キー キー
キー キー
コウモリが飛んでいる。それもこの真昼間、海のど真ん中で。
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シャンクスさんの船で棺船のある島まで送ってもらったあと、休息を取った私たちはまた船旅を再開していた。まずはここから一番近い島に行ってみようと決めた矢先、コウモリが現れたのだ。
……えっと、なんで? 首を傾げて不思議がる私とは違ってミホークさんは見向きもしない。追い払うまではしないということは危険はないということなんだろう。この子は一体……? ホバリングしているコウモリの方に右手を伸ばすと「あぁようやく……」というように腕に止まった。あ、そういうことだったんですね、すみません。と内心申し訳ない気持ちになりつつ、コウモリが差し出す足に目を向けた。……手紙?
「ミホークさん、この子……手紙を持っていますよ」
「……またか。懲りない奴らだ」
また……? ということは何度か受け取ったことがあるのだろう。それにしても、コウモリをこうしてまじまじと見るのははじめてだ。
「貴方はどうしてここに来たの?」
「キーキー」
もしや話せるのでは、なんて思って聞いてみたけれど、やはりそんなわけはなかった。でももふもふしていて結構可愛い。
「伝書バットだ。いつも余計なものを運んでくる」
「まーたそういうことを言うんですからまったく。伝書ってことは結構大切なものじゃないんですか?」
コウモリから受け取った手紙の宛名には、王下七武海鷹の目のミホーク宛――とある。これって……恐る恐る差出人に目を向ける。ここにある海軍元帥って……海軍の一番上の人なのでは?
「あのう、海軍からの伝書のようですけど」
はぁ……あからさまに面倒くさそうにため息を吐き出したミホークさんがゆっくりと立ち上がる。それに驚いたらしく伝書バットがバタバタと慌ただしく飛び去って行った。
「あ~! いかないで! もふもふしたかったのに……」
せっかくの楽しみを逃がしたミホークさんを睨みつけはしたけれど、彼の意識はもう手紙の方に向かっていた。乱暴なようで丁寧に開けられた封筒を人差し指と中指の間に器用に挟んだまま、視線が紙の上を流れていく。手紙ひとつ読むだけでもこんなに絵になるんだから、世の中って不公平だよね……ほんと。
視線がぴたりと止まると、手紙を丁寧に封筒に戻していく。なんて書いてあったのだろう。聞いたら教えてくれるのかな。そう思いながらその様子を見ていたら、何を思ったのか、胸の十字架に手を添えて、手紙を大海原に向かって投げた。そして刃がキラリと光り――「ちょっ! ちょっと待った~~!」
ひらひらと、落ちていく手紙を慌てて追いかけて水面間近でなんとか捕まえる。
「……なんだ?」
「今、切ろうとしましたよね?」
「そうだが?」
「なんで切ることになるんですか」
「別に俺の手紙だ。かまわんだろうが」
「確かにそうですが、……いや、そうじゃないでしょう!」
どこの世界に大事な伝書を刻む人がいるんですか! と言おうとして、あ……ここに居た、と目の前の人を呆然と見つめた。おかしいな……私、間違っていない……よね?
「内容を聞いてもいいですか?」
「大したことはない、いつもの如く招集がかかっただけだ」
「いつもの如く……?」
いつも――それは、普段という意味だ。つまり、この手紙は普段から届いていたもので、ミホークさんにとっては日常のひとつになっているということである。……待って、私こんなの初めて知ったんですけど。
「え~と、確か私はミホークさんと6年ほど一緒に居たと思うのですが……?」
「あぁ、もうすぐ7年を迎える」
「こんな手紙、初めて見ました」
「今までは真夜中に来ていたからな」
「それ、まさか……」
「?」
何が言いたい……? と不思議そうに首を傾げる辺り、この人は自分がやっていることの重大さに気付いていない。王下七武海なんて大層な肩書を得て悠々自適に暮らしているくせに責任からは逃げている。
いやいやいや。まさか、ね。
じとりとした視線を向けつつも、こうなったら内容を確認せずにはいられない。気になりすぎて夜も眠れない……というやつだ。絶対に中を見てやるという私の気迫を感じたのか、やれやれ……と止めるのを諦めたミホークさん。
再び椅子に腰かけて優雅に目を閉じる様子を目の端に入れながら手紙をゆっくりと開いた。
:
拝啓 鷹の目のミホーク殿
この手紙は王下七武海の責務を果たすべく海軍本部へ顔を出すことを催促するものである。
貴殿は再三の招集に応じることもなく、責任を放棄している。よって、この状態が尚も続くようなら、称号の剥奪も検討することを心せよ。
盟約に従い、招集を命じる。
海軍本部元帥 センゴク――
:
「……何? この文章」
「まったく、俺をなんだと思っているのか」
「いや、ミホークさん? さっき切り刻んで証拠隠滅しようとしましたよね? もしかしなくとも七武海のお仕事サボってますか?」
「サボってはいない。なまえも知っているだろう。定期的に賞金首は捕まえて送っている」
「それは仕事のうちのひとつで当然です。それとは別に招集に応じる義務があるんじゃないですか……?」
「…………さぁ?」
「っ、」
こ……この男という人は! 海軍の元帥が手紙を……それもこれって恐らく手書きだよね。直筆だよね。直筆で書いて送ってきているというのに。なんて対応をしているのか!
「……ミホークさん」
「…………無理だ」
「まだ何も言っていないです」
「……行かんぞ」
「どうしても?」
「俺は行かない」
「……じゃあ代わりに私が行きます!」
そうだよ! 代理で行けばいいのではないか。ミホークさんは忙しいので……と来る気はあるんだよ、という誠意だけでも見せておけば向こうからの心象はそれほど悪くならないと思う。
「……は? なまえが代わりに……?」
ミホークさんにしては珍しくきょとんとした顔をして、その顔を見てきょとんとする。すると喉を鳴らして可笑しくて仕方がないとミホークさんが笑い出した。腹を抱えてまで笑うから思わず凝視してしまった。なんでそんなに笑っているのか……相変わらず笑いのツボが分からない人だ。ひとしきり笑い終わってスッキリしたらしいミホークさんが晴々と言う。
「やめておけ。他の七武海も来る。なまえじゃ手に負えないだろう」
「いえ、行きます! せめてここにあるセンゴクさん? に謝らないと申し訳ないです!」
「なぜなまえが謝る必要がある……?」
「え? だって……っ、」
あ……私……。当然だって思っていたけど、端から見たら『何故君が?』となるに決まっているじゃないか。勘違いも甚だしいって言われたらどうしよう、立ち直れないかもしれない。
「……どうした?」
「その……ですね。私って、これでも一応はミホークさんの付き人をしていますし。っていうか…………その、こ……恋人ですし…………」
思い切ってそう言うと、ハッ――と両眼を見開いたミホークさん。先ほどまでは気だるげに傾げていた首をゆっくりと起こして一点集中で見てくる。うぅ…………それ、やめて下さい。ミホークさんって目力が人の何倍もあるからただ見つめられるだけで威圧感があるって言うのに、それに加えて、これでもか――と見開かれたら視線が突き刺さるんですよ…………心に。
「つまり惚気ということか…………?」
「え! あっ、いえ……そんなつもりでは……!」
…………でも確かに言われてみればそうなるかもしれない。ひやぁ、なんて羞恥心なことを……。
「俺の代わりに行くということはそういう関係と知らしめることになる。……なるほど、考えたな……」
「違っ! 私はただ謝罪に……」
「俺の代わりに、だろう?」
「う…………」
そう、です、けど……。いや、でもそうじゃなくって。あぁ、なんて言えば伝わるの! なぁ? そういうことだろう? とまるで新しい玩具を手にした子供のようにミホークさんがはしゃいでいる。普段は私の方から惚気ることがないから相当嬉しいんだろうけど……やーめーてー!
恥ずかしくって死にそうになってきた。たとえこの船の上にいるのはミホークさんと私の二人だけだとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。ほっぺたが熱くて熱くて堪らない。「お願いだからもう何も言わないで下さい!」とそう言うと、にんまりと悪びれた笑みを浮かべたミホークさんが言った。
「そこまで言うのならば、今回は俺も行こう」
「え! いいんですか!」
「あぁ、ただし条件がある」
「え…………条件?」
「あぁ、」
なんだか物凄く嫌な予感がした。

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