえを任せたくない。お前は気まますぎる。なまえの面倒を見きれるとは思わない。だがな、なまえがお前を選んだんだ」
「……選んだ? 何を言っている。なまえはここを出ていったんだぞ」
「まぁ、それは俺も予想外だったんだが…………」

未だ腕の中にいるなまえの体を優しく撫でる。起きないようにゆっくりと歩いて、鷹の目の向かい側にあるソファの上へ彼女をソッと置いた。もぞもぞと身じろいだ彼女を優しく見つめる。先ほどよりも小さな声で言った。

「こいつはロジャー海賊団以外のところには身を置こうとしなくてな。本人は何度か試したらしいが……、どうもそれ以外のところでは長居できなかったらしい。……それがどうだ?」

小声のまま、ゆっくりと足を進める。鷹の目の目の前に立つと、奴は俯けていた顔を上げてこちらを睨み上げた。

「お前とは続いている。お前の側になまえは身を置いている。もう2年は経つだろう?」
「そうだな。俺となまえが出会って2年が経った。……で1ヵ月前、なまえは城を出ていった」
「でも島を出てはいないだろう」
「…………」

奴がまた黙り込んだ。気持ちを切り替えるようにして息を吐き出して、周囲を見回したときだった。

「他に誰かいるのか?」
「どうしてそんなことを聞く」
「コップがやけに多い。それに前来たときはこんなに物がなかっただろう?」

ちらちらと視界に移るのはザザッとではあるが整えられた装飾の数々。……これは。頭をちらついたのは一つの可能性だった。

「……女がいるのか?」
「……まぁな」
「ふざけてんのか、」
「どうしてそう怒る?」
「は? なまえはっ……!」
「シッ、なまえが起きる。静かにしろ」
「鷹の目、俺はお前を見損なった。なまえは連れて帰らせてもらう」
「お前が何を勘違いしているのか分からないが、先週まで2人いた」
「……女が2人だと?」
「……違う。女は1人だ。出先から戻ったら住み着いていた。飛ばされたらしい。その幽霊娘と、その後に飛ばされてきたのは男だ。以前話した、麦藁の一味の剣士だ」
「飛ばされた? なんでここに……」
「俺に聞くな。俺の方が聞きたいぐらいだ。それで流れでその男、ロロノアの稽古をつけることになった」
「女は?」
「女は……いや、娘は…………なまえの話相手になるかと思って」
「……あぁー……なるほど。で、なまえが消えたと……?」
「まぁ……そんなところだ」

はぁ~と深いため息がひとつ。その後に続けてこちらもため息を吐き出した。

「鷹の目、お前は馬鹿か」
「お前に言われたくない赤髪。いつも女の尻を追いかけているようなやつに、」
「どう考えたってなまえが出ていったのはお前のせいだ。その二人のことをなまえとちゃんと話したのか?」
「……いいや」
「ほらな、やっぱり」

ったく。この男は……

「あのな。なまえは人を信じられない体質なんだ。知っているだろう?」
「あぁ」
「なら分かるだろ。見知らぬ人と同じところで暮らすことがなまえにとってどれだけ嫌か。お前が海軍で働くようなもんだぞ?」
「…………」
「いいか、鷹の目。俺の話をよく聞け」

沸き立つ怒りを押さえ込んで、震える指先で奴をまっすぐに指さす。こちらを睨みつける奴に向かって指を振って、はっきりと誤解なく伝わるようにゆっくりと丁寧な口調で言った。

「こいつを見つけたとき、なまえの寝床のすぐ隣には大きなヒヒが居た。周りのどのヒヒよりも大きかった。そのヒヒは十字の大きな刀を持っていた」

鷹の目の眉がぴくりと動いた。

「まるでお前の黒刀そっくりだったよ。なまえはそのヒヒと共に過ごしているようだった。……この意味が分かるか?」

奴は一度目を伏せて、数秒床を眺めたあと、またこちらを見据えて言った。

「…………あぁ」

「本当に分かっているのか?」
「あぁ……」
「じゃあ俺はそれを信じていいんだな?」

こくりと一回、鷹の目は頷いた。

「そうか、ならいい」

瞳を見れば分かる。そいつの心が今どうなっているのか。始めは揺れていた奴の瞳も今ではしっかりと芯のあるものに変わっていた。もう大丈夫だろう。きびすを返し、早足で出口へ向かう。去り際、ほんの少し首を後ろに反らして言った。

「鷹の目、次はねぇからな」と。

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