第18話 一世一代の相談

「……何をしている」

シャンクスさんと2人きり。顔を寄せ合って笑い合いながら、まるで仲睦まじい恋人のよう。端から見たらそんな風に見えてもおかしくはない。

唐突に現れたミホークさんの不機嫌極まりない顔を見て、ハッ――と思い身を引きはしたけれど、すでに後の祭り。

おまけに全然普通の会話をしていたのに後ろめたい気持ちまで芽生えてきてくる始末で、冷や汗が背中を伝って落ちていった。……いや、おかしいって。ただ話していただけだからね、私。

「なんでもいいだろ~なまえちゃんの相談に乗ってあげてただけだ」
「……相談だと?」

ミホークさんの鋭い目がこちらに向く。

……なぜ俺ではなく此奴に話すのか、と彼の目は申しておりますね。これは仕方がないと思います。シャンクスさんの方が人たらしを生かした尋問が得意なものでして。

「邪魔が入ったけど……で? なまえちゃん。続きを話していいよ」
「え……」

この状況で話すんですか? と思ったけれど、シャンクスさんに腰を据えられてしまったら逃げられる気がしない。……目まで据わっている。

あぁ……話の流れが変わったから、この話題からは逃げられるかと思っていたのに。

そして一言の断りもなく、隣を陣取ったミホークさん。自分にも聞かせるなら、まぁ良かろう――という表情をしておられます。一緒に聞く気満々です。

「お〜い~。鷹の目はあっちいってろよ」

「……俺も聞く」

何その台詞! 聞き慣れない言葉に慌ててミホークさんの方に振り向く。ほんの少しだけ、頬がむくれているように見えた。やだ……もしかして焼きもち妬いてくれているんですか? 可愛いんですけど! 何その顔。可愛過ぎるんですけど!

単純な私はそれだけで、よし……ミホークさんがそこまで言うなら話そう。腹を括った。

なんだかんだ、2人は仲いいね――と言いそうになった。火に油を注いでしまうところだった危ない。

「その、ですね。親父の……あ、白ひげ海賊団の船長のことね。その船に乗っているときにね、エースっていう新入りに初めて会いました」
「あぁ、あいつか。……たしか、火拳のエースだっけな」
「え、知ってるの?」
「知ってるも何も、懸賞金かかってただろ、あいつ」

なぁそうだろ? とシャンクスさんがミホークさんに確認を求めるも、興味ないと一蹴り。

「あー、そうですかー」
「えっと、続けてもいい?」
「わりぃ。ごめんごめん」
「で、話をするくらいに顔見知りになって、船内の案内とか、してもらっていたのね。それで……」

なぜかはよく分からないんだけど、急にエースの纏う空気が変わって、……なんといいますか、えぇと――そう言いながら、ここから先って私の警戒心の無さが露呈した話にもなるから自ら首を絞めに言っている気がしてならないんだけど言うのはやめておいた方がいいんじゃない……? 自責の念が追いついてきてしまった。

「それで……?」

両眼を目を細めて先を促してくるシャンクスさんはもうその先を知っているのではないかと思うくらいに怒りを内側に押し込めて眉根を寄せて深い皺を刻んでいる。ひゅっと喉が鳴った。……怖すぎます、シャンクスさん。

「赤髪。それでは話せない。抑えていろ」

……と、素知らぬ顔をして海の方向を見つめているミホークさんの背後もなんだか仄暗く見えてくる。いや、そんなまさか……まだ前口実にも届いておりません。言い訳するよりも前の前の話です。これは私が及び腰になっているせいで気になってしまうだけでしょう、と言い聞かせて話を進める。

「それで、……私もなんでそうなったのかは分からないんですけど、エースの手が腰に回ってて、……っ、あ、あのね! 吃驚しすぎてすぐには反応できなくて……それで、」

本当に相談したいことはその先にあった。その時のエースは私にどうしても自らの肉体を見せたかった。そして私は謀られたとはいえそれを見てしまい、いつもミホークさんに向けているように溺れるように縋るように求めてしまった。それがたった今で会ったばかりの相手だというのに。その自分の悪癖をどうすることもできなくて、今も困惑している。その話をしたかった……のだが。

ズシン――と船が海にめり込むように沈む。身体に重圧がかかるよりも早くミホークさんが圏外へと避難させてくれてその場は難を逃れた。

「頭ァ!!!!」

ベンさんの怒りの籠った声が辺り一帯に響き渡った。

一体どこから叫んでいるのか……姿は見えなかったが、これがまた物凄い怒声でたった一声でシャンクスさんの意識を引き戻して見せた。さすがは赤髪海賊団副船長。そののち船体はバウンドするように数回跳ねて海原を波立せた後に止まる。

ミホークさんに抱えられたまま元の位置に戻り静まり返った辺りを見回した。周囲の全員は甲板に倒れている……が、酔い潰れているのか気に当てられて伸されているのか全く判断がつかない。……大丈夫だろうか。

「……それから?」

……え? と恐る恐るシャンクスさんの方を見る。顔なんて見る勇気が出なくて視線は落としたまま。あ……腕の血管が飛び出している。相当な強さで拳を握り締めておられているらしい。思わず身震いしてしまった。そっと背中に回されたミホークさんの手のひらが肩を掴んで引き寄せる。少しだけ気が緩んだ。首を傾げて仰ぎ見ると「あとは何をされた?」と。足先から頭の先までゆっくりと冷気が這い上がり全身を覆っていく。背筋が凍るとはこの事か。それとも肝を冷やすというのか。

あぁ……本当なら今日は幸せいっぱいのまま眠りにつくはずだったのに。もう涙がちょちょきれそうだ。

「安心しろ。なまえの危機管理の無さについてはあとでみっちり話すことにする。今はされたことをすべて報告しろ」

いや、だから……すべて報告したら、みっちり話す内容が増えてしまうわけで、自らそんな馬鹿みたいなこと……左右から突き刺さる視線に耐えられるはずもなく、私は早々に口を開くことになる。絶対に2人を敵にしたくはないと心の底から思った。

……エース、ごめん!

「あとは……首にキスされて……、でもね。相談したかったのはそこじゃなくって」
「……は? 言い寄られて困っているってわけじゃないのか?」
「あー。う~~ん。確かに困りはしたんだけど、……」
「?」

本当に不思議そうに、何を悩んでいるのか分からないと首を傾げているシャンクスさんからはさっきまでの熱量が消えてしまっている。いつものシャンクスさんだ。少し安堵する。

「そのエースって人にも言われたんですけどね、『出会ったばかりだし、好きでもないし、そんな人にこんなことをされてなんで逃げないんだ?』って」
「あ~~なるほどな。なまえちゃんは嫌じゃなかったのか?」
「……それが、」

シャンクスさんとは反対側、少し上から刺さる視線がその先を待っているのがよく分かった。言葉が詰まってなかなか進まなかったのは少しでも言い方を間違えてしまったら……とその先を想像してしまうからで。本当は見上げて言いたかったけれどそんな勇気はなく。俯きがちにとつとつと話すことしかできなかった。

「嫌でしたよ だって、私が好きなのはミホークさんだし」

それはまるで自分に言い聞かせているような物言いになってしまった。『だって』だなんて言い訳じみた言い方をしてしまって、聞いた側がどう捉えているのか、想像して余計に苦しくなる。

「でも、ね……どうしてか体が動かなくって」

言っている意味がきちんと伝わっている、だろうか。そんな不安を抱えたまま口を閉じる。この後に何か続けて言うとして、出ていく言葉は悪あがきのように聞こえの良いものにはきっとならない。……だからこれ以上は余計なことは言わずに黙っておこうと思った。

「……なるほど、それでどうしたらいいか、アドバイスが欲しいと?」
「……はい」
「どうして此奴には言わなかったんだ?」
「……話にならなそうだなぁ~なんて思って」
「……ふはははっ。まぁ、確かにそうかもな」

現に今のミホークさんは危ういバランスでその場に立っているように感じる。……これは想像に難くなかったことで、大変申し訳ないことにこの状態のミホークさんと一緒にいて抑え込める自信がなかったからミホークさんには相談しなかった。シャンクスさんは苦笑しながらも真剣に考えてくれているようで、数十秒程の沈黙が訪れる。ミホークさんは何も言わなかった。

「……そうだな。正直なことを言うと『全然分からない』が俺の答えだ」
「そう……ですか……」
「ただ、」
「ただ?」
「なまえちゃんが何かおかしいと感じているのなら、おかしいのだろうとは思う」
「信じてくれるんですか?」
「あぁ、もちろん。どうにかしたいって願うのなら力になる」
「…………ありがとう、シャンクスさん」

ようやく、息ができた気がした。「そんなものは気合いでどうにかしたらいい」だとか、「自分のことは自分が一番わかるだろ」とか、そんなことを言われて振り払われてしまったらどうしよう……後ろ向きな考えがいつも頭の片隅に付き纏っていてなかなか言えなかった。でもいざ相談してみたら、あぁ、そうか……シャンクスさんがそんなことを言うわけがないと、自分の思い違いに恥ずかしくなってきた。

「お前は……どうする?」

シャンクスさんの問いはミホークさんに向けられたものだ。その問いを真っすぐに受け取って、ミホークさんは私の方に視線を落とした。

「誰が何と言おうともなまえのことは大切に想っている。たとえなまえが卑屈になろうとも、俺は支えよう」

ぽかん――シャンクスさんが口を開いたまま止まっている。その隣で私は甘い甘い台詞に顔が赤く染まっていった。……なんだかすっごく恥ずかしい。だけど同じくらいに嬉しくも思った。見上げた先にあるミホークさんの双眸は柔らかく緩んでいて、ほっと息をつくことができた。こうして人前で優しい言葉を囁かれたことなんて……なかったんじゃないかな。嬉しさを噛み締めつつ笑顔を返す。

「あ~~、とにかく。そういうことだ。分かったか、なまえちゃん。取り敢えずの情報収集は俺たちに任せておけ。どっかのひとりぼっちの海賊とは違って、情報収集は得意だからな。あと、二人はもう離れるなよ。何があるか分からねぇから、それが一番いい」
「……はい」

任せておけ、というシャンクスさんは私にとっては救世主で、本当に有難く、深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございます」
「よせよ。他人行儀だな」

そう言うと、シャンクスさんは急に姿勢を正して、その場に片膝をついた。首を傾げて様子を見ていたら、右手を掬い取られて、俺のお姫様のためになら何なりとして差し上げましょう――と、手の甲に口づけがひとつ。

当然のことながらあたふたとその様子を見つめることしかできず、気づいたときには、ウィンクをしながら「今夜は俺の勝ちだな」と颯爽と去っていくシャンクスさんの背中を目で追いかけて呆然と立ち尽くしていた。

いやいやいや、待って。何ですか、その演技は……!

大変悔しいことにすっかり心を奪われてしまった。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!