あれから時は流れ、なまえはある節目を迎えていた。
相も変わらずいつもの如く夕方になると酒飲みたちがなだれ込んでくる酒場は活気で満ちている。今日は特別騒がしい――騒音と言っても過言じゃないほどの活気だった。しかしながら島民はその理由を知っていたこともあってどうこうすることもなかった。
むしろお祝いごとは盛大な方がいいに決まっていると島民たちも揃って参加しはじめてしまい、何だかよく分からないうちに島全体がお祝いムードになってしまっているほどだ。
その主役はと言えば……お祭り騒ぎの中心地であるマスターの酒場にいた。
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ガツン――グラスのぶつかる音とお祝いの言葉がひっきりなしに飛び交う。そんなに強くぶつけたら割れてしまうのではないか、ひやひやしながらもなまえは柔らかい笑顔を浮かべていた。
これは間違いなく人生最大規模の誕生日会になった……今この瞬間になまえの頭にあったのは良くも悪くもこの誕生会をしでかしてくれたその人のことだった。盛大すぎて恥ずかしさを通り越して若干引いているのは胸の内にしまっておくことにして開き直る。もうここまで来たら無理やりにでも楽しんでやろうじゃないの! そう意気込んだそのとき、今日は無礼講だ!!――ひときわ大きい声を上げながら酒場に入ってきたまさに”その人”赤髪のシャンクス。その声に周囲も応えてまたガヤガヤと騒がしさを増した。
彼が進む先は自然とあいていく。大勢の輪に囲まれているなまえの隣に向かって一筋の道があっという間にできた。
「おう、なまえ! 楽しんでるか!?」
初っ端に顔を合わせたときからだいぶ飲んだらしい……すっかり出来上がっていたシャンクスはあいた道を悠々と歩いてなまえの隣に並んだ。
「シャンクスさん。お帰りなさい」
「ちょっとひと息つけにきたぞ」
「だいぶ飲んでますね~」
「あぁ。ぐるっとひとまわりしてきたからな」
「それはそれは!」
ニシシシッ――上機嫌な様子から相当楽しかったんだろうとなまえもつられて笑顔を返す。
「今日はめでたい日だから――飲まねェと! しっかり飲んでるか?」
「もちろん! しっかり飲んでますよーさすがにシャンクスさんほどじゃないですけど」
「主役が飲まないでどうするんだよ~?」
「一緒にしないでください。酒飲みに勝てるわけないでしょ」
「ははは。いいねぇ! これからもそんな感じで話してくれると嬉しいよ」
「そうですか?」
「うん、でいいって。俺となまえの仲だろ?」
「はいはい」
「はいは一回な!」
「めんどい……」
「おい~~それはないだろォ~~」
「嘘だって。これでも感謝しているんだから!」
「……感謝? 俺に……?」
「そうだよ。こうしてわざわざお祝いに来てくれるなんて思ってもなかったもの。……本当にありがとう」
ぱちくりと瞬いたシャンクスがにっこりと笑う。
「いえいえ。なまえのためなら、いつでも」
急に優しい表情になったシャンクスを見てなまえは瞬いた。もしや……実はこの人は酔っているフリをしているだけなのだろうか……? と。演技なのかどうかはさて置いて、そんなことを言われて悪い気がする人なんていない。それもシャンクスが言ってくれるのだ。普段はあまり照れたりしないなまえも嬉しさと気恥ずかしさで恥じらうように笑みをこぼした。
くわえてシャンクスときたら、おどけてウィンクまでしてくれた。これだけの男前にそんなことをされてしまったらたじたじというものである。
気が付けば会話の流れはすっかりシャンクスのペースで、なまえは真っ赤に染まり火照った頬を両手で押さえるのでいっぱいいっぱいになっていた。勿論それを見たシャンクスが付け上がったのは言うまでもない。シャンクスがたたみかけようと意気込んでいたら――
「お頭あんまりなまえを虐めるなよ」
不意に頭上から降ってきた台詞。聞き慣れた声だった。当人を見るまでもなく誰か分かったなまえは火照った頬を押さえながら左右に顔を流した。左から差し込んだ影はなまえの横で落ち着いて目の前に1つのグラスが差し出された。
「おめでとう、なまえ」
「ありがとう、ベンさん」
「よせよ。そんな付き合い短くないだろ。ベンでいい」
「あ、そうだった……! ついね」
何週間か交流を深めたあとは短くとも数か月は会わないせいか、ちょこちょこ他人行儀になってしまうのはなまえのご愛敬だった。
「お頭だけ特別扱いしてると他の奴が怒るぞ」
「え~してないしてない。平等だって」
「え、そうなの?」
「え、違う……?」
互いに顔を見合わせて首を捻り合うシャンクスとなまえ。すぐに、そうなのか、そうじゃないのかなんてどうでもよくなって、意味もなくけらけらと笑い出した。またやってるとそれを横目で見ていたベックマンが別の話題を提供した。
「今年でいくつだ?」
「ん~と、20歳になりました!」
想像していた20歳とは全然違うんですけど、これはこれでいいかなって思ってて……とすらすら話し続けるなまえの隣でシャンクスは黙り込んでいた。数秒後、シャンクスがすっかり静かになっていることにようやく気が付いたなまえが首を捻りつつ言った。
「……どうしたの?」
フッ――と声を漏らしたのはベックマンだった。なまえがまん丸と開いた両目で不思議そうにベックマンを見つめると彼がにまにまと笑う。なんだか少し仲間外れにされた気分になったなまえが説明を求めるように目を細めた。喧嘩慣れしているベックマンからすれば大した睨みではなかったが、なまえに睨まれては仕方がないと観念して口を開いた。
「俺たちが想像していた以上に若かったから驚いたんだろ」
「……そうなんですか?」
なまえが真意を確かめるようにシャンクスを見やると、目を合わせたシャンクスは唇を尖らせていた。うるせぇと一言。そのまま手に持っていた酒一杯をいっきに飲み干した。
変わらずにまにまと笑うベックマンに反して、シャンクスは複雑そうに眉間に皺を寄せていた。10歳近くも違う女とは思わなかった。それがシャンクスの本音だった。話も合う、ノリもまま近い。離れて5歳程度だろうと。聞くようなことでもなかったこともあって今までそんなに気にしていなかったけれど、20歳というこれからの未来がある人を目の前にするとどうしても今という時の大切さを考えてしまう。
今が人生でもっとも楽しいときだ。少なくともシャンクスはそう思っていた。何かに縛り付けられていい歳じゃない。自分の思うままにやりたいことをやるべきときだと。ますます、彼女を縛り付けている”奴”のことを許せなく思う。
今、なまえは幸せだろうか。シャンクスは思った。
「……?」
黙り込んでしまったシャンクスを横目に見ながらなまえも同じようなことを考えていた。
思えば……ここに来てから早4年。もう20歳になった。20歳と言えば、結婚して女の幸せを手に入れてもいい年頃。……私はどうしたらいいのだろう。
ミホークさんに出会って、ミホークさんと離れて7ヶ月ほど。このグランドラインを思えばその期間は、たいした時間とは思わない。それぐらい離れている人たちは山ほどいる。
それは分かっていた。……し、それぐらい待てて当然だと思っていた。でもいざその立場になったら全然違う。たった7か月なのにもう何十年も会っていない、そんな感覚だった。
あの日のことはまだはっきりと鮮明に覚えている。彼の歩く姿も、背中の暖かさも香りも何もかも。片時も忘れたことはなかった。ミホークさんは今、どこで何をしているのだろう。もしも……また彼に会うことができたなら、急にいなくなった理由を問い詰めてやりたい。もっとやり方があったんじゃないかって思いっきり責めてやりたい。
……そう。もしもなんだ。私と彼が会えるかどうかも分からない。会えたとして……彼は私のことを覚えてくれているだろうか。彼との思い出に縛られているのは私だけなんじゃないか、ときどき不安に駆られた。こんなにもあの人に焦がれている。
「不器用にも程がある……か」
ふいになまえの口から出たのは、なまえが先日読んだばかりのとある小説の一説だった。その小説の中で優柔不断な主人公に対して友人の女の子が言った台詞がある。なまえはその言葉のなかには周囲から見ていたら悩む余地なしのことなのに……という意味合いが織り込まれていたように思っていた。もしも今のなまえの立場が主人公と同じというのなら、まさしく……悩む余地はないのかもしれない。
それでも、なまえは悩まずにはいられなかった。立ち止まったまま、後ろを振り返って、あの時のことを思い出すことが今のなまえにとって何よりも大切で幸せなことだった。
「なまえ?」
いつの間にかシャンクスがいた席にレスティが座っていた。ロングウェーブの赤い髪がなまえの視界に映る。どうやらシャンクスが席を立ったことにも気づかないくらい、物思いに耽っていたらしい。
なまえがレスティの方に顔を向けるとレスティは眉を落とした。口には出さなかったけれど「大丈夫?」と言いたげなその表情になまえは苦笑して返す。いつも心配かけてばかりだと思いながら。
「そんな心配そうな顔しないで」
「だって心配なんだもの」
「………」
「また彼のこと?」
「……そんなに分かる?」
「当たり前じゃない。何年一緒にいたと思っているの」
ふん、と鼻息荒く胸を張って返したレスティにやっぱり敵わないなぁとなまえは笑みをこぼす。続けて残っていた少しのお酒を一気に飲み干すと、まるでやけ酒を煽る親父が愚痴をこぼすようにぽろぽろと言葉を落としていった。
「ねぇ、レスティ」
「ん?」
「わたし幸せになりたい」
「……そうねぇ」
それを聞いたレスティも残っていたグラスの残りを煽って飲んだ。続けて言う。
「……それは女として?」
「うん……」
「こんなこと言うべきじゃないかもしれないけれど……」
「……?」
「彼のことを想うなまえの顔は幸せそのものだと思うわ」
「……たしかに、満たされてはいる……んだけど」
「だけど?」
「帰ってくるかも分からない。あの人の気持ちも分からない。そんな一方通行でいいのかなって」
「今の幸せがこれから先も続くか分からないから不安?」
「……うん」
そうね――とレスティは目を細めた。彼女はソッと自分のお腹に手を置いて優しく撫でた。
「レスティ?」
彼女はゆっくりと数回瞬いた。なまえはそれを横で見ながら首を傾げる。何かが――レスティがなまえの方を見てにっこりと笑う。その笑顔は満たされていて幸せそのものだった。彼女の視線がなまえを誘導するようにカウンターの方に向かう。カウンターに立つマスターは2人からの急な眼差しに瞬きつつ、空になった二人のグラスに並々と追加を注いでいく。
「マスターがどうかしたの?」
こくり――、一回うなずいたレスティ。
「子供がね。できたの」
その瞬間、なまえの両眼が見開いた。
「え! うそ! 本当に!!?」
その瞬間、なまえの頭の中に渦巻いていた事柄すべてが吹っ飛んだ。
「……お相手はマスター?」
「うん。そう」
「え! おめでとう!」
「ありがとう」
「いや、ほんとのほんとうにおめでとう! 全然気が付かなくてごめん!」
「なんで謝るのよ。いいのよ」
「え、もう私の誕生日どころじゃないって。ちゃんとお祝いしなきゃ! おめでとう~~!!」
わっ――、レスティが声を上げる。なまえは嬉しさのあまりレスティに飛びついてぎゅうっと抱きしめた。その様子を見たマスターが慌てふためいた。
「おいおい! もっと優しく抱きついてくれよ!」
「あ、ごめん……! 嬉しくて、つい」
慌てて離れたなまえと焦るマスターとは反対にレスティは落ち着いた笑みを浮かべている。
「これぐらい大丈夫だって」
「でももしも……」
「もう心配し過ぎ」
それでもマスターは心配そうに眉を落としている。二人にとってはじめてのこと。だからこそ不安で、心配で。それが当たり前なんだと二人を見ながらなまえは思った。
「ありがとうね、なまえ」
「ううん。こちらこそ」
――と同時に、はじめてを一緒に進んでいく二人はとても幸せそうで、いいなぁと思った。
にっこりと微笑んだレスティが言う。
「……私もね。いっぱい、いっぱい待ったのよ。このお店でこの人と出会った後、なかなかお店がうまくいかなくて、一度お店を閉めたの。それから2人でいろんなところへ行って旅をして……ある時彼が言ったの。君といると、俺はいつまでも君に甘えたままになってしまう。だから、一度離れようって」
マスターがそんなことを……なまえが目を見開いてマスターを見ると、気恥ずかしそうに笑いながらマスターが言う。
「あのときは……正直、俺も辛かった。でも必要なことだと思ったからな」
「……えぇ。そうね。私も、今はそう思うわ。あれで良かったんだってね。でもね……当時はそんなこと思わなかった。この人は私のことなんか考えていないんじゃないか。きっと私はお荷物で邪魔なんだって思ったの」
それを聞いたマスターがそっとレスティの手を握るとそれに答えるように握り返したレスティが続けて言う。
「それから……私はこの町に戻って踊りを続けたのね。ひたすら待ったわ。2年……いや3年だったかしら」
「あぁ、3年だよ」
「そう……3年。3年間、手紙も何もなし。音信不通で、ある日突然帰ってきたの」
なまえはマスターの方に目を向ける。返す言葉がないのか、目を伏せて何も言わないマスターをなまえは黙って見つめることしかできなかった。そのまま数秒、沈黙が続いた。
「……で、開口一番にこの人なんて言ったと思う?」
「……ん――。待たせて悪かった……とか?」
なまえがマスターを見ると彼が申し訳なさそうにしなだれていった。どうやら違ったらしい。
「レスティ! 店を開くぞっ! って。普通は感動の再会とかあると思わない? 3年も待ったのよ?」
「あ、あれはっ、気持ちが先走っていて……」
いやいやいや。慌てて弁明するマスターを横目に、なまえが静かに首を横に振る。
「……マスターが悪いね」
「…………ごめん」
普段の明るい様子からは想像できないくらいしゅんと肩をすぼめている様子から、相当反省していることが分かる。それを見て満足そうに笑ったレスティが「蒸し返してごめん」と謝りつつ、なまえの方に向き直った。
「私がなまえに言いたかったのはね、信じるかどうかを決めるのは自分次第で、自分でその人のことを信じると決めたなら信じるべきなんじゃないかってこと。もしかしたら、後悔するかもしれない。でもね、後悔なんて後からしたらいいの」
「……後悔したら?」
「後悔せずに生きてきた人なんていないわよ」
確かにそうかも……なまえは一度頷いた。
「後悔するのが怖くて選択しない方が後悔するよりももっと馬鹿らしいとは思わない?」
「……うん。思う」
「じゃあもう答えは出たわね?」
「…………うん。出た」
なまえは晴天の青空のように、清々しい表情で力強く頷いて返した。

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