第23話 スモーカー大佐とたしぎ曹長

「ここだ」

案内されたのは客室だろうか。部屋の扉の前で立ち止まる。ふぅ~と一仕事終えたと言わんばかりに、その男の海兵は上着のポケットから葉巻を取り出して片手に持った。くるりくるりと手の指で遊ぶように回す様子を目で追っていると、いい度胸しているな――と何故か威圧される。あれですか、散々無視したからですか。こちらにも事情があるので意を酌んでもらえると有難いのですけど、そんなの知ったこっちゃない、ですよね……。うん、早々に立ち去ろう。ここに居てもいいことはきっと何もない。

気持ちを切り替えて有難く客室を使わせてもらうことにする。男の前を通り過ぎて扉に、

ガンッ――

「まぁ、待て。そう急ぐな」

男の右肘が扉を押さえるように塞ぎ、目のすぐ横にあった。手の先は頭上にあるようで、扉に対して正面に立っていた私は右横にある男の存在に全神経を集めた。……距離が近い。この距離でフードをの下を見られたら女だとばれるかもしれない。背中にある男の気配に集中した。

「あ……?」

男が急に葉巻を口から離して手で握りつぶした。先ほど火をつけたばかりだったのになぜ……? すると、煙を追い払った後に鼻をすん、と鳴らしだした。犬のようにくんくんと私の周囲を嗅ぎ出した。これには流石の私も驚いて慌てて横に飛び退いた。

「……良い香りがする」

ひゅっ――と喉が鳴る。途端に冷や汗が湧き出てきて、これはまずい、よくないと警鐘が鳴った。咄嗟に振り返る。身を低くして腰の刀に手をかけ、男の腕が緩んだ隙をついて扉の持ち手を回し体を滑り込ませることに成功した。しかしながら男の方も咄嗟に動いていて、扉が閉まりきる前に足が差し込まれていた。そんなことはお構いなしに思いっきり閉めればいいのだがそんな勇気はない。もしも挟んで怪我をさせてしまったらどうしようなんて考えてしまう。私はそんなに無慈悲にはなりきれない。まぁでも……ほとんど同時に男の手の平も扉を押さえていたからどちらにせよ私の力では締め切ることはできなかっただろう。力押しではどうしても負ける。

「…………」

あぁ、こういうときに喋れたのなら、一発腹が立つような台詞を浴びせて隙をつくこともできたかもしれないのに。ミホークさん、この設定はいろいろと問題が多いです……。出来ることと言えば、ミホークさんを真似て不機嫌な空気を醸し出し、精一杯睨みつけることぐらい。私の渾身の圧力を身に受けて男はパチパチと目を瞬かせていた。何かを確認するように、上から下まで視線が動いて回る。これは完全に怪しまれてるのではないでしょうか。一度は収まっていた冷汗が額から滲み出だしたときだった。

:

「スモーカーさん!」

女の人の声がした。慌てた足音が近づいてくる。目の前の男が視線を後ろに巡らせていくのを目で追った。

「…………なんだ、たしぎ」

近づいてきたのは黒髪短髪の女性。赤縁の分厚い眼鏡をかけていて小柄で可愛らしい見た目をしていた。……いや、小柄というか、この男が大きいから小さく見えるだけで背は私よりも高いかも……? 何方にせよ、腰に刀を下げているのだ。戦闘員だろう。これ以上は……と思っていたところで「早く戻って来て下さいよ! こっちは仕事が溜まっているんですから!」と追い風が吹いた。なるほど、この『たしぎ』という人は男、『スモーカー』の部下なのだろう。仕事の追い立てに来たらしい。これは好都合だ。

チッ――

あからさまな舌打ちの後に「分かったすぐに行く」と男が言う。助かった……。では、扉を閉めさせてもらおうか、と睨みを効かせるよりも前に、女の人が扉越しに立つ私の存在に気がついた、

「一体何をして……ん? え~と……この人は?」
「鷹の目の連れだ」
「た、鷹の目!?」
「あぁ。お前が回収したがっている夜の持ち主の連れだよ」

夜、と言えばミホークさんが背負っている愛刀だ。確か、最上大業物12工の一つで、世界最強と言っていた気がする。それを回収する……? 一体どうして。そう思ったけれどここで聞くわけにもいかず、質問は飲み込むしかなかった。……本当に不便。

「鷹の目についていくなんて、なんて物好きな…………」

それに関しては、まぁ……はい。物好きだよなぁと自分でも思っています。

「……行くぞ」
「はい!」

渋々といった様子であったものの、ようやく扉に挟んでいた足が引き抜かれた。扉が閉まりきりまでの数秒、ひとときも視線を外さずに緊張の糸を張り続ける。二人は慌ただしく廊下を歩いていった。その背中が遠く消えていくよりも先に扉が閉まりきって、静かに鍵をかけた。

「…………はぁ」

思わずため息が零れる。…………うん、分かっている。誰がいつ聞いているか分からないから、本当はため息をつくのも危険だってことは分かっている。でもこれくらいは勘弁して欲しい。本来なら入ってすぐに目に止まったベッドに「うわぁ~~~~!!!!!」って叫びながら大の字で倒れ込んでいる位のところをぐっと堪えているんだからこれくらいは許して欲しい、ほんと。

さっそく部屋の中を散策して、用意された客室には一通りの必要な物が準備されていることが分かった。ベッドもあるし、シャワーもついている。これはめちゃくちゃ助かる……。

ミホークさんがいつ戻るか分からないのだから、ここでこのまま気を揉んでいても仕方がないし、何よりも疲れたからシャワーを浴びてひと眠りしたい――ということで、敵の懐の中で休息を取るのは無防備になるのでよくないと思いつつ、休めるときに休んでおくことに決めた。

「あ~~、最高…………」

暖かなお湯が体にも心にも沁みて大変有り難かった。

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:

次に意識が戻ったのは、扉をノックされたときだった。寝ぼけ眼だったので正確に何回ノックされたのかは分からないけれど、結構な回数だったと思う。意識の中で『誰かが扉をノックしてる』という認識はあった。でもまだ眠たかったし、鍵をかけた記憶があった。だから返事もせずに、動かずに、そのままベッドの上で微睡んだままやり過ごすことを決め込んでいた。

……が、

ドンドンドンッ――

「いるなら返事をしろ蹴破るぞ!!!」
「――――はいッ!?」

それはもはやノックなんてものなんかではなく、騒音、いや……襲撃に値する勢いで、一気に目が冴えた。飛び起きて現状を確認する。部屋の中は……うん、寝る前と変わりない。誰かが突入して来たわけではなかったらしい。ほっと息を付きつつ、先ほどの自分の行動を思い返して我に返る。…………つい、返事をしてしまったのだ。

だからだろう。先ほどまであれほど五月蠅かったノック音が止んで静まり返っている。

「……聞こえているなら扉を開けろ」

扉の向こう側から聞こえた低いうなり声。……この声はスモーカーという男の声だ。……つまり、向こう側の人間。ならばこちらはしっかりと対応しなければ……慌ててベッドから降りたところでハッとなる。

私全裸なんですけど! 思い出したのはシャワーを浴びた後に何もかもが面倒になって倒れ込んだ記憶。そう、それを最後に記憶が途切れてしまっていた。あぁ…………私の馬鹿。寝起きの鈍い体に鞭を打って、慣れない服に腕を通していく。着慣れていないからどうしても時間がかかってしまうのだ。下穿に足を通し終えたところで、扉の向こうが慌ただしくなった。

「スモーカーさんそれはまずいですって」
「あぁ”? 何でだよ」
「だって返事があったんですから、待つべきです。礼儀ですよ」
「それにしたって時間がかかりすぎだ。この隙にいなくなっていたらどうする。探せるか? 責任取れんのか?」
「っ、それは……」
「…………破るぞ」

えぇっ――!!??

待ってください! 今服を着ているところなので、もう少しだけ時間を下さい! と言い返せない歯がゆさ。あぁ、ミホークさんの馬鹿!!!!

:
:

ガンガンッ―― バタン――

いとも簡単に扉は破壊された。平然と室内へ足を踏み入れていくスモーカーに反して、たしぎは狼狽えていた。海賊の連れとはいえ、この人はセンゴク元帥から直々に面倒をみるようにと言われている客人である。そんな客人に向かってこんな態度を取ってしまって大丈夫なのか。たしぎの頭の中は事後処理の算段でいっぱいになっていた。

器物損壊の申請をして、あとはその報告書を提出するために…あぁもう! あと数分待って貰えていたら……「合鍵を取って来ます」と言ってその場を離れたのが良くなかった。戻ってきたらもう扉は破壊された後で、室内には客人の姿も見て取れない。一番最悪のケースだ。

「スモーカーさん、合い鍵取ってくるって言ったじゃないですか!」
「……うるせぇなァ。直せば別にいいだろ」

直す前提にするのなら、もう少し綺麗に蹴破ってくれればいいものを、思い切り穴が開いている……これでは扉を新調しないといけないではないか。そんなこと、気にも留めていない上司の後を追う。

「…………いねぇ」

まさか本当に逃げられた? ……でも、逃げる理由が思い浮かばない。――と。奥の扉、ほんわりと湯気が扉の隙間から抜けてきている。耳を澄ませばシャワーの音がした。あぁなるほど。二人して顔を見合わせた。

「なんだ風呂か。なら始めからそう言えば……「シャワー浴びてる最中に来客対応する人なんていないですって」……」

だから碌な返事もなかったのだ。こちらもそれを察して扉の下にメモを忍ばせるなり、メイドにお願いするなりすればいいのだが、スモーカーさんはそう言った小細工が嫌いだ。……で、その結果がこれ。本当に頭が痛い。

案の定、風呂場のスリガラス越しに見えた影に納得したスモーカーさんが大きい声で言う。

「おい、そろそろ会議が終わるそうだ」

返事はなかった。ただ、コン――と一度だけ大きく音が返ってきた。はっきりとした音だったので、『了解』という意味だろうと捉える。二人して顔を見合わせ、スモーカーさんは返事に納得がいったらしく頷いた。

「……次は向こうだ。行くぞ」
「はっ、はい!」

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