第20話 元帥の娘

パ――ン パンパ――ン

盛大な音楽と眩しい光がステージ脇からでもすごくって、今からそこに出ていくのだと思うと目眩がした。慣れない高さのヒールのせいで歩くのもやっとだっていうのに……。はぁ~~。加えて、スポットライトのせいで視界は悪いし。…………すごく行きたくない。そう思っていても、手を引かれたら進まざるを得なかった。若干の抵抗をしてみたけれど、腰に回された手にいいように掬い上げられて、逃げ場はどこにもなかった。耳元では「いいから俺に任せろ」死刑宣告された気分だった。

「…………まぶ、し」
「おいおい、主役がそんなんじゃ格好が付かないだろう?」
「…………主役?」

何を言っているんだろか、この男は。真っ白な視界の中でそう思った。「ちゃんと見ろよ」横から飛んでくる小言にいらいらしつつ、薄目を大きく開く。スポットライトの下を通り過ぎたおかげで幾分かましになってきた。赤いカーペットの上を2メートル程歩いたところでようやく周りの景色を見ることができた。

「顎を上げろ、胸を張って前を向け。みんながお前を見ている」

頭の中にあるクエスチョンマークが大きく揺れる。思わず隣を見上げた。逆光でより怖さが際立ったクロコダイルが、視線を流して促してくる。その視線の先――そこにはステージの下から私たちを見上げている見知った顔がたくさんあった。

ますます増えたクエスチョンマークが、私の頭の中に溢れかえり、頭は混乱でいっぱいいっぱい。

それもそうで、彼等は口々に「おめでとう」と言っているのだ。……おめでとう? なんの話……? どうして私にそんなことを言うの……? 訳が分からなかった。

呆然と立ち尽くす私と反して、クロコダイルは大層楽しそうに喉を鳴らして笑っている。普段の私なら、嫌悪感丸出しの顔で睨んだだろうが、今はそんな余裕もなかった。「さぁ行くぞ」という彼の声はここではないどこか遠くの出来事のようで、私の足は動かなかった。

「…………止まるな。歩け」
「…………え、何? ……これ?」

何かと聞いているのに答えて貰えない。私の質問なんて無視して「いいから歩け」と脅された。理不尽過ぎやしませんか。――主役。先ほどのクロコダイルの言葉が蘇る。…………私が?

ステージの端にあった緩やかな螺旋階段。一体どうなってんの、ここの会場は……。ド派手な演出に白目を剥きながらも必死で歩いた。

「ちょっと、早いです!」
「あぁ゛?」

返事は威圧的だったが、きちんとスピードを落としてくれた。おかげで少し、息をつく余裕が出来た。周りをみる余裕も。雄大な音楽が私たちを追いかけている。視線が四方八方から突き刺さってくるので非常に居心地が悪い。

「あと少しだ」

ドレスのせいで下が見えないので言ってくれたのであろう。どっかのピンク色の金持ちとは違ってこの男は幾分ましな人だ。視線を流して軽く会釈を返す。――が、ニタリと返ってきた不気味な笑みが『やっぱり訂正』と脳内の評価を戻していった。

ぐるっと三周ほど降りてようやく地に足がついた。……と言っても、上下に揺れているようなので、ここもやはり海上だろう。空を見上げる。大きい。大きな船だ。パーティ用に装飾され、飾り付けるように配置された光の星がきらきらと輝いていた。夜の空に浮かび上がるそれらは本当に美しく、とても……ロマンチックだ。

赤いカーペットが途切れる手前。そこで彼が止まる。私も足を止めた。その3m向こうには弧を描くように、観衆が立っていた。大半が『正義』のコートを着ているが、その下は普段見慣れない、小綺麗な衣装を着ている。海兵のお偉いさんに、七武海の皆さんもいらっしゃる。豪勢なメンバーだ。ミホークの姿はなかったけれど、気を落とす余裕もないくらいに私は緊張していた。……と、クロコダイルが私の手を離した。耳元で「そのまま胸を張って立っていろ」と言われて頷く。彼がゆっくりと下がっていく。私は言いつけの通り、胸を張って立っていた。

音楽が止まった。

カツン、カツン――音がした。薄暗い中から現れたのは、センゴク元帥だった。いつもの白いスーツじゃない、黒と金色で象られた美しい衣装を着ていた。その肩には彼の『正義』があった。視線が合うとにっこりと笑む。

「センゴク……さん?」
「なまえ、見違えたぞ。…………とても美しい」

柔らかな微笑はそれまで緊張し通しだった私の心を解していく。

「ありがとうございます」

素直に嬉しかった。隣に並んだセンゴクさんが、私の手を取る。すかさず、小さな声で言った。

「あの、これって一体どういう状況ですか?」
「まさか……、聞いておらんのか?」
「…………?」

困り顔で首を傾げる。すると、眉間に皺を寄せたセンゴクさんが顔を手の平で覆った。首を振って大きなため息をひとつ。「通りで様子が」そう言って、後ろに立つであろう男の方に顔を向いて睨みつけた。クハハハハッ――クロコダイルが笑う。

「すまんかった」

何故かセンゴクさんが謝って、ますます分からない。視線を合わせて、向き合ってくれて、彼は続けて言った。

「今日は何の日じゃ?」
「今日……?」

――何だろう?

「今日は、なまえの生まれた日じゃろう?」

ハッ――と自然と顔が前を向く。

「誕生日おめでとう、なまえ」

「………………へ?」

センゴクさんが嬉しそうに笑っている。そんな彼を、私はただただ瞬いて見つめた。ようやく喉を通っていった言葉は文章をなさず。

「え、と……、あの……え? じゃ、あれ……もしかして、これって……」
「そうじゃよ。お前の誕生日パーティーじゃ」
「っ、――」

理解したら腰が抜けた。

「おい、なまえ!」

慌てたセンゴクさんが手を伸ばして支えてくれる。その腕に縋ってなんとか、その場に立っていた。

「センゴク、さん……」
「もしかして嫌じゃったのか……?」
「いえ、……違います。ただ、ちょっと驚いて。腰が……」

あはは――照れ隠しに笑う。そうか――くしゃりと笑ったセンゴクさんがみんなの前で抱き締めてくれて、驚きながらも私も抱き締め返す。センゴクさんの温かな熱がじんわりと胸に広がっていく。どうしよう……泣いちゃいそう……。

誕生日おめでとう、なまえ――センゴクさんが全体に聞えるように大きな声で祝いの言葉を言った。見計らっていたらしい。それに合わせて止まっていた音楽が盛大に音を響かせた。ドンッと鳴った音楽とワァ――――歓声によってパーティが再び動き出す。

注目の的から外れて体が軽くなった。おかげで緊張の糸が解けた。長息を吐き出しながら、胸を押さえて深呼吸をする。ばくばく鳴る心臓はまだ落ち着かない。騒がしくなった雑踏をぼんやりと見つめながら、まだ自分のことじゃないような気がして、実感はついてきていなかった。

「どうした?」
「……いえ。なんだか、実感が湧かなくて」
「急じゃったからの。落ち着いたら慣れる。……それにしても、お前ももうアラサーか」
「…………いくらセンゴクさんでも怒りますよ?」

にっこり、張り付けた笑みで笑う。口元をヒクつかせたセンゴクさんの謝罪を受けつつ、エスコートのままにカーペットから移動する。

「どうして私の誕生日会なんかをしようと思ったんですか?」
「わしが個人的に祝いたかったというのもある……が、そんなことでやるわけにはいかん。そこで一つ思いついたんじゃ」
「?」
「王下七武海の連中は、お前に興味を持っておる。協議の出席率を上げるためにひとつ策を立ててみてはどうか、と」
「まさかその策が『私の誕生日会』ですか?」
「あぁ。試しに招待状を忍ばせてみた」
「召集の手紙に……?」
「そうじゃ。気まぐれな奴らのことじゃから。あまり当てにしておらんかったんじゃが……。蓋を開けてみればこの通り全員参加じゃ。これはある意味快挙と言えよう」

助かったよ――そんな爽やかにお礼を言われてしまったら、何度でも誕生日会をして下さいと言いたくなってしまうではないか。センゴクさんは日頃から苦労されている。この程度でお力になれるのであれば……!

「もう……勝手なんですから」

でも、それならせめて事前に知らせて欲しかったとも思う。

「いいではないか。それにわしにとって、なまえは娘のようなものではないか」

それはずるい。そんなことを言われて怒れるわけがないじゃん。

むくれている私の顔を覗き込むように、機嫌を伺ってくるセンゴクさんはもう結構な年なはずなのに、その笑顔は少年のようで。シシシッ――笑う姿は悪戯っ子みたいでとても、可愛かった。じんわりと目尻に浮かぶ涙をどうにかこうにか押し潰す。メイドさんに泣いちゃ駄目ですからね、化粧が崩れますからと散々言われているのである。…………油断したら泣いちゃう。センゴクさんは、私のことを大切にしてくれた。私の能力のことを考えたら、放任するという選択肢は危険だ。それでも、手厚く対応してくれた。それこそ、娘のように。手紙を何度も交換した。ミホークの傍にいることを許してくれた。……それが、とても嬉しかった。

「…………ですね」

今度は私の方から手を伸ばす。少し背を屈めてくれるセンゴクさんに手を伸ばして、ぎゅっと抱き締めた。

「……ありがとうございます」

色んな気持ちを込めた『ありがとう』だった。その全てが伝わっているとは思えないけれど、ひとつでも良いから、届けばいい。私を元帥の娘にしてくださって、ありがとうございます……センゴクさん。

「今日のなまえは無礼講じゃ。過ごしたいように過ごすといい」
「はい、ありがとうございます」

顔を上げて精一杯の笑顔で答える。目を細めて笑ってくれた。じゃあの――去っていくセンゴクさんの背に深く頭を下げて、私は心から感謝した。

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