本当は会えて嬉しかったんです

プルルル―― プルルル――

「ん~……」

鳴り響く機械音。いつものようにパッと目覚めることができなかった。体を起こすのも面倒で横になったままどうにかしようと試みる。目を閉じたまま枕元に手を伸ばし、適当に動かしてブルブルと震えながら鳴り続けているお目当てのものを見つけ出し、軽く引っ張る。グィと引っ張られる感覚。そういえば……と片手で器用に充電コードを引き抜いた。薄っすらと目を開く。しっくりと手になじむ愛用のスマートフォン。画面にある赤色が目に入った。ホームの画面ってこんなだっけ? とか少し疑問に思いもしたけれど、もう眠たくて、とにかく今はこのうるさい音を消してしまいたかった。

画面をタッチするとようやく目障りな音が鳴り止んだ。ほ、と肩が降りる。こくりこくりと頭を揺らしながら目を擦った。…………眠い。

いま何時なんだろう? なんとか目を開いて、時計を仰ぎ見る。柱に掛けられた時計は7時を示していた。ふぅ、と小さく息を吐き出して寝返りを打った。それだけのことなのにずきずきと頭が痛む。

昨日はシャンクスさんの誕生日会をシャンクスさんのバーでして、それも結構遅くまで飲んでいたから二日酔いで頭が痛かった。ついでに騒ぎすぎて体がだるい。確か今日の講義は昼からだったと思うんだけど。昨日の私はなんでこんな時間に目覚ましをかけたのか、さっぱり分からない。酔っぱらっていたのだろうか。せっかくいい夢見ていたのに、眉間に皺を寄せ、ゆっくりと目を閉じた。まだまだ時間があるし、もう少し寝よう。

プルルル―― プルルル――

再びけたたましくなる機械音。んー……と声を出しながら身をよじる。もう、なんなの!? スムーズまでかけて、私なんでこんな時間に起きようと思ったの。半ば半ギレ状態で再びスマホを手に取って、そこでようやく気付いた。

…………あれ?

画面には”着信中”の文字。……しまった、さっきのあれは電話だったんだ。完全に寝ぼけていた。自然と顔がしかめっ面になる。よくよく見てみると画面には未登録と表示されていた。番号を登録していない人ってことだよね。……もしかして、教授とかかな。この前提出したレポートなんかミスっていたのかもしれない。レポートの内容を思い出しながら、それはなくもないと一人納得していた。確かに結構適当に書いたものだったから。冷や汗を浮かべながらスマホを構えた。あーもう、私何やらかしちゃってんの。意を決して受話器のボタンを押した。

「……はい、もしもし」
「…………」
「……もしもし?」
「なぜ、連絡して来ない?」
「え、と…………あの。……どちら様ですか?」
「……」

黙り込んでしまった相手方。その声を頼りに頭をフル回転させて記憶を引っ張りだしてくる。でもこんなダンディな声の持ち主知らないと思う。教授にこんな声の人いなかったと思うし。……っていうか、教授ならまず名乗られるからまず、違う。……ってことは間違い電話? なら、向こうも気まずいとか?

「登録していないのか?」

あれ? なんか私ミスった? え、ちょっと待って。登録していないのか、ということは、私がどこの誰か分かって電話してきているということで、それはつまり、これは間違い電話ではないということ。そしてそして、確実に向こうは私のことを知っている。確実に。それにしても一体だ、れ…………あ。

「……まさか」

すっかり忘れていた。数日前に出会ったあの人のことを思い出した。……確かあの時。その時に持っていた鞄を引っ張りだして来てその中をすべてぶちまける。ひらりと飛び出してきた一枚の紙を見つけて急いでそれに目を通した。そこにある番号と今かかって来ている番号を見比べる。

予想通り、それはぴったりと一致した。

「ミホークさん、ですか?」
「そうだ」
「えーと。もしかして、私さっき着信切ったりしちゃいましたか?」
「…………」
「ご、ごめんなさい! 寝ぼけてて。アラームと間違えてしまって。ほんと申し訳ありません」

結局私はやらかしてしまったらしい。なんて失礼なことをしてしまったのか。ひやりと額に汗を浮かべながら必死で頭を下げて謝った。向こうは見えていないのに何度もぺこぺこと。ごめんなさい、と4、5回程言ったところで、電話越しに静かな笑い声が聞こえた。声を出さないように押し殺すようにして喉で笑う笑い方。間違いない、ミホークさんだ。彼の笑い方だった。きっとあの素敵な笑顔で笑っているんだろうな、とそう思うとなんだか少し嬉しくなった。

「えと……どうしたんですか?」
「なぜ連絡しない?」
「なぜって。……ていうか、なんで私の番号知っているんですか?」
「それは今は関係ない」
「いえ、あります。先に答えて下さい」
「なんだ、勝手な奴だな」
「勝手なのは貴方です! 勝手に連絡先を渡して、連絡ないからって勝手に電話かけてきて。なんなんですか、もう!」
「俺はお前に興味が沸いたのでな。デートに誘いたいのだが」
「…………え?」

でーと? 小さく聞き返した声にあぁそうだと迷いなく落ち着いた様子で返すミホークさんの声がどこか、ここではない遠いところで聞こえていた。でーと、デート? まるで謎の呪文のようだ。デートって、あのデート? 恋人同士で食事に行ったり、遊園地に行ったりする。あの、デートだよね? 私には縁のないことすぎて、その言葉を理解するまでに時間がかかってしまう。デートって、私たちまだ出会って数日なのに、え、いいの? してもいいことなの? 私で大丈夫なの?

「……あの、失礼ですけど、私のことからかっています?」
「なぜそうなる」
「いや、だって。私みたいな小娘がミホークさんみたいな人とデートだなんて。そもそも私たち会って間もないですし、」
「俺がいいのだから気にするな」
「え、でも「それで今日の予定は?」……あ、はい。今日は昼から講義が……」
「昼とは?」
「14時です」
「では、講義前にランチに行こうか。9時に大学の正門で待っていてくれ。迎えに行く」
「え、ちょっ!」

プツン――

なんとも強引なことに、言うだけ言った後、あの人は電話を切りやがりました。これじゃ断ることもできない。もう行くしかないじゃん。先ほどまでずきずきと痛んでいた頭も、とろんとしていた瞼も、良くも悪くもすべてが吹っ飛んだ。しばらくの間黙り込んでじぃ――っとスマホを見つめる。ため息をひとつ、それを合図にようやく体を動かし始めたのだった。デートって、何すればいいの。そう、私にとっちゃ、これは重大事件なのだ。

出かける前は何着て行こう、必要なものとかあるかな。あーこんなことならもう少し服買っておけばよかった。などと堂々巡りをしていたのだけれども、いざ集合場所の大学正門にたどり着くと、それもすっかり落ち着いた。毎日来る場所だけあって、ここに来るとなぜだか安心する。普段こうして誰かを待つようなこともないせいか、出会う知り合いという知り合いにどうしたのか、と代わる代わる声をかけられ、その度に数分の軽い立ち話をして暇を潰した。そうして待ち合わせの時刻からもう30分。……遅い、遅すぎる。

「お~なまえ。おはよう~」
「あ、エースくん。おはよう!」

その声に口元を緩ませながら素早く振り返る。予想通り、にっこりと太陽のような笑顔で笑いながらエースくんは手を振ってくれていた。そして全く予想していたなかった彼の髪型に目がいく。

「……髪、もの凄いね」
「あ~これ? 昨日はシャンクスの誕生会の後、結局友達の家で寝てて、起きて速攻来たからな。これからレポート出して、一度家に帰るつもり」
「なまえは?」
「ん、今、待ち合わせ中」
「待ち合わせ? ナミ?」
「ううん」
「じゃあ、ビビ?」
「ううん」
「は? 他に友達なんかいたっけ?」

目の前まで歩いてきた彼はにへらと笑う。むっ、として彼の腹をグーパンチで殴ってやったけど、びくともしなかった。なのに、「いった~」とか言うものだから余計にむっとする。

「失礼です。他にもいます!」

ふんっと腕を組んで顔を背ける。

「あーなまえごめんって。冗談だからさ」

そんなこと知ってる。けどなんか腹が立つんだから仕方がないじゃん。でも「なまえ、ごめん」と申し訳なさそうな顔で言われるだけで許せてしまうんだから、彼はなんかずるいと思う。その顔もすっごく可愛いんだもの。まぁいいけどさと再び向き合うように立つ。にっこりと笑ったエースくんはそれで誰を待ってんの? と首を傾げた。

「…………別に誰でもいいでしょ~。エースくんには関係ないもん」
「別に教えてくれてもいいじゃん」

そう言って口を尖らせながら彼は私の隣に並んだ。

「何々?」
「その顔は暇で仕方がないって顔だろ? しばらく話相手になってやるよ」
「ほんと?」
「あぁ、俺今暇だから」
「ありがとー! 助かるよ。実はもう30分も待ちぼうけで」
「え、30分? それ大丈夫なのか?」
「うん、たぶん……今日連絡あったし……」

心配そうにこちらを気遣ってくれるエースくんの顔を見てなんだか不安になってくる。やっぱり30分って結構遅いよね。私の感覚がおかしいのかと思ってもいたんだけど。違うみたい。……あれっていたずらだったのかなぁ。でも、そういうことする人とはどうしても思えない。

「……なまえ?」
「あ、ごめん」

聞いてなかったとエースくんに視線を戻すと、少し困った顔をされた。

「どうしたの?」
「いや……」

黙り込んでしまったエースくん。どうしたのだろうと顔色をうかがうように顔をのぞき込む。

「なまえ」

隣に立っているエースくんとは違う低い声。誰? と声のした方へ顔を向けると待ち人がそこに立っていた。

「……遅いです」
「すまん。道を間違えた」

絶対嘘だ。あの大企業の社長がこんな分かりやすい大学に迷って遅れたとかありえない。ジトッとした目を向けると、こちらに向かってミホークさんが歩いてきた。今日はスーツじゃなくて、カジュアルな服装。ジーンズにシャツを一枚着ているだけなのに、色気が出ていて、かっこいい。思わず目で追ってしまう。周りにいた人たちもあの人誰? かっこいいと盛り上がっていた。

「おい、なまえ。あいつ誰だ?」
「え?」

あからさまに声のトーンが下がったエースくんに目を向けると、ミホークさんを睨んでいた。

「それはこちらの台詞だ。お前は?」

睨まれたミホークさんの方も睨み返す。バチバチと火花を散らす2人に戸惑いつつ、2人は今初めて会ったのだからと間に入ってお互いを紹介することにした。

「えと、エースくん。こちらは先日私がお見合いしたミホークさんです」
「は……?」
「で、ミホークさん。こちらは私の幼なじみで1つ年上のエースくんです」
「幼なじみだと……?」

…………え~と。どうしよう。

今にも掴みかかってしまいそうなこの2人をどうするか。こんな人の多いところで喧嘩なんて勘弁……ってか、なんでそう喧嘩腰になるかなぁ……エースくん。

「あの……ミホークさん。なんか人も集まってきましたし、そろそろ行きませんか?早くしないと14時きちゃいます」
「……そうだな」

ふうっと胸をなで下ろす。ミホークさんはそんなに気にしていないみたい。

「なまえ、行くな」
「え?」

ミホークの後ろについて歩きだそうとすると、エースくんに腕を捕まれた。振り向くと、しかめっ面でこちらを見るエースくんがいる。

「どうしたの?」

向かい合うように立ち止まると、もう一度言われる。

「あいつについて行くな」
「え、でも……約束しちゃったし……」
「約束?」
「うん。ランチ行くらしい」
「らしいって、なんだよ」

「おい……」

今度は振り返って戻ってきたミホークさんが私の手を掴む。

「え、ちょっ!」
「行くぞ」

そのまま強引に歩きだしたミホークさんの方へ振り向く瞬間、エースくんの顔が歪んだのが見えた。

「なまえ! 今日連絡するから!」
「うんっ分かった!」

 

:

 

― エース視点 ―

:

 

待ってるよ。なまえから発せられたその言葉だけが今の俺にとっての支えだった。嫌ならその捕まれた手を振り払えよ。なんでそんな色っぽい目でそいつを見るんだよ。

俺は…………

奴となまえの後ろ姿を見ていられなかった。視線を逸らし、ぎゅっと拳を握り締める。やり場のない感情で胸がもやもやした。追いかけたい。でも……なまえはそんなこと望んでいない。俺はただ見守ることしかできないんだ。ふぅ、と息をひとつ吐き出して前を見る。そこにはもう二人の姿はなかった。クルリと体を反転させてキャンパスの方向へ歩きだした。

 

:

 

― なまえ視点 ―

:

 

「あの……ミホークさん?」

エースくんの手からするりと抜けた手にはもう彼の体温はなく。反対にミホークさんに握られている手はとても熱かった。あれから一度も足を止めることなく、ミホークさんは歩き続けていた。淡々と、無言で。できればその後にずっと着いていきたいとは思ったけれど、そろそろ足が限界だった。

「ミホークさん、あの……早いです」

少し息を切らしながら恐る恐るそう言うと振り返ったミホークさんがすまないと言って手を離してくれた。ようやく止まることができた。歩道の脇によって少しだけ休憩させてもらう。

「急にどうしたんですか?」
「……なんでもない」

なんでもないって……そう言うミホークさんの顔は切なそうに歪んでいて、さっき見たエースくんと同じ顔をしていた。なんだろう……この顔。何かを取られてしまった子供みたいな顔。失礼だと分かったはいたけれど、思わず笑ってしまった。

「ん、どうした?」

くすくすと急に笑い出したものだから、変な子だと思われたかもしれない。

「ミホークさんの顔が子供みたいだったものでつい……すみません」
「子供?」
「えぇ、なんだかそんな風に見えてしまって」
「子供……か。あながち間違いではないかもな……」
「はい?」
「いや、それよりも……店はこの近くだ。まだ少し歩くが大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」

おかしいな。私、今楽しいって思ってる。無理矢理誘われて、1時間も待たされて、強引に手を引かれて。なのに……楽しいって思ってる。

お店に入って、席に座りながら向かいに座るミホークさんに目を向けるとばっちり目があった。なんだろう。すごく優しい視線でなんかどきどきする。……だめだ。私、こういう耐性がまったくないから……こんなのが続いたら心臓が持ちそうにないよ。

「メニューは?」
「……Aランチで」

そう言うと、ササッと注文を済ませてくれる。その仕草や立ち振る舞いすべてが大人ですごいなと心の底から思う。

「そんなに見るな。さすがに照れる」
「あ、そんなに見てましたか? ごめんなさい……」

いつの間にかミホークさんを凝視していたようで、その一言で気づいて急いで視線を逸らした。

「今度は俺の番だな?」
「ちょっ! それは勘弁して下さい……」
「なんでだ?」
「なんでも……です」
「君は見ていたじゃないか」
「ごめんなさい。何度でも謝りますから、勘弁して下さい」

フッと笑みを漏らし、仕方がないと呟いたミホークさんは届いた料理に手をつける。それを見届けた後に「いただきます」と言って料理を口に運んだ。

「美味しい!」
「気に入ってもらえてよかった」
「ここにはよく来るんですか?」
「ん、いや。知り合いに教えて貰って、今日初めてきた」
「そうなんですか~」

お値段もリーズナブルだし、今日一緒に待ってくれていたお礼に今度エースくん連れてきてあげようかな。エースくんならきっと喜んでくれる。

「あのエースと言う奴はなまえの男か?」
「……へ?」
「先ほど大学にいた奴だ」
「えぇッ!? 違います! 違いますよっあんな素敵な人、私の彼氏であるわけないですよ!」
「そうか?」
「はい。それにエースくんは私の幼なじみで兄のような人なんです」
「……ふむ」
「とてもいい人なんですよ? 今日だって、待ちぼうけしていたら一緒に待つよって相手してくれてて……」
「……それは俺が悪かった。すまない。だが、あの男は信用ならない」

目をまん丸に見開いて目の前の人を見てしまった。なんでそんなこと……

「信用できないって……私の父さんと同じこと言わないで下さいよ……ていうか、私の電話番号! 父さんから聞いたんですか?」
「あぁ。君の父とはちょっとした知り合いでな」

父さん……次実家帰ったとき覚えていろよ……絶対に無視してやる。

「……それで、何の用ですか?」
「用とは?」
「わざわざランチにまで連れ出して、何か用があったんじゃないですか?」
「……いや、特にはない」
「……え?」
「敢えて言うなら、顔を見たかったからとでも言おうか」

返す言葉が見つからず、パクパクと口を動かす私にミホークさんは続けて言った。

「ただ会いたかったから、では不十分か?」

な、なにこの人……

「なまえ?」

見つめてくるミホークさんの視線を感じながら、なんだかもの凄く恥ずかしくて、むず痒くて視線を逸らす。

「あの……その……。私はですね、別に会いたいとかは思っていなくてですね……」

何言ってるんだろ、私。

「……そうか」

あ……、と思ったときにはもう遅くて。私はなんてことを口に出してしまったんだろうと思った。わざわざ会いに来てくれた人に言う言葉じゃなかった。

盗み見るようにして見た彼の顔は眉間に皺が寄っていて、とても複雑そうな……いや、寂しそうな顔をしていた。……私が酷いことを言ったからだ。

「あの……」
「すまない。つき合わせてしまったな」
「いえ……その……」
「そろそろ出るか」
「あ、はい……」

そう言いながら店内の時計を見る。まだ入店してから1時間ちょっとしか経っていないのに。1時間しか……あれ? 店の外へ出るとミホークさんはこちらに向かい合うように体を向けて言った。

「無理につき合わせてすまなかったな」
「…………」

何も言えなかった。彼の目を真っ直ぐ見つめると、ミホークさんは軽く目を合わせた後、それ以上何も言わずに体の向きを変えて、大学とは反対の方向へ歩いて行った。私は、その後ろ姿が見えなくなるまでただただジッと見つめていた。

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